入替るは人機

「ずいぶん減ったわね」


 空母ラファイエットの格納庫で、ケントが傷ついた『ケイローン』を見上げていると、後ろから声をかけられて振り返った。

 声をかけてきたのがメイフィールド少尉だと知って、おざなりに敬礼するケントに、少尉がこちらにふわりと飛びながら同じく崩れた敬礼を返す。


「おっと」


 無重力状態の方が整備には都合が良いが、人工重力が切られた格納甲板では磁力靴マグでどこかにくっついていないとどこまでも飛んでいってしまう。

 キャットウォークにくっついていたケントは、少尉が伸ばした腕を捕まえると、抱きかかえるようにして隣に立たせた。


「ありがと」

「どうしたんです?」

「多分あなたと一緒よ、マツオカ准尉」


 そう言いながら、メイフィールド少尉は青い三角形にの中に『3』と描かれたケントの愛機を見上げた。

 赤外線ステルスと、対レーザー防御を兼ねたマットブラックの分厚い塗装を焼き飛ばし、チタニウムとセラミックの複合装甲に焼け焦げた三本線が入っている。デカイ猫にでも引っかかれたようだ。機体下側のレーザー発信機はアームの半分あたり断ち切られている。


「俺のも酷いですが、少尉のもなかなかですね」


 ケントは隣に格納された機体を見上げた。青い三角形の中に『1』と描かれたメイフィールド少尉の機体は、荷電粒子砲パーティクルがかすったのだろう、左の外縁部が溶け落ちていた。


「左の姿勢制御スラスターが死んで、ここに戻るの大変だったんだから」


 ブルネットの髪に褐色の肌、紫のルージュをひいた少尉が長いまつげを瞬かせ、明るい茶色の瞳でこちらを見つめながらウィンクを一つよこしてみせる。


 到着時は二十四機あった機体は十三機しか残っておらず、ほぼ半数を失ったことになる。墜ちた中にはケントの小隊にいたベニー・キム准尉と、トリガーハッピーの中隊長も含まれていた。


「しかし半分か……酷いもんだ」

「巡洋艦があそこにいただけでも、儲けものだとおもわないと仕方がないわね」


 駆逐艦がドッグ内にいなかったのは、ある意味、情報不足からくる大失態ではある。もちろん、少尉のいうように巡洋艦が繋がれていたのは幸運ともいえるのだが。


「儲けもの……か……」

「なあに?」

「いえ、なんでも」

「そう、ならいいわ」


 ポン、とケントの肩をたたいてメイフィールド少尉がキャットウォークを蹴り、自分の機体めがけてゆっくりと飛んでゆく。途中体をひねってこちらを向いて真剣な顔で口を開いた。


「マツオカ准尉」

「ケントでいいですよ」

「そう、じゃあケント。今日のあなたはとても慎重だったわ」

「臆病だと?」


 少しムッとしてケントは少尉に問いかける。


「いいえ、戦いはね勇敢なやつとバカから死んでいくから、慎重なくらいで丁度いいんじゃないかしら」

「褒め言葉として受け取っときますよ」


 ケントの言葉に片手を上げ、一番機のハッチめがけて消えてゆく彼女を見送った。とりあえずケンタウルスⅤまでは通常航法で二週間、時間だけはたっぷりある。

 次の戦いにそなえ、ケントはAIのテッドと訓練するべくキャットウォークを蹴るとコックピットへと向かった。


     §


「それで、ケントはどうやってセシリアさんと仲良くなったの?」

「仲良く……か」

「だって、彼女だったのでしょう?」


 ケントの膝を枕に、青空を模したスクリーンから降り注ぐやわらかな光を見上げて、シェリルが目を細める。


「暑くないか?」

「いいの、だってほら、うちの近所はみんな天井壊れちゃってるから」

「そうか」


 もうコロニー生まれの大半の連中が見たこともない青空を天井に投影して、疑似太陽光を届けるスクリーンは、復旧の遅れている旧市街の大半ではこわれたままだ。応急処置で天井に据え付けられた太陽灯サンライトが味気ない光を届けてくれてはいるが。


「そうだな、立体映画ホロシネマのようにロマンチックな話でもなんでもないんだ」

「そうなんだ?」

「ああ」

「聞かせて?」


 そう言ってシェリルが手を伸ばすと、ケントの頬に触れる。


「そうだな、俺たちがケンタウルスⅤに到着して三ヶ月ほどしてからのことだ」


     §


 タラント作戦が成功し、ケンタウルスⅧに駐留していた太陽系辺境艦隊を壊滅させたケンタウリ独立政府は、太陽系統合政府に対して自治権を求める旨を通告して宣戦を布告した。


「よう、ケントどこにいくんだ?」

「暇なんでな、テッドと遊んでくる」

「お前も好きだねえ」


 作戦後、四機づつに分けられた戦闘機部隊は、フリゲート艦『フリージアン』に搭載され、ケンタウルスⅤを中心としたジャンプアウト宙域のパトロールに当たっていた。


「あら、ケントどこに行くの?」

「AIと戦術訓練でもしようかと思いまして、メイフィールド少尉」

「そう、ちょうどよかった。アリスの実地飛行に付き合ってあげて、報告書があって手が離せないの」


 少尉の隣に立っていた少女が、ぴょこんとお辞儀をする。そこは敬礼するところだろうとケントは苦笑いした。アリス・ブラウン准尉、タラント作戦で撃墜されたキム准尉の代わりに補充されたの、技術学校をでたばかりの新人ルーキーだ。


「よろしくおねがいします、マツオカ准尉」

「ケントでいいよ、アリス」

「はい! じゃあケントさん……よろしくです」


 パイロットとして配属された時点で、階級はケントと変わらない。今のところ志願兵しか取っていないとはいえ、まだ未成年だろうにとケントは少し気の毒に思う。


「あら、なんだか私だけ仲間はずれみたいでやだな、ちょっとセシリアって呼んでみてよケント」

「少尉は偉いからだめです」

「ケチー」


 長い年月を経て、統一設計ユニバーサルのコックピットが採用された宇宙船は、今ではほぼ全ての操作をシミュレーターで学ぶことができる。タグボートから大型のコンテナ船までよほどのことがない限り操作は同じだ。

 二本の操縦桿と四つのペダルで統一され、異なるのは付属する機能、戦闘機なら火器慣性FCSくらいのものだろう。


「こちらブルー・ツー、フリージアン発艦許可を」

「こちらフリージアン、発艦を許可する、新人をあんまりいじめるなよ」

了解ラージャ、気をつけますよ」


 フリゲート艦の後部甲板の上下左右に、へばりつくように搭載された『ケイローン』が、小さな振動とともに切り離される。

 真ん中のペダルを踏んで機体を艦から離すと、小さく逆噴射。『フリージアン』から距離を取る。


「オーケイアリス、幸いこの宙域はデブリも殆ど無いクリーンな宙域だ。そのへんに浮かんでる無人偵察ポッドにぶつかるヘマでもやらなきゃ平気だから、安心していい」

了解ラージャ


 ケンタウルスⅤ周辺、とくにケンタウルスⅤから半径三千キロの球状の宙域は、百年かけて念入りにデブリが掃除されている。

 転送門ゲートを使って安全に・・・ジャンプアウトするには、何もない空間が必要となる。転送繭コクーンを解除したところに小惑星でもあろうものなら、ひどい目に合うのは確実だ。


「あと、AIを副操縦士コパイに設定にしとけ」

「どうしてです? 戦術分析タクティカルに回したほうが戦闘では有利なのに」

「高機動で気絶しても、宇宙の果まで連れて行かれなくて済む、訓練で死にたくはないだろう」

「ああ、なるほど、流石です」


 宇宙戦闘機としての性能を極限まで追求した『ケイローン』は、太陽系星系軍の戦闘機より二割ほど大きいが、倍近い大出力エンジンとプラズマステルス、高性能のAIのおかげで戦闘機同士の戦いであればまず負けることはない。

 問題は高出力すぎて慣性制御装置キャンセラーが追いつかず、リミッターを外せば最大15G、リミッター内でも最大9Gがかかるという点だ。


「オーケイ、ヘッドオンで交差からの格闘戦訓練だ」

了解ラージャ


 そのままきっちり六十秒、反対方向に飛び続けた二機が反転して向かい合う。


「いきますよ、ケント」

「お手柔らかに頼むよ、アリス」


 静止状態から最大加速する。


「テッド、仮想敵をセット、タイプは標準型マスプロ

了解ラージャ


 ここ最近、時間を見つけてはテッドと過ごしていたおかげで、ケントの思考を先回りできるようになったAIが、瞬時に敵の攻撃パターンを可能性が高い順に提示する。一番上に来ているのは、交差後に宙返りして背後を取るパターンだ。


「まあ妥当だろうな」


 テッドのおすすめは、宙返りに付き合ってからの旋回戦闘。

 距離が縮まる。


「テッド、火器管制を任せるFCS・ユーハヴ

了解ラージャ、アイハヴ・FCS」


 発砲のタイミングをテッドに渡し、ケントはすれ違った刹那、進行方向はそのままで小刻みにバーニアを吹かすと機体をその場でクルリと回す。

 加速Gがそのまま、リミッターいっぱいの減速Gとなってケントに襲いかかり、目の前が暗くなる中、短距離ミサイルと二門のレーザー砲をテッドが一斉射。


敵機撃墜スプラッシュワン

「ええっ!?」


 テッドの宣言をアリスの機体のAIが確認、彼女の悲鳴にも似た驚嘆の声が、戻り始めた意識のなか遠くで響く。それを聞きながらケントは笑った。


「なんですか今の? どうやったらあんなのが当たるんです?」

「悪いなアリス、今のはちょっとした意地悪だ。次はちゃんと付き合ってやる」


 機械と比べてヤワな人間が、いまだに中に乗っている理由は、AIにとって「ノイズ」であることだ。求められているのは第六感や、突拍子もないズルの類であるといっていい。


「イテテ」


 肩に食い込んだベルトの後が、明日にはアザになっているだろう。一旦距離を置いてから、こちらに機首を巡らせて再びヘッドオンしようとするアリスに、ケントが操縦桿を握り直したその時。


「こちらフリージアン、中止アボート、繰り返す、訓練中止ミッションアボート、セクターD18に識別不明機アンノウンがジャンプアウト」


 緊張した通信がフリゲート艦『フリージアン』から飛び込んできた。

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