燃え尽きるは星屑
「IFF応答無し、
「こちらブルー・ツー
「ブルー・フォー、コピー」
マスターアームスイッチ・オン、短距離ミサイルが四発と固定武装のレーザー砲のステータスグリーン。
「オーケイ、アリス。無人
「
初陣の緊張をほぐそうと、コールサインではなく名前で呼びかけたケントに、アリスが小さく笑って応答する。
ケンタウルスⅢの
小さなビープ音がして、セシリアとアンデルセンが出撃したことが戦術スクリーンに表示される。『フリージアン』の艦長は慎重派のようだ、思いながらケントはスロットルを少し絞って速度を落とす。
プラズマステルスを発動させ、通信用アームを展開した二機の『ケイローン』が最大加速でセクター18へと向かう。
「テッド、敵の推定位置を」
「表示シマス」
『フリージアン』から受け取ったジャンプアウト地点の時空振情報を元に、テッドが予測した未来位置をいくつかはじき出した。
「上出来だ、コースAを選択・ブルー・フォーに
「
反応炉が生みだす大電力に任せて電子戦ができる母艦と違い、こっちはプラズマステルスと大型の光学探知装置が頼りだ。先に見つけて先に撃つ、死にたくなければそれしか無い。
『rgr』
アリスからの返答が、三文字のテキストでサブスクリーンに表示される。テッドが提示した一番確率が高いコースは、ジャンプアウト地点からケンタウルスⅤへ一直線に向かうものだ。
「テッド、ユーハヴ・コントロール」
「イエス・マスター・アイハヴ」
テッドが平坦な声で返事をして針路を微調整する。アリスの乗った機体も連動して、機首の光学センサーを最大限に活用しようと、ゆるいらせんを描きながら飛行をはじめた。
「ブルー・フォー、
「確認した。デカいな……長距離通信用か? テッド、敵諸元を検索」
「一致情報ナシ」
前方を横切るように飛ぶアンテナだらけの円筒形の敵は、ケントたちの機体の四倍ほどはあるだろうか。姿を隠す気はまったくない様子で、ケンタウルスⅤめがけて直進してゆく。
――対艦ミサイルがほしいところだな。
「アイハヴ・コントロール」
「ユーハヴ」
テッドからコントロールを取り戻しケントは思う。バカみたいに図体がデカイのは、
「フォー、リクエスト・エンゲージ」
短距離ミサイルの射程ギリギリまで近づいたところで、アリスから通信が入る。初陣とあって張り切っているようだ。
「ネガティヴ」
はやるアリスの攻撃許可を即答で却下して、ケントは敵の背後に回り込む。基本的に宇宙船の空間の大半は動力炉と推進部だ、有人の艦ならそれに加えて一番脆弱なパーツである人間を守るためにが生命維持に当てられる。
だがこいつは……。妙な違和感を覚えて、ケントは偵察モードに切り替えると情報を集めに掛かった。なにが? と問われても困る、だが何かが気持ち悪い。
「テッド、偵察モード。光学、電磁波、敵の情報を記録」
「
ピピピッ!
「何だ?」
警告音に戦術ディスプレイに目をやる、アリスが真っ直ぐに敵艦に突っ込んでゆくのが見えた。
「あのバカ」
毒づきながらケントが判断に迷った瞬間、アリスの機体から四発の対空ミサイルが放たれた、全周レーダーを無効にするプラズマ雲からミサイルが飛び出した途端、敵艦が即座に反応する。
「反転しろ、アリス」
「ただの偵察ポッドじゃないですか」
途端、円筒形の敵艦が青白いスラスター炎を噴き上げると、その図体に似合わない速度で針路を変更、アリスの機体に艦首を向けた。
「敵艦のエネルギー反応増大」
テッドの警告が響くと同時に、コスモスの花弁のように敵の艦首が開く。
「ブレイク、ブレイク、ブレイク!」
少しでも敵の関心を逸らそうと、ケントもミサイルを一斉射しながら全力加速、ステルスモードを解いて敵艦の背後へ楕円機動を描く。
「コピー!」
アリスが慌てて反転する。ズームされた戦術スクリーンの中、それに焦点を合わせようと、生き物のように花びらがすぼまるのを見て、ケントは奥歯をギリと噛み締めた。
「テッド、映像情報を付近の味方に転送しろ」
「
真っ直ぐに向かってゆく八発のミサイルを無視して、敵の艦首がアリスの機体を追い続ける。ケントはその映像情報を最大出力で『フリージア』へ転送した。
「くそったれ」
先に撃ったアリスのミサイルに反応して、敵艦のCIWISが光の矢を放つ。
射線上の宇宙塵に当たってレーザー光がきらめいた。
ランダム機動を描いて飛ぶ短距離ミサイルが一発、二発と撃ち落とされる。
フリゲート艦と変わらない火力にケントは目を剥いた。
「高エネルギー反応」
平坦なテッドの声が警告する。
「ケントっ!」
敵の艦首で花びらが煌めいたのと、アリスの悲鳴がヘルメットに響いたのは同時だった。
§
「准尉? ケント! 大丈夫なの?」
「ああ」
ヘルメットに響くセシリアの声に、ケントは生返事をしてぐったりとシートにもたれかかる。
「ケント?」
「大丈夫、ああ……大丈夫ですよ。俺の……判断ミスですメイフィールド少尉」
敵がアリスの機体を粉みじんにすると同時に、ケントの撃った短距離ミサイルが四発、敵艦に命中、アンテナをいくつかとCIWISを二基吹き飛ばした。
そこから先は正直な話、無我夢中であまり覚えていない。漆黒の円筒形の敵艦、その周囲をひたすら回りながら、至近距離での殴り合い。いや、正確に言えば死なないために逃げ回っていただけだ。
「データーの無い初見の敵相手に生きてるだけで儲けものよ、ケント」
「そうでしょうね、でも少尉……くそっ、テッド、ブルー・フォーを探せ」
アドレナリン引いて行くのを感じながら、ケントはアリスの機体を探すよう、テッドに命じる。
――見たときから俺は最初に違和感を覚えていた……。なら、あの時に逃げられたはずなんだ。
自分自身の荒い呼吸がヘルメットの中に響く。異変を感知したテッドがヘルメット内の酸素濃度を少しばかり上昇させた。
――油断しなければ、無人機だという時点で……人が乗っていない時点で、気づけたはずだ、あの機動性も重装甲も予想できたはずだ、違うか?
敵艦と並走しながら、セイルに付けられた可動式のレーザー機銃で応戦していたケントを援護しようと、メイフィールド少尉とアンデルセンが撃ったミサイルは、六発が命中した。
それすら致命弾にはならなかったのは、いかに敵の装甲が厚かったかという事だ。結局敵艦にとどめを刺したのは『フリージアン』の放った二発の対艦ミサイルだった。
「クソっ」
つぶやいてケントはうなだれた、今更考えても仕方がないことだというのはわかっている。
「ブルー・フォーを発見」
平坦なテッドの声がして、メインディスプレイに真っ二つになったアリス機がスピンしながら離れていくのが映し出される。薄い装甲の小さな機体、その中央に『ケイローン』のコックピットがあったはずだ。
「ブルー・ワン……救援の許可を……」
「ええ、許可します」
損傷を見る限り絶望的だ、だからこそ母艦から救難命令も出ないのだろう。ケンタウルスⅤ周囲は清掃宙域だ。
百年かけて掃除されたこの宙域には、清掃専門の業者が今も活動している、任せておけばそのうち回収されるに違いない。
――
照れ笑いするそばかす面の少女の笑顔をケントは思い浮かべた。
――明日は我が身だ、そんなことは解っている。
「フリージアン
「フリージアン
要請に『フリージアン』の管制官が応えるのを聞きながら、ケントは小さくスラスターを吹かし、遠ざかってゆく熱い残骸へ向かって加速を開始した。
§
「よっしゃーあ! 久しぶりの休暇だぜ、どうするケント? 六番街の飾り窓にでも繰り出すか?」
部屋に置かれたモニターにケンタウルスⅢの姿が見えてきた途端、すっかり休暇気分のアンデルセンが、ケントの背中をバシバシと叩きながら楽しそうに言う。
「俺は……そうだな……とりあえず酒でも飲んで眠りたいよ」
宇宙で生まれ、宇宙で育った人間が大半を占めるケント達だったが、それでも休暇は必要だ。おまけに、あの日から無人艦を使った攻撃が散発しており、気が休まる暇がなかった。
「まあな、とりあえずケンタウルスⅤに戦力を集めたおかげで休めるけど、今週は忙しかったもんなあ」
アンデルセンののんきな声に、タフな奴だと思いながら肩をすくめる。酒も飲めない船内で緊張続きだ、アンデルセンと違いケントには自分がすり減っている自覚があった。
「じゃあな」
「ああ」
『フリージア』が接弦すると、ケント達はカバン一つに身の回り品を詰めて艦を降りる。消耗品の補給と軽整備にかかる72時間が、ケント達に与えられた束の間の自由というわけだ。
「まあ気張りすぎても長生きできねえぜ、ケント。いや、マツオカ
テンガロンハットのつばをチョイと押し上げて、ニヤリと笑うアンデルセンに力のない笑みを返して、ケントは小さくうなずく。
幸か不幸か、あの日ケントが取った行動が責められる事はなく、未知の敵相手に近距離戦闘でデータを大量に得た事、身を挺してアリスを守ろうとしたことを理由に昇進を通達されていた。
――さて、とりあえず一度家にでも帰るか……。
「あらケント、街まで乗ってく?」
港湾地区を出たところで、ケントはスクーターに乗ったメイフィールド少尉に呼び止められた。
「ああ、少尉。どうしたんです、そのスクーター」
「これ? 整備部の備品。黙って借りてきちゃった」
あっさりと無茶を言って手招きする彼女に、ケントは小さくため息をつく、なるほど、共犯というわけだ。
「運転よろしく! それでねケント」
「なんです?」
「階級がタメになったから、セシリアでいいわよね?」
かなわないな、と両手を上げて降参するケントにセシリアが声を上げて笑った。
「オーケイ。セシリア先任少尉、どこに行けば?」
「いじわるすると、口を利いてあげないんだから」
「それは困るな」
右の眉を上げるケントに、セシリアが吹き出す。
「港湾地区のカフェ、『アークライト』ってわかる?」
「そこなら行きつけだ」
「とりあえず、そこに行って」
スクーターにまたがったケントの腰にセシリアが手をまわして横座りする。背中に当たる彼女の体温にケントはドキリとした。
「ほら、早く出して、
そんな気持ちを知ってか知らずか、セシリアが少女のように声を上げて笑う。
「
少しちぐはぐな二人を乗せ、モーターが小さくうなるとスクーターが走り出した。
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