与えらるは宝珠

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「大丈夫だ、はやく来い!」


 赤熱する金属の外壁に、二の足を踏んだ雪梅シェメイを見上げてケントは声をかけた。


「スカーレット?」

「さっさと降りてまいれ、先にゆくぞ」


 チラリと振り返り、地面まで二メートル半はあるひさしから、スカーレットがこともなげに飛び降りる。


「ああ、もう!」


 それを見て雪梅シェメイが覚悟を決めたように、ひさしめがけて飛び降りてくる。両足をきれいに揃えて軽金属のひさしに着地、前回りで受け身をとった。


「よしっ十点! ああっ!」


 着地を決めたものの勢いを殺せず、たたらを踏んだ雪梅シェメイが、決めポーズのまま、ひさしの下に消えてゆこうとするのを見て、ケントはとっさに飛びついた。

 なんとか脇の下に両手をいれて抱きとめる。だが、人ひとりの重さに引きずられ、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。


「ぬべっ!」


 カエルが潰れたような声を上げて、軽金属の屋根に叩きつけられたケントに、雪梅シェメイが顔を真っ赤にして抗議する。


「あ、ちょ、ちょっと胸、胸に」

「やかましい、三つ数えて離すからな? いち、にぃ、さん」

「あーっ!」


 幸いここは〇・八G区画で下は芝生だ、まあ怪我はしていないだろう。そう思いながら起き上がり、ケントもひょいと飛び降りた。足でもくじいたのか、下でへたりこんでいた雪梅シェメイを横抱きにして、リムジンに向かって走り出す。


「Rock 'n' Roll !!」


 タナカ部長の大きな声に振り返ると、スーツ姿の三人が次々に飛び降りてきた。ひさしに着地すると同時に、武器を抱えたまま前転してワンクッション、いい歳したジジイが三人、パルクールの要領で着地をキメる。

 そして、〇・八Gといくらか低めの重力区域とはいえ、年齢を考えればあまりに見事な体さばきに、ケントが呆れる間もなく……。


 ズムン!

 

 芝生に並び立った老兵の背景で、立体映画ホロシネマのワンシーンのように、爆発が二階の事務所の窓を吹き飛ばし、炎を吹き上げた。


     §


 ガスタービン音を響かせて、全長六メートル、重量八・五トンの巨体が加速する。その後をギルドのダミー会社、『ストーリエ商会』のロゴが大書されたワンボックスが続く。


「リディ、港湾区域の事務所に通信をいれよ。“ロメオ・インディア発生、敵は営業部”とな」

「イエス・マム」


 振り返れば、四台のワンボックスと、二台のスクーターが追いかけてくるのが見える。リムジンの電磁機関銃リニアガンが一台のワンボックスを蜂の巣にし、追い抜こうとしたスクーターを、ジジイの一人が窓から身を乗り出して、銃床でぶん殴ってひっくり返した。


「対ショック姿勢を」


 リディの声に反射的に手足を突っ張ったケントだったが、あまりの衝撃に投げ出されそうになる。緩やかな坂をかなりの勢いで登りきった装甲リムジンが、嫌な衝撃音とともに道路に叩きつけられた。

 金属とアスファルトが擦れ合う音が長々と響き渡り、窓の外で盛大に火花が上がっている。徐々にスピードが落ちたかと思うと、ガコン! と音がして後ろ下がりの姿勢で巨体が止まる。


「オールシステムグリーン、車体は無事です。」

「くはは、じゃが見てみよ傑作じゃ、これではひっくり返った亀の子同然じゃわ」


 ぐらり、ぐらりとシーソーのように揺れる車内で、手を叩いて笑いながらスカーレットがサンルーフを指さした。


「まじかよ」


 止める間もなくサンルーフから這い出し、スカーレットが屋根からボンネット伝いに歩いて行く、ケントと雪梅シェメイもマネをして、おっかなびっくり車の前に降り立った。


「リディ、車は捨ててよい」

「イエス・マム」


 運転席の窓を開けて、リディが車の揺れるタイミングを見計らって飛び降りる。アスファルトの下に空いた、深さ三メートルほどのシンクホールにリムジンがズルズルと滑り落ち、トランクを下にして直立した。


「回収が大変だな」

「なに、生きておればこんな物どうにでもなる」


 ケントがのぞき込むと、二車線対面通行の道路の半分が六メートルほど崩れ落ちていた。道路下の共同溝よりも、さらに深いところに水が流れているところを見ると、漏水がシンクホールを作ったところに、衝撃と重量が加わって抜けてしまったのだろう。


「お嬢!」


 ドリフトしながら残った対向車線を塞ぎ、武装した三人が降りてくる。集光レーザーライフルに破砕手榴弾のぶら下がったタクティカルベストを着込んだ老人達の動きは、老練な兵士そのものだった。


「問題ない、しばし食い止めよ」

了解ラージャ


 追いついた営業部員達が、乗ってきた社用車を盾にして射撃を始める。こうなれば多勢に無勢だ、五倍ばかり手数が違う。自動運転車オートカーでもあれば、ノエルに連絡して乗っ取れるのだが……と、ケントはあたりを見回した。


「若いの、武器だ」


 バンから引きずり下ろしてきた武器ケースから、対物集光銃レーザーライフルを取り出して、タナカ部長がケントに放り投げる。


「おっと」


 一三〇センチほどのライフルを受け取り、ケントは仕方ないなと覚悟を決めた。


「スカーレット」

「なんじゃ?」


 腕から通信機コミュを外してスカーレットに手渡す。


「だから、なんじゃというておる」


 不服そうな顔をする少女の頭に、ポンと手をおいてニコリと笑う。


「リディに雪梅シェメイを担がせて、三人で行け。自動運転車オートカーを見かけたら、こいつで連絡してノエルに乗っ取ってもらえ」


 あくまで徹底抗戦とばかりに、老兵たち乗ってきたワンボックスに手榴弾を放り込む。派手な爆炎があがり、樹脂製ボディが黒煙をあげて燃え上がる。


「くっ」


 眉を潜め、スカーレットが一瞬考え事をしてから、腿のホルスターに収められた熱線銃ブラスターを引き抜くと、グリップにつけられた飾り緒の数珠を噛みちぎった。


「ケント、ちょっとかがめ」


 狙いも定めず、細く絞った熱線を敵陣営に乱射しながら少女が笑う。なんだ? と、膝をついたケントに、スカーレットが唇を重ねてきた。

 ヒュウ、とジジイのうちの一人から口笛が飛んでくるのをよそに、ケントの唇を割るようにして、少女の舌が丸い物体をケントの口の中に押し込んでくる。


「のみ込むがよい」


 唇を離し、ケントを真っ直ぐに見つめてスカーレットがいう。真剣な少女の顔を見て、ケントは言われるまま、口の中の数珠を飲み込んだ。


「コレはかならず返す」


 細い彼女の腕にはいささか大きすぎる通信機コミュを、ブラウスの上からはめると、うなずくケントにニコリと笑ってスカーレットが熱線銃ブラスターを構えた。


「全員無理はするな、ダメそうなら降参してもよい! 生き残れ!」


 凛とした声で命令してから、一番手前のワンボックスに狙いを定め、緋色の姫君が置き土産だとばかりに一撃を叩き込む。

 エネルギー切れだろう、会社の壁を吹き飛ばしたときほどの威力はないが、それでも赤竜公女の竜の吐息ドラゴンブレスはワンボックスを半分吹き飛ばし、路面を焼いて爆炎をあげた。


     §


 それから二十五分、圧倒的な数の不利を実戦経験でカバーして、ケントたちは戦い続けていた。農業コロニーだったケンタウリⅡは、独立戦争当時、戦端を開くや真っ先に狙われ、敵の空間騎兵と守備隊の間で壮絶な市街戦が行われた場所だ。


「はっ! 青果市場事務所しれいぶ攻防戦に比べりゃ大したことないな、少尉」


 グエンが笑いながら軽口を叩いて、分隊支援火器で敵を釘付けにする。


「少尉じゃねえ、部長だ。グエン主任」


 軽口を返しながら、タナカ部長が放ったグレネードランチャーが、一番手前のワゴンを一台吹き飛ばした。


「いまのでラストだ、軍曹、残弾は?」

「エネパック二本と、グレネード二個、あと課長ですよ。タナカ部長」


 ナカマツ課長が三点バーストで射撃、うかつに前にでた営業部員がひとり、足を撃たれて転げ回る。


「お前はホント優しいなナカマツ、若いの残弾は?」

「エネパックは無し、残り三発」


 スコープに投影されたエネルギーゲージをちらりと見て、ケントは答えながら引鉄トリガーを引く。乗り捨てられたスクーターが爆煙を上げて吹き飛び、近くに居た営業部員が慌てて後ろに下がった。


「いい腕だ」

「どうも」


 騒ぎを聞きつけた軍警察が、おっとり刀で駆けつけるまで持ちさえすれば、あとはスカーレットが話をつけてくれるだろう、そう踏んでの持久戦だ。

 盾にしている装甲リムジンのボンネットが、敵弾をまったくもって寄せ付けないのもあって、とりあえずなんとかなりそうではある。


「やっとこさ来やがったぞ」


 グエン主任の声に振り返ると、ケントたちの背後から青いランプを点滅させて、軍警察の装甲車が三台やってくるのが見えた。


「いつものことだが、お役所仕事でけっこうなこった」


 軍警察に気がついたのか、営業部が動ける車に乗り込んでそそくさと撤退してゆくのを見て、タナカ部長がリムジンの影に座ってタバコに火をつけた。


「全員武器を置いて伏せろ、両手は後ろだ!!」


 防弾服に身を包んだ一ダースばかりの兵士に囲まれ、ケントたちは指示に従う。後ろ手に手錠をはめられて乱暴に引き起こされたが、誰一人として抵抗する者はいなかった。少なくともコレで負けはない、そのはずだと信じていたからだ。


「やあ、諸君ご苦労さまだねえ」


 だがその目論見は音を立てて崩れ落ちた。軍警察の兵士をかき分けて現れたのは、あろうことかミルドレット所長だった。


「っつ」

「軍警に知り合いがいるのは、なにも社長だけではないということですよ、ケント君でしたっけ?」


 ニコリとミルドレッドが笑う。後ろ手に手錠をはめられ、両肩を二人の兵士に抑えられたケントのアゴに拳が叩き込まれる。


 ――クソッタレ


 暗転する視界を感じながら、ケントは毒づいた。

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