奮い立つは若鳥

『次のニュースです。七十二時間前に発生した、ケンタウルスⅧに駐留する太陽系星系軍と、暴徒化した労働者の間で発生した偶発的戦闘は、現在小康状態を迎えており、独立政府は外交チャンネルを通じて停戦の呼びかけを続けています』


 ――俺みたいな青二才にまで招集かけといて、何が外交チャンネルだ……。


 思いながら、ケントはぬるくなったコーヒーで培養肉カルチャーのコンビーフサンドを流し込んだ。

港湾地区からほど近い場所にあるカフェ『アークライト』は、安いうえに美味いことで有名だ。ケントのように港湾関係者にとってはありがたい店だった。


「どうだ、様子は?」

「よくはねえよ。うちの会社にも独立宇宙軍のリクルーターが来やがった」

「そうか……ほらよ、コーヒーのおかわりだ、サービスしといてやる」

「ありがとう」


 αケンタウリにある生命居住可能領域ハビタブルゾーンの岩石惑星、そのテラフォーミングという題目を掲げ、甘く勇ましい言葉とともに太陽系から送られた挙句、事実上見捨てられた二千数百万の移民達がいた、その第四世代がケント達だ。


「気にすんな、俺も若いときは貧乏暮らしだったからな」


 近頃では一山当てようとやってくる山師や、太陽系に住めなくなった連中が流入して、人口は四倍近くに膨れ上がり、稼働するコロニーは大小合わせ二十八基を数える。


「ただ、給料はいいんだよな……」

「しかし戦争はかなわねえな、まともにやっちゃ勝てっこないんだから」

「違いない」


 ゴリラみたいなゴツイ親父が、困った顔でそういうのをみて、ケントはうなずきながら笑った。男手一つで小さな娘を育てている彼にとっては、貧しくても平和であるほうがいいに決まっている。

 そう思いながらコーヒーに手を伸ばした時、カランコロンカラン。ドアベルの音とともに陽気な声が響いた。


「おやっさーん、ホットドッグを二つとコーラのLサイズ、玉ねぎマシマシのピクルス抜きでー」

「はいよ、ちょっと待ってろ」


 ケントと目が合ったアンデルセンが、片手をあげて向かいの席に座る。


「なんだケント、いたのか。相変わらず辛気臭いな」

「ほっとけ、お前こそ底抜けに能天気なツラしやがって」


 技術学校で同期だったアンデルセンが、いつも通りの軽口をたたきながら握りこぶしを突き出した。

 ケントがそれにこぶしを合わせると、アンデルセンは人差し指でトレードマークのテンガロンハットのつばをチョイと上げ、棚の上に乗せられた立体映像ホロを見上げる。


「なあケント、今日、独立宇宙軍からリクルーターがきてたんだがお前どうするよ?」

「俺のところにも来た。悩んでたところだよ、今ならパイロットになれるだろうが、負け戦になっちまえば、それこそ歩兵まっしぐらだろうしな」


 ケント達の出た学校は、実務特化の専門学校だ。操縦に船外作業、鉱山機械操作、どれも危険な仕事ばかりで、卒業から二年で同期の連中の一割はすでに墓の下だ。

 墓の下とは言うものの、葬式をしてもらって死体を再処理施設に送られるならマシな方で、大半は星屑デブリになる奴の方が多かった。


「まあ、歩兵も悪かないけどな」


 アンデルセンが腰から下げた博物館入り確実の四十五口径を抜くと、器用にクルクル回して見せる。


「銃で遊ぶと運が落ちるぞ、ラグンフリズ。ほれ、ホットドッグとコーラだ」

「ひゃっほう、腹ペコなんだ俺」


 仕上げとばかりに空中に放り投げた銃を左手でキャッチして、もう一度背中越しに投げて右手でつかみホルスターに戻す。


「ラグンフリズ! うちの娘がマネするから俺の店でそいつは禁止だ」

「オーケイ、オーケイ。あとアンデルセンでいいぜおやっさん、どうせみんなそう呼んでる」


 アンデルセンは苗字だが、高名な童話作家がいるおかげで、『ラグンフリズ』という覚えにくいファーストネームより、『アンデルセン』と呼ばれることが多かった。

 さらに縮めて『アンディ』なんて呼ばれることもあるが、当の本人はてんで気にしておらず、精々あだ名くらいに思っているようだ。


「まあ、なんでもいい。子供は悪いことほどマネしたがるんだ」

「わかったよ、シェリルの前ではやらねえ、約束する」

「わかりゃいいんだ」


 腕を組み、アンデルセンをひと睨みしてからおやっさんが去っていく。


「娘の事となると、おっかねえんだから」

「まあな、可愛いんだろうさ」


 口いっぱいにホットドッグを頬張りながら、うんうん、わかる! と、アンデルセンが力一杯うなづくのを見てケントは笑う。

一本目のホットドッグを、ろくすっぽ噛みもせず飲み込んでコーラで流し込み、アンデルセンも満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「だからなあ、せっかく飛べる俺たちが守ってやらないとって思うんだよ」

「おまえ長生きできないタイプだぜ、アンデルセン」


 ケントの言葉に肩をすくめると、アンデルセンが二本目のホットドッグを一口かじってから親指を立てる。


「でもお前も来るだろ? 歩兵より戦闘機乗りの方が、女の子にはモテそうだ」

「まあ、悪くないな。星屑デブリになるならその方が格好がつく」


     §


「そんな理由で志願したの?」


 暖かで心地よい光を届ける太陽灯と落ち着く草いきれ。ケントの作業ジャケットを敷物代わりにピクニックと決め込んだシェリルが、焼き立てのワッフルを頬張りながら、あきれた顔でそういった。


「そうだな、今考えれば若かったんだろう。いくら働いても食うに困る生活には、嫌気がさしていたしな」

「そうね……あの戦争のあと、ご飯だけはちゃんと食べられるようになったかも」


 合成シンセかどうかはさておき、たっぷりとアプリコットジャムの塗られたワッフルを見つめてシェリルが言う。


「そうだな」


 戦後、ケンタウリ星系の自治を認めた太陽系統合政府は、独立戦争のきっかけとなった貧困への対策という名目で貿易額を増やした。

 特に食料に関しては、戦争前の三割安、太陽系の火星圏と同額程度のレートで固定としたので食糧事情は劇的に改善されてはいる。


「ヒモつきでも、飯が食えるようになっただけ、いいかもしれない」

「それで、どうだったの? 軍隊生活は?」

「軍隊か……あれが軍隊とよべるほど立派なものだったかどうか」


     §


 ケンタウルスⅧの暴動に端を発して独立への機運は一気に高まり、ケンタウリ星系に独立政府が樹立、統合政府に独立宣言をしてから三か月が経とうとしていた。

 統合政府はこれを反乱とみなし、最初の衝突があったβケンタウリ宙域にあるケンタウルスⅧの暴動を流血を持って制圧、辺境方面軍の重巡洋艦一隻と、駆逐艦二隻を防衛に当て、立てこもっていた。


「以上が『タラント作戦』の概要である。決行は八時間後だ、解散」


 海賊相手の取締官として、軍警でフリゲートに乗っていたという飛行隊長の説明に、みながざわめいた。


「おい、ケント聞いたか?」

「ああ、正気の沙汰じゃねえな、宙域がクリアな保証があるわけもないし」

「まあ、奴らに一発食らわせるってなら、これしかないだろうが……」


 人口だけでみても六十倍以上の国力差がある状態だ。ケンタウリ独立政府も武装闘争での勝利などという、子供じみた夢を見たわけではない。

 ケンタウリ星系の安い労働力を背景にした、地球圏の半値という格安の鉱物資源、その輸出が止まれば太陽系の経済は混乱をきたす。

 太陽系の住民が、急騰する物価に不満の声を上げ、ならば自治などくれてやれと言うまで制圧されない事、それが独立政府の勝利条件だ。


「上の奴らもうまいこと考えたもんだ。この星域にある転送門ゲートはケンタウルスⅢにある一基かぎりだ、これを壊さずに手に入れなけりゃ増援に来た船は帰れない」

「ああ、俺達がヤケを起こして転送門ゲートを壊そうものなら、向こう二十年はこっちに来た連中は帰れないだろうからな」


 ズズズと音をさせて、空っぽのプラカップからコーラをすするアンデルセンに、ケントはうなずく。


「おまけにジャンプアウト宙域はケンタウルスⅤの周辺しか、まともに整備をしちゃいない、鼻を出したモグラを叩けばいいって寸法ってわけだ」


 現状、太陽系にある転送門ゲートは三基だ。小型船舶ならともかく、巡洋艦や航宙母艦などは質量が大きすぎるので、それぞれ二時間に一隻づつ送り込むのがやっとだろう。

 さらに、この星域でワープアウト領域として完全に清掃済みなのは、ケンタウルスⅤを中心とする半径七〇〇キロの球体内だけだ。


「事故で無くすのも数に入れて、清掃済みじゃない宙域にジャンプさせる勇気が統合政府にあると思うか? ケント」

「どうだろうな、向こうの政治家がうちのよりボンクラなのを願うしかない」


 そう言ってケントは立ち上がり、ブリーフィングルームを後にする。巨大コンテナ船を改造した空母『ラファイエット』を、ケンタウルスⅧの直近にジャンプさせ、艦載機での敵艦隊への奇襲攻撃。

 

 ――なるほど、リスクはある。実にバカバカしい一手だ。だが……気に入った。


 飛行隊長の説明を思い出して、ケントはニヤリと笑った。

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