微笑むは戦友

 事務所前に立っていた二人が、武器を構えてこちらに歩いてくる。


「そこで止まれ!」


 クリスに目配せしてケントが足を止めた、作業着ではなくスーツを着ているところを見ると営業部員だろう。


「動くな」

「まあ、俺はここから動きゃしないが……」


 両手を挙げたまま、ケントは顎で彼らの背後を示した。


「お、おい」


 一人が振り返って声をあげる。湾地域用の大型トラックがモーターの甲高い音をたて、全速力でこちらめがけて突っ込んでくる。


「撃て撃て!」


 振り返りざま、営業部員達がトラックめがけて集光レーザーライフルを乱射した。


「こっちは、良いんだな……」

「ええ、忘れんぼさんですね」


 言うが早いか、地を蹴りクリスが宙に舞った。同時にケントが手にした水撃銃ジェットで手前の男の足を撃つ。距離のせいで少々広がりながら叩きつけられた水の散弾が、男のスラックスを引きちぎり血煙をあげた。


「痛いんだよなあれ」


 営業部員が撃ち込むレーザーを物ともせず、途中でハンドルを切ったトラックは、全速力で事務所の一階に冷蔵コンテナを載せた荷台をぶちこみ、トルクに任せてプレハブづくりの事務所を揺さぶった。


工合ガンホー! 工合ガンホー! 工合ガンホー!」


 叫びながら、老兵達が破れた軽金属の壁から突入してゆく。


「ほら、危ないですから、こういうものは素人が持っちゃだめですよ?」


 トラックめがけて乱射するもうひとりの隣に、クリスが舞い降りる。トリガーハッピーになっていた営業部員が、目を丸くして隣に立つ少女を見た途端。


「えいっ」


 かわいい声とは似ても似つかない音を立て、神速のローキックが叩き込まれた。足を折られた営業部員が悲鳴をあげて倒れ込んだ。


「はい、じゃあこの危ないのは没収ですからね」


 集光レーザーライフルを奪い取り、クリスがケントを振り返る。


「いくぞ、パーティに遅れると怒られちまう」

「あら、それは大変」


     §


 一階は三人に任せることにして、ケントとクリスはトラックの屋根へとよじ登った。冷蔵トラックのコンテナ伝いにいけば、二階の窓から入れるだろう。


「では失礼して」


 そう行ってクリスがひらりと舞い上がり、トラックの屋根に着地した。周囲をうかがってから、座席に足をかけてよじ登ろうとしていたケントを、片手で軽々と引き上げる。


「ありがとよ」

「お安い御用ですわ、マツオカ様。では、ちょっと先にお片付けしてきますね」

「あ、おい」


 言うが早いかトラックのキャビンの屋根に足をかけ、ロケットのようにクリスが窓に突っ込んで行った。


「おいおい……」


 クリスのフライングクロスチョップを食らって、樹脂製の窓が窓枠ごと外れて吹っ飛んだ。階下に向かって銃撃していた男が、飛んできた窓とクリスの直撃を食らって転げ落ちていった。


制圧クリア

制圧クリア!」


 外れた窓から入ったケントの耳に、一階を老兵達が片付けたのが伝わってきた。


     §


「悪いな遅くなった」


 そう言いながらケントは会議室の扉を開けた。一ダースの銃口が一斉にケントに向けられる。


「遅刻じゃ馬鹿者め」


 二階の会議室でテーブルを挟んで、スカーレットとミルドレッドが対峙していた。年老いた社員二人とリディが、スカーレットを守るように囲んでいる。

つまり残りの八人と、階下にいた者たち全員がミルドレッドの側についたということだろう。もっとも、階下の全員はもはやあてにならないようだが。


「で、俺の命と引き換えとかいう、調印式は済んだのかハニー?」

「たわけ! そもそも貴様ごときの命と、莫大な権益を交換なぞするものか」

「ああ、だろうな、知ってるさ」


 ズカズカと会議室に踏み込んで、ケントはスカーレットの背後に立ってニヤリと笑う。そうだ、そう来なくてはつまらない。


「まあ良い。一番良いところに間に合ったゆえ許してやる」


 楽しそうなスカーレットの様子とは逆に、ミルドレッドが貼り付けたような笑顔を浮べていた。圧倒的優位だったはずが、あっという間に均衡状態まで押し戻される気分はどんなものだろうとケントは思う。まあ、相手がスカーレットでは仕方ない……。


「それで、これからどうするんだ」

「くふ、まあ見ておれ」


 笑う少女にケントは肩をすくめてみせる。金でころんだはずの港湾部員のうち、年寄り連中がまだ味方なのは、彼女の日頃の行いのおかげだろう。


「わたくし、お茶でもいれてまいりますねー」


 開けっ放しのドアからひょこりと顔をのぞかせたクリスが、冷たい目でミルドレッドを睨みつけてから、とぼけた声でそう言ってドアを閉じた。

 とぼけた振りをしているが、その一言は『一階にはもうお前の味方は居ないぞ』とプレッシャーをかけたような物だ、高性能すぎるのも怖いものだとケントは思う。


「さてミルドレッドよ、妾の話を聞いて、それでも皆がお主の味方をすると言うのであれば、お主の出した条件を飲んでやるがゆえ最後まで聞くが良いぞ」


 スカーレットの言葉に、ミルドレッドが意外だという顔をする。人数で言えばほぼ互角になった状態だ、単体の戦闘力ならこちらの方が上かもしれない。


「さて、今回の発端となったコレは、みなも知っておろう?」


 スカーレットが小袋から『ブラッドロック』の結晶を取り出して、机の上に放りなげた。


「所長殿がどこからか買い付けてきて、売りさばいておる合成麻薬じゃ」


 そこで言葉を切ると、スカーレットは腕を組んでため息をつく。


「妾としては、所長殿がこれで小遣いを稼ごうと、別段ギルドが損をするわけでなし見逃しておっても良かったのじゃが……」


 机の上の赤い結晶をつまんで持ち上げ、光に透かしてニヤリと笑う。


「さすがに、わらわの寝床ケンタウリを、軍産複合体プルートスに売り渡そうとするアホウとなれば、話は別じゃ」


 軍産複合体プルートスの名が出た途端、全員がどよめいた。独立戦争では年老いた社員の大半は前線で戦っており、年若い社員のなかには親や親類を失ったものも多い。

 今なお、明に暗にケンタウリに圧力をかけてくる軍産複合体プルートスへの反感に、場の空気ががらりと変わるのを感じたミルドレッドが狼狽する。


「大体なにを証拠に、軍産複合体プルートスなどと。そもそもこんな安い合成麻薬ごとき、彼らが売ってなんの儲けになるというのです?」


 確かにも筋は通っていた。出回っている半値程度の合成麻薬を売ったところで、大した儲けにはならない。


「金ではないのじゃよ、ミルドレット」


 そう言ってから、自分の後ろに立っていた白ひげの老社員を見上げてスカーレットが問いかける。


「整備部長、コロニーの水資源リサイクルについて、ざっと説明をしてくれるかの」


 ほほに大きな傷のある老社員が、うなづいてボソボソと語り始めた。


「遠心力沈殿、生物処理、高電圧処理でのミネラルの除去、酸化触媒での有機物分解、蒸留機での水蒸気化、イオン交換膜での精製といったところですかな」

「飲み水はそうじゃな。では、水耕栽培工場で使う水は?」

「配管詰まりを防ぐために、高電圧処理でのミネラル除去までは同じですが、殺菌もろ過も甘いので、基本的にはドブの水より少々マシなもの……といったところです」


 もういい、と手をヒラヒラさせてスカーレットが対面にすわるミルドレッドを見つめた。


「さて、所長殿よ」

「?」

「よくもまあ気長にと、妾も最初に聞いたときには笑ったのじゃが」


 細い指でつまんだ『ブラッドロック』をテーブルに置いて、スカーレッが所長にむけて弾き飛ばす。テーブルの上を滑っていった赤い結晶が、ミルドレッドに当たって床に転がり、乾いた音を立てた。


「人間が摂取した『ブラッドロック』は、体内で代謝される際にタンパク質を取り込み、廃水処理で行われる高電圧処理の工程で変質、起動するナノマシンを含んでおる」


 フッ! と指についた粉を吹きながら、スカーレットが笑う。


「ヤク中の人間が一度に排出する量は微量じゃが、処理工程が甘い農業用水系に蓄積されたそれは、植物の根に取り付き、細胞壁に小さな穴をあけ、植物に癌細胞を発生させ浸潤を引き起こす」


 言いたいことが見えてきた……。


「彼奴らの目的は、そのナノマシンによるケンタウリの農業自給の破壊よ。気長なことじゃ、ざっと四半世紀はかかろうがの」


スカーレットの言葉に、その場にいる全員が怒りの唸り声をあげた。終戦から十三年、生活がそれなりの復興は果たすには十分な時間だ。だが、心の奥底に押し込められた、怨嗟を癒すには短すぎる。


「ま、待ってください社長、私はそんなつもりは……」

「知らぬまま仕入れたと申すか?」


 ミルドレットの周りから一斉に社員たちが離れる。


「そ、それは……」

「よい、チャンスをやろう。妾を倒して逃げおおせれば、お主の勝ちという事にしてやる。みな手を出すでないぞ、リディもな」


 小さなざわめきが上がり、みなが武器を下す。


「くっ……」

「なに、簡単なことじゃ。抜いて撃つ、妾が死ねばお主の勝ち。もっとも、しくじったお主を軍産複合体プルートスがどうするかは知らぬがな」


 額に汗を浮かべたミルドレッドが目を伏せる。

 次の瞬間。


「うぉおおおっつ!」


 雄たけびを上げ、脇の下からケントにはなじみ深い四十五口径リボルバーを引き抜き、スカーレットに突き付けた。


 チチッ、

 撃鉄ハンマーを起こす音が、感触が、ケントの五感によみがえる。

 チャキン!

 金属がこすれあい、ロックする音が響く。


 ――すまんな、アンデルセン。


 銃を託してくれた戦友に謝りながら、ケントは腰に下げたホルスターから熱線銃ブラスターを抜き、迷うことなく引鉄を引いた。

 スカーレットの肩越しに伸ばした腕の先で、紅の銃が地獄の業火を吐いて轟と吠える。ほぼ同時に放たれた四十五口径の鉛弾をき飛ばし、炎がすべてを飲み込んだ。


 すべてが終わった後には、背後の壁ごとミルドレッドの姿は消えていた。


     §


「馬鹿者、少しは加減せぬか」


 ため息交じりにそういって、スカーレットが背もたれに体を預けてケントを見上げる。


「すまん、初めてなんでな」

「くくく、まあよい」


 手の中で銃をくるりと回し、ケントは銃把グリップをスカーレットに差し出した。


「ふむ」


 鼻を鳴らしてスカーレットがあたりを見回す。


「ほかに撃たれたい者がおらねば、これで手打ちとする。ほれ、みな仕事に戻れ」


 ぴょん、と可愛らしいしぐさで椅子から飛び降り、パンパンと手をたたく。会議室の扉が開き、各々が片付けに動き出した。


「ケントよ?」

「ん?」


スカーレットが通信機コミュを差し出して、にこりと笑った。


「返すぞ」

「ああ……。っとなんだ、スカーレット」


 受け取ろうと伸ばした左手を力強く引かれ、ケントがバランスを崩した。


「無くした銃の詫びに、その熱線銃ブラスターはお主にくれてやる」


 耳元でそうささやいてから、スカーレットの唇がほほに触れる。


「これは、まあ礼みたいなもんじゃ」


 手の中の熱線銃ブラスターと、スカーレットを交互に見ながらケントが口を開こうとした時。


「まぁすぅたぁ……」


 恨めしげな声が開けっ放しのドアから響いた。


「ノエル? まて、ちょっとまて」

呵々かか、ほれ、ヤキモチ妬きのお人形が参ったぞ、妾はさっさと逃げるとするか」

「スカーレット!」

「あらあら、まあまあ」


 安全装置セーフティをかけた熱線銃ブラスターをホルスターに戻しながら、ケントはじりじりと部屋の隅に追いつめられる。


「ずるいです、ちゃんと整備してきたから、私にもキスしてください。いい子にしてたら、お願いを聞いてくれるっていいました!」

「まて、落ち着けノエル」

「嘘つきには反物質燃料飲ましていいって、昔から……」

「だから殺す気か? 俺をそんなに星屑にしたいのか!」


 ――なあ、アンデルセン。俺は何とかやってるよ。


 飛びついてくるノエルを片手でいなしながら、ケントはプレハブに空いた大穴に目をやる。懐かしい戦友の笑顔がそこに見えた気がした。




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