押し寄せるはつぶて

「ジャンプアウト二十秒前、プラス六十秒でコンテナを射出します」


 管制官の緊張した声が響く。


転送繭コクーン解除先に、デブリがあるかどうか掛けようぜケント」

「あったら誰が得するんだよ、全員お陀仏じゃねえか」

「天国で俺様が総取り」


 オープンチャンネルで軽口を叩くアンデルセンに、相変わらずなやつだと思いながらケントは愛機のチェックリストに目を走らせた、システムはオールグリーン。

 普段操縦しているタグボートと操縦系統は変わらない。左右に二本のスティック、足元に四つのペダル、スティックのグリップにはプログラマブルスイッチが並び、親指の先にハットスイッチとダイヤルがつている。


「アンデルセン! 馬鹿言ってないで準備なさい。射出九十秒前、射出と同時にプラズマステルスを展開」

「オーケイ、了解」

「キム?」

「わかりました少尉殿」


 ケントが配属されたのは、第二飛行隊第三小隊だ。いまアンデルセンをしかりつけたセシリア・メイフィールド少尉は、ケンタウルスⅡの警備艇の操縦士だったという。

褐色の肌にブルネットの髪、吸い込まれそうな茶色の目が印象的な美人で、第三小隊の隊長だった。


「ケントは?」


 ベニー・キムはケントと同級の操縦課の学生だったはずだ、確かストーリエ商会の貨物船に乗っていたと聞いている。


了解ラージャ


 短く返答しながら、ケントは右スティック上部のダイヤルで、武装リストをメインディスプレイに展開する。

 短距離誘導ミサイルが四発、ブースター付きの鍛造タングステンの矢がぎっしり詰まった対艦質量弾が腹の下に一発。機首に装備された固定レーザー砲が二門、折りたたまれたアームにつけられたレーザー通信機兼用の可動機銃が二丁。


「五、四、三、総員、対ショック防御、ジャンプアウト! 完了……っハァ……」


 内臓と三半規管を襲う不快感にケントはうめき声をあげる。技術学校の練習船でも経験したが、二日酔いに似たコレばかりは慣れる気がしなかった。


「オーケイ、セクシーな吐息だ。戻ったら飲みに行こうぜ」

「……っ!」


 ヘルメットに響く管制官の声に安堵の吐息が混じるのを聞いて、アンデルセンが軽口を叩く。オープンチャンネルにつながった連中が、声を上げて笑う。ケントも小さく息を吐きながら笑った。気持ちはよくわかる、みんな緊張しているのだ。


「ジャンプアウト完了、コンテナ電磁投射用意、カウントダウン」


 大型コンテナ船を改造した、空母『ラファイエット』の貨物室カーゴベイの巨大な天井が、ミサイルハッチよろしく開かれてゆく。


「射出タイミングは管制官に、射出後はレーザー通信に切り替えを」

了解ラージャ


 セシリアの指示で射出タイミングがおまかせスレイブになっていることを確認する。的確に、かつ、短い指示ができるのは優秀な証拠だ。


「了解、射出タイミングをスレイブに、ケント、落とされるなよ」

「ああ、お前もな」


 最大なら四個飛行隊、四十八機が搭載できるよう設計された『ラファイエット』だが、この作戦に間に合った艦載機『ケイローン』は半分の二十四機だ。


「しかしおっかねえな、こんな密度で連続射出ってのはゾッとしない」」

「まあ、そこはAIを信じるしかないな」


 軽い振動を残し、ケントたちに先行する形でデコイを積んだ二十四機の貨物コンテナがケンタウルスⅧめがけて電磁投射され、推進剤の尾を引いて加速してゆく。


「さあ、みんな仕事の時間ショウ・タイムよ!」


 セシリアの楽し気な声が響いた。


 『投射三秒前、警告六G』赤い文字がメインディスプレイに踊る。一呼吸おいて、戦闘機の貧弱な慣性制御装置イナーシャで中和しきれなかった加速Gがケントを襲う。うめき声を響かせ、二ダースの命知らず達が星の海に放り出された。


     §


「テッド、アクティブ反射制御始動、プラズマステルス、オン、通信アンテナ展開」


 Tactical Data Systemの頭文字を取って、ケントが『テッド』と名付けた戦術AIに音声指示を出す。人の癖を船が覚えるからと嫌がる奴も多かったが、ケントは両手が塞がっていても命令が出せる音声指示を使うのが好きだった。


「アイ・マスター」


 乾いた合成音声シンセボイスで返事をしながら、テッドが順にシステムを立ち上げてゆく。機体につけられた発生器から伸びたプラズマが機体を覆い始め、時折パチリと火花が走る。七メートルほどのアームが展開すると、レーザー機銃兼、通信機が機体を包むプラズマの外へ送り出された。


「各機、通信状況を確認」

「良く聞こえてるよ」

「良好です」

「良好」


 セシリアとアンデルセン、なんだか楽しそうな二人の声に短く答えながら、ケンタウルスⅧの港湾部に向けてカメラをズームする。小さな光点が四つ吐き出されるのが見えた。


「テッド、敵の迎撃機だ。データ入力、送信シュート

「アイ、戦術システム更新、送信シュート


 文字通り、出力の絞られたレーザー銃で撃ちだシュートされた情報が、編隊各機を光の速さで駆け回り、戦術情報が更新される。


「各機、有視界戦闘VRCスタンバイ。湾外桟橋の巡洋艦は情報通りなら発進まで残り十二分」


 セシリアの声に、ケントはメインディスプレイの巡洋艦に目をやる。目標まで残り八分、拡大するまでもなくメインモニターの中でケンタウルスⅧが徐々に大きくなってきた。

 各機を結んだ戦術ディスプレイに進行状況が自動表示され、テッドが戦況を刻々と読みあげる。


「コンテナ、ブースター、フレイムアウト」


 愛想のない合成音声だが、こんなものでも付き合っていくうちに愛着がわいてくるのだから不思議なものだ。


「警告! 高エネルギー反応デス」


 テッドの声と同時に、ケンタウルスⅧの港湾外ブロックに、桟橋で繋がれた巡洋艦の主砲が火を噴いた。刹那、粒子砲パーティクル独特のきらめきがコンテナの編隊から三機を削り取る。


「フェーズワン、開始シマシタ」


 戦術ディスプレイには◇で示されたコンテナが二十一機、と、△で示された『ケイローン』二十四機、合計で四十三機が、ケンタウルスⅧめがけてまっしぐらに飛んで行くのが映っている。

 どこかのイカれた博士が作ったとかいう、機体全面を覆うプラズマの膜につつまれてしまえば、頼りになるのはカメラと光学センサ、そして各機体に備わったAIが処理して伝えてくる戦術情報だけだ。


「コンテナ爆破まで五秒デス」


各機の間をレーザー通信が行き交う。時折、デブリに当たったレーザーが光を散らした。


「三、二、一」


 大加速して、三分先行していた無人コンテナが、回転しながらはじけ飛んだ。 二重の円陣を組むように並んでいたコンテナから飛び出した数千の岩塊が、ショットガンのようにケンタウルスⅧの港湾部めがけて飛んで行く。


「うわあ、えっぐいな」


 アンデルセンがうめくのも無理はない、港湾部全体を岩塊で押しつぶして封鎖するのがそもそもの作戦趣旨だ。 巡洋艦一隻で何とかなる物量ではない、迎撃に上がってきた戦闘機が蜘蛛の子を散らすように射線から逃げてゆく。


「着弾まで八十三秒デス」


 こちらの意図に気づいた巡洋艦が艦首のスラスターを全開にして桟橋を引きちぎり、人工の流星群に舳先を向ける。

 被弾面積を最小限に抑えれば……という一縷の望みにかけたのだろう。その判断と操船は見事なものだ、同時に、対空レーザーにミサイル、そして荷電粒子砲パーティクルありとあらゆる火器が火を噴いた。


「第一飛行隊、攻撃開始シマシタ」


 だが、その奮戦を笑うようにテッドが宣言する。こうなると、抑揚の無いテッドの冷たい合成音声は死神の宣告そのものだ。 ケント達から三〇秒ほど先行している第一小隊から十二発の対艦ミサイルが放たれ、隕石群の後を追う。

 対艦ミサイルが隕石群を追い越し、外装がが吹き飛ぶと六つの子弾に分解してさらに加速、重さ二〇キロのタングステン鋼を七十二本、秒速一二〇〇メートルまで加速して叩き込んだ。


「七発直撃」


 前方に展開された力任せに電磁シールドを貫かれ、エリマキトカゲのエリのように、幾重にも立ち上げた可動装甲板を吹き飛ばされた巡洋艦が断末魔を上げる。

 グラリと姿勢を崩すと、雪崩のように襲い来る隕石群に押し流され、ケンタウルスⅧにたたきつけられた。


「第二次攻撃準備」


 第二飛行隊は手ぶらだな。そう思っていた矢先の言葉にケントは耳を疑った。もう十二分だ、敵艦は港湾部ごと岩塊に埋もれつつある。


「メイフィールド少尉! これ以上はコロニーを壊すだけだ中隊長を止めてくれ」

「わかってる! 何を考えてるのかしら中隊長は!」


 思わず口にしたケントの言葉に、セシリアの憤然とした声が返ってくる。くそっ、よりにもよって中隊長がトリガーハッピーとは……。撃てと言われれば撃つのが仕事だが、こんなバカげた話があるか。


     §


「それで、結局ケント達は撃ったの?」


 コテン、と延ばしたケントの脚をまくらにして転がると、シェリルがケントを見上げた。


「いや……結局それどころではなくなってな」

「なくなった?」

「ああ、港湾内にいるはずの駆逐艦が二隻、ケンタウルスⅧの外縁方向から現れた」

「それで?」


 んー……そういいながら目を閉じて、シェリルがケントの脚にほほをすり寄せる。


 その二隻を沈めたあとで生き残っていたのは十三機、空母に積んできた一個大隊の海兵と、二時間たってやってきたフリゲート二隻でケンタウルスⅧはなんとか取り戻した。


「ケンタウルスⅧって、β宙域の一番端っこよね?」

「ああ、なのにあの駆逐艦はその端っこのまだ向こうから現れたんだ。その理由に、もっと早く誰かが気づいていたら……と、いまなら思うがな」

「そうしたら……きっと……少し戦争が長くなっただけじゃない?」


 もとより太陽系の市民が不満を訴えることが前提の戦略だ、時間がたてばたつほど相手には有利な戦争だった、それは間違いない。


「ああ、そうだな、どっちにしても負け戦だ」

「そうしたら、ケントもここに居なかったかも」

「ああ、そうかもな」


 そこで言葉を切り、拗ねたようにシェリルが視線をそらす。


「なら私は、今の方がいいな」

「そうか」

「うん」


 子供のころにしてやったように、金色の髪を指でといてやると、シェリルがくすぐったそうに体を丸めた。

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