舞い降りるは純白

「タナカっ!」


 グエンが鋭い声を上げた。その声に、ケントの向かいに座っていた見張りが銃を向けようとする。させじとケントはシートに体を預け、見張りを両足で蹴りとばす。


「グゲッ!」


 ケリを防ごうとしてとっさに差し出した集光レーザーライフルが、銃床と機関部のつなぎ目からボキリと折れる。機関部の角が口元にあたった見張りが前歯をへし折られ、たまらず崩折くずおれた。


「タナカっ、早く!」

「泣くなよグエン」


 タナカ部長がそう言いながらグエンの肩口を力いっぱいけとばすと、ガキンと音がして左肩から腕が丸々外れる。


「痛えな、少しは遠慮しろ」


 顔をしかめたグエンが、手錠で繋がれたままの義手を背中のうしろを通して前に持ってくる。


「貴様ら何をしている!」

「うるせえ、だまってろ」


 身を乗り出して後ろを振り返った助手席の男を、グエンが外した義手でぶん殴った。運転手の男がそれを見て目を剥くと、ドアノブに手をかける。


「四人を一人で見張るってのが、まず甘いんですよねえ」


 ナカマツ課長がのんびりとした声で、困ったようにそういった刹那。


 ズガン! 


「うおっ」

「なんだ?」


 とんでもない勢いで、運転席の頭上に重たいものが叩きつけられた。樹脂製ボデイがベコリとへこみ、フロントガラスにヒビが入る。爆散したオレンジ色の中身を見る限り、正体はカボチャだろう。


「やってられるかよ!」


 パニックになった運転手がドアを開けて外に転がりでた。これ幸いと見張りの持っていたライフルでグエンが皆の手錠を焼き切って回る。

 その間にも野菜が上空から叩きつけられる音が響く。どうやら十メートルほど前方に止まったもう一台のワンボックスに、キャベツの集中砲火が浴びせられているようだ。


「なめやがって、動くな」


 外に出ようとドアを開けたところで、先に出ていた運転手がそう言って水撃銃ジェットをこちらに向ける。その体をかすめて、大玉のスイカが床に落ち盛大に飛沫をあげた。


「ひっ!」


 もう一発、鋭い風切り音と共に飛来したスイカが、ドシャリという重たい音とともに飛び散る。明らかに狙って飛んできたそれに、運転手が片足を上げ情けない悲鳴をもらした。


「これ、出ないほうがよくないか?」

「そうですね」


 ケントの声に、ナカマツ課長がうなずいたその時……。


「あらあら。残念、スイカはお嫌いでしたか?」


 運転手の背後、暗闇の中から少女の声がした。


「て、てめえ、な、なな」


 かみまくりで脅しにもならない虚勢をはって、運転手が背後に銃を向ける。銃身バレルの下につけられたフラッシュライトの丸い光の中に、メイド服の少女が微笑んで立っていた。


「好き嫌いはいけませんよ? おかあさまに言われませんでしたか?」

「なっ、えっ?」


 あまりに場違いな少女の姿に運転手が躊躇した瞬間、抜く手も見せず丸い物体が少女の手からはなたれ、運転手の額を直撃した。

 鈍い音がしてそのまま吹き飛ばされるように後ろに倒れ込む。跳ね返った丸い物体がコロリコロリと車のドアのそばまで転がってきた。


「うわぁ……」


 半壊した玉ねぎを見て、これは痛そうだなとケントは思わず声を漏らした。


「マツオカ様、申し訳ございません救援がおそくなりまして」

「だれだね彼女は?」


 タナカ部長の質問に、グエンとナカマツの視線がケントに集まる。


「相棒の姉だな、うん」

「お姉ちゃんって呼んでいいんですよ? マツオカ様。冗談はさておきノエルは分解中なので、わたくしが代わりに参りました」


 頭の上に「?」マークを浮かべる面々に、クリスがスカートをつまんで優雅に一礼する。


「ちょっとあちらも片付けてまいりますので、お待ち下さいね」


 トトンとステップを踏み、〇・五Gの重力を考えても身軽すぎる動きでメイド服を翻した少女が宙に舞い上がる。


「おい」

「なんだ?」

「白だったな」

「ああ」


 再び闇に溶けてゆくクリスのシルエットを見送るグエンが、親指を立てニカリと笑った。前方のワンボックスで銃火がひらめき、悲鳴が上がり始めた。


「いくぞ」


 足元に転がっていた水撃銃ジェットを拾って、ケントは後ろを振り返る。ワンボックスに転がっていた武器でそれぞれ武装した老兵達が、肘を小さく畳んだ海兵式の敬礼を戻してよこした。


「おい、ミルドレッドがおらんぞ?」

「お嬢ちゃん、金髪のスカしたやつを見なかったか?」


 どこかやられたのか、片膝をついているクリスにケントは駆け寄った。


「すみません、油断を……首魁を取り逃がしてしまいました」

「いいさ、どうせ行き先は決まっている」


 武装を整えたケント達がクリスの援護に駆けつけたときには、八割がた勝負はついていた。車外で四人、車内で一人の営業部員がのびている。ケントに肩を撃たれ、車内でのたうち回っている一人を除く四人はクリスの手柄だ。


「大丈夫か?」


 メイド服のエプロンに丸い焦げ穴を見つけて、ケントはクリスの肩に手を伸ばした。


「左上腕の出力調整にもう二十秒ください、火薬式の銃なんて想定外で……申し訳ありません」


 そう言ってクリスがごそごそと胸元に手をやると、ひしゃげたホローポイント弾をつまみだす。クリスの手のひらで転がる鉛玉を見ながら、ケントはギリと奥歯を噛みしめた。


「すまない」

「どうしてマツオカ様が謝るんです?」

「いや、だがすまなかった」


 程なくしてエレベーターに電力が戻ると、数万クレジット分の生野菜サラダと共にケントたちは港湾区域に到着した。


集光レーザーライフルとエネパックが二本づつ、ちょっと頼りないですねえ」

「贅沢言うな、遅いとお嬢にどやされる」

「まあコレに頼るような事態になっていれば、こっちに勝ち目はないだろう」

「言うなよタナカ、我慢しとったのに」


 ケントが運転するワンボックスの後部座席で、総務部の老兵がタバコ片手に作戦会議と言う名の雑談を楽しそうに繰り広げている。


「マツオカさま、これをスカーレット様からお預かりしております」


 助手席でロングスカートの腿をたくし上げたクリスが、スカーレットの愛銃をホルスターごと外してケントに差し出した。


通信機コミュは?」


 バカでかい熱線銃ブラスターを受け取りながら、ケントはクリスに尋ねる。


「お主の宝物と交換してやるゆえ、さっさと助けにまいれ。と、伝言も承っております」

「そうか」


 その軽口を伝言できるくらいなら、スカーレットは負ける気がないと言うことだ。


「俺の場所はどうやって?」

「どうやって? マツオカさまのお腹の中の発振器ロケータを追いかけました、その後、倉庫でハッキングしたカメラでお姿を確認して……」


 そう言ってクリスがポケットからハンカチを出すと、ケントの額の傷口に手を伸ばす。


「大丈夫だ、ありがとう」


 右手を上げて押し留め、ケントは小さく笑ってみせる。


「ノエルが大層怒っておりました、マスターに酷いことをした人の顔は不揮発領域に記録したから、絶対に許さないとかなんとか」

「まあ、俺から言っておく、あいつは代わりに前歯がなくなったからおあいこだ」


 ノエルの事だ、あの見張りの若者の入院先で、医療マシンをハッキングして凄くひどい目に合わせるくらい朝飯前だ、やられた方はたまったもんじゃないだろうが。


「ノエルは?」

「もうそろそろ、お父様が組み上げる頃合いかと」

「そうか」


 事務所まであと五分というところで、ケント達は乗ってきたワンボックスを止め、無人トラックに乗り換えた。

 非常運転モードを立ち上げると、コンソールボックスからハンドルが生えてくる。スペックはノエルの方が上だというが、ドアノブに手をかけた途端にトラックをハッキングする姉の方も大したものだ。


「すごいな、お嬢ちゃん」

「ありがとうございます、褒めてもなんにもでませんよ?」

「いてて、まったまった、降参。タンマタンマ」

「踊り子にはお手を触れないでくださいまし?」


 クリスの尻をなでたグエンが義手を乗っ取られ、自分に自分でアイアンクローをキメるのを見て皆が爆笑する。


「じゃあ、手はず通りに頼む」

「ああ、任せたまえ」


 事務所までのカメラを片っ端からハッキングしたクリスが、運転席には誰も乗っていないという情報と映像を送り込む。

 もし見張りがいても直接見えない位置で、荷台からケントとクリスが降りると、事務所に向かって歩きだした。


「さて、行こうか」


 密閉式のプレハブ造りの事務所の前に二人、見張りが立っているのが見える。一人がこちらを見つけて指をさすのをみながらケントは小さくつぶやいた。


「たのむぜ、爺さんたち」

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