燃え上がるは天命(上)
「艦長からお話がある、全員気をつけ! 傾注!」
ケントたちの乗る空母『ラファイエット』が、到着した部隊と入れ替わりに、いまや最前線となったケンタウリⅧとケンタウリⅤの中間地点にある、要塞『ペルシュロン』を重整備と補給のために出立してから四十八日目、乗組員たちは格納庫スペースに全員集められた。
「嫌な感じね」
「ああ」
隣に立つセシリアと一言かわすと、ケントは壇上に艦長のリシュリュー大佐が登ってゆくのをじっと見つめる。作戦参謀ではなく艦長自らというのはもうロクな話ではないだろう。
「現在の戦況を全員に説明する」
大佐がそう言うと、天井に巨大な星系図が映し出された。ケンタウルスⅧから赤い点が伸び、『ペルシュロン』方面へと矢印が引かれている。敵艦隊の出撃を説明するだけにしては、やけに厳しい表情のリシュリューを見て、全員が息を呑む。
「ケンタウルスⅧから敵艦隊が全力出撃したのを確認した。これは情報部から送られてきた敵戦力の概況図だ」
敵の艦隊が拡大されると同時に、格納庫にいた乗組員がどよめいた。
「おい、ありゃなんだ……」
アンデルセンが呆然とした声でうめいた。
「増えてるわね」
「ああ」
『ペルシュロン』の守備隊は、『ラファイエット』と交代で入った空母『ウーラン』の他には仮装巡洋艦が一隻、フリゲートが十二、亜光速ミサイルを積んだ雷撃艇が二十四。
これまで通り、一個艦隊ずつ出てきていたなら十分対応できただろう。要塞の火力を考えれば、二個艦隊でなんとか相手にできる。だが、スクリーン上にはざっと見ただけで三個艦隊以上いた。
「見ての通り、敵軍は空母機動艦隊が二個艦隊、加えて、さらに増強された打撃一個艦隊が加わっている、ペルシュロンの防衛艦隊は直ちに出撃、これに対して機動防御を行う構えだ」
太陽系星系軍の船は、ケンタウリのものより二割は出力が大きい。高速貨物船を改造した仮装巡洋艦と向こうの駆逐艦がいい勝負といったところだ。
「火力で言うとざっと三倍半ってところか」
ケントはそう言って画面上の敵戦力を足してみる。正規空母が二隻、軽空母二隻、戦艦一隻に、巡洋艦八隻、駆逐艦十八隻。
どのみち生産力が段違いな以上、遅かれ早かれこうなるのは目に見えていたことだ。敵が武力で制圧にかかった時点でもう戦略的には負けていたと言っていい。
「勝負にならねえな……さすがに」
「私達が戻るにも、この距離じゃ間に合わないわね」
アンデルセンが歯噛みしてつぶやき、セシリアがため息をつく。足の遅い補給艦『ドサンコ』を艦隊から切り離し、『ラファイエット』と護衛のフリゲート四隻が燃料切れ覚悟でぶっ飛ばして戻ったところで、五十日ちょいはかかる、ついた頃には戦いは終わっているだろう。
「そして、さらに悪い知らせだが……」
艦長がそこで言葉を切り全員の顔を見回す。二百名近い乗組員が集められた格納庫は、水を打ったように静まり返り、次の言葉を固唾を呑んで見まもった。
「八時間前、清掃宙域に無人艦がジャンプアウト、現在も守備隊が交戦中である」
なんだ、いつもの事じゃないか……。そんな安堵のざわめきは、スクリーンの映像が切り替わったとたん、絶望の嵐となって格納庫に吹き荒れる。
「これは……」
荒いスクリーンの映像を見てケントも絶句した。ケントも戦ったことがある黒い円筒形の無人艦、それが長大なトラスに、トウモロコシ顔負けでギッシリと束になった悪夢がそこに映っていた。回転しながら分離するそれは、さながら円筒形のスズメバチの巣といったところだ。
「このトラスは全長一二〇〇メートル、ワンスパン当たり四機の無人機を積んでおり、現在確認されている無人機は一六〇」
近隣の守備兵力をかき集めてぶつけても、ケンタウルスⅤの状況は絶望的だろう。清掃宙域への機雷散布を却下した星系政府は今頃、だれが責任を取るかで大騒ぎに違いない。
「なお、さらに三時間前、清掃宙域内に敵の大型艦一隻のジャンプアウトが確認された。現在星系軍の主力は撤退を開始、最終防衛線を第二惑星とケンタウルスⅡの間に構築中である」
格納庫内は完全に静まり返っていた。清掃空域を押さえられた以上敵の増援部隊が押し寄せるのは目に見えている。そしてケンタウルスⅡが落ちれば食料供給は止まり、降伏以外の手はなくなるだろう。
「おいケント」
「なんだ」
「こいつはもう、勝ちの目はねえな……」
「ああ、俺もそう思う」
格納庫の中は完全にお通夜状態だ、床にへたり込むものまでいる。
「そこで、我々の任務だが、ケンタウルスⅤを大きく迂回、一旦『廃棄宙域』に身を潜める」
最悪の空気をお構いなしに、リシュリュー大佐はそう言うと指揮棒を振った。
「隠れる? 味方が戦っているのにか!?」
アンデルセンが吠えた。乗組員たちからも一斉に抗議の声が上がる。三分、五分、艦長は何も言わず、乗組員たちの顔をじっと見つめていた。
怒りを吐き出した乗組員たちが、ひとり、またひとりと口をつぐみ目を伏せる。そして再び格納庫を静寂が覆ったその時、マイクを切ったリシュリュー大佐が、乗員のだれより大きな怒号を上げた。
「この戦争は負けだ! だが負け方という物がある。いいか諸君、我々の名を奴らの歴史に刻んでやる、二度と忘れられぬような悪夢をもって幕を引いてやろう、私はそれだけは約束してやる」
§
「ケンタウルスⅡが陥落したらしい」
「そうか」
農業コロニーケンタウルスⅡは、トウモロコシと一緒にジャンプアウトしてきた強襲揚陸艦の空間騎兵実に十三日間戦い続け、降伏した時にはコロニーの三分の二が真空状態だったという話だ。
残ったコロニーは港湾と要塞機能を持つケンタウルスⅢと、居住特化のコロニーのケンタウルスⅠのみで、もはや敗戦は時間の問題だ。
「しかし、ペルシュロンの連中より派手にやらなきゃ、歴史に名前なんざのこらないぜ。あいつら頑張り過ぎだろ」
「まあな」
驚いたことに『ペルシュロン』防衛艦隊は接敵から四十五日に渡り抵抗を続け、最後は『ペルシュロン』を爆破した後に降伏、敵の艦隊を立派に足止めしてその任を果たしていた。
「まあ、何にしろそう長くはかからんさ」
「ああ、そうだな……。ケント?」
「なんだ?」
読んでいた書籍端末から目を離したケントの方に、鎖のついた親指ほどのドングルが飛んでくる。
「おっと」
片手でキャッチしてケントはアンデルセンに目をやった。
「俺の骨董品のコレクションが入ってる倉庫のスペアキーだ、持っててくれ」
「アンデルセン、お前」
「なあに、両方おっちんじまったらどうにもならんが、せっかくのコレクションを政府に没収ってのは気に入らねえからよ」
「ああ、わかった」
――センチメンタルにもなるか……。
ホルスターからリボルバーを引き抜いて、例によってクルクルと回し始めるアンデルセンを見ながら、ケントは受け取ったドングルを首から下げて、『アークライト』のマスターの真似をする。
「ラグンフリズ! うちの娘がマネするから俺の店でそいつは禁止だ」
「っつと、ととと、ケントてめえ」
その声に、放り投げたリボルバーを落としそうになり、お手玉をしながら、アンデルセンが笑う。
「銃で遊ぶと運が落ちるぞ、ラグンフリズ。ほれ、ホットドッグとコーラだ! か……ああくそっ、アークライトのホットドッグが食いてえな」
「そうだな、俺はあそこのコーヒーが飲みたいよ」
「ちげえねえ、不味いからな、艦のやつは」
また帰れる日がくるだろうか? 思いながらケントが読みかけの本に目を落としたところで、腕の
「ちょっと上甲板行ってくる」
「わかった、セシリアによろしく言っといてくれ」
――女に関しては、まったく、勘のいいやつだ。
思いながら、ケントは居住区画を後にした。
§
「セシリア、どうした」
「なんでもないわ、少し会いたくなっただけ」
人というのは、向こうは真空の地獄としってなお窓から外を見てみたい生き物らしい。装甲区画の外側にへばりつくように建てられた透明樹脂の窓のついた上甲板で二人並んで外を見る。
「なにか食べる?」
「いや、コーヒーだけでいい」
「そう? 食べないと身体に悪いわよ」
ケントが周りを見回すと、部屋を囲むように取り付けられた窓と、その下に作られたカウンターテーブルで、何組かの男女が肩を寄せあっていた。
「はい、ブラックでいいのよね?」
「ああ、何を入れても泥水みたいなコーヒーがマシにはならないからな」
「ふふ、そうね」
ここはケンタウルスⅡにほど近い『廃棄宙域』と呼ばれるラグランジュ・ポイントだ。入植時に真っ先に作られた旧式の廃棄コロニーの残骸に、資源を抜かれた後の小惑星の欠片、廃棄になった宇宙船。この星系に入植して依頼のありとあらゆるゴミがかき集められている。
「なんにせよ、ロマンチックな風景とはいいがたいな」
「ええ、あれ、いつのかしらね」
窓の外に浮かんでいるのは、青く塗られた小型トラックだった。
「低重力地域用のエルフの初期型? 一〇〇年くらいはたってるだろ」
「一〇〇年か……私も……」
「ん?」
「ねえ、ケント、私が死んだら泣いてくれる?」
静かな声にケントは窓から目を離してセシリアと向き合う。彼女の茶色の瞳がまっすぐに見つめた。
「ああ、ヘルメットが涙であふれるくらい」
そんな彼女の頬にそっと手を伸ばして、ケントは強がって笑ってみせた。
「そう、じゃあ頑張って生き残らなきゃ」
「ああ、そうしてくれ」
このゴミの山に隠れている六隻の乗組員九百人のうち、一体どれだけが生き残れるだろう。歴史に名を刻まれても死んでしまっては……。そう思いながらもケントは強がって笑ってみせた。
「嘘つきね、ひどい人」
見透かしたようにセシリアが言うと、ぐい、と抱き寄せられ唇が重なる。
――ああ、そうだな。
頬をくするぐるブルネットの髪を感じながら、ケントが抱きしめ返したその時、艦内に戦闘配置を告げるブザーと、冷たい
「続きは戻ってからね、ケント」
「ああ」
スルリと腕から抜けてゆくぬくもりに、ケントは拳を握りしめる。
「ああ、そうだな」
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