見えたるは漆黒

「警告、全ドアロックが解除されましタ、警告、全ドアロックが解除されましタ」


 合成音声シンセボイスの館内放送が、異常事態を告げる。


「この程度で大騒ぎとは情けない。一度鍛え直さねばならんかの」

「警備員は雇っていないのか?」

「果物と野菜の運搬しかせぬ部門に、警備もなにもあるものか」


 ドアロックの解放に気がついた社員達が走り回るのを尻目に、スカーレットがつかつかとオフィスへと入ってゆく。


「あ、あの、どちら様でしょうか?」


 一階の受付を抜け、階段で二階へとあがる。総務部、とドアに書かれた二階の事務室に入ったところで、ようやく制服を着た女子社員に呼び止められた。


「ふむ、ミルドレットはおるかの?」

「ミルドレット……? あっ、はい。所長は四階の所長室ですが……あの」

「呼んで参れ」

「あ、あのですから、どちら様でしょうか?」


 はぁ、とため息をついてから、警告の原因を探して駆け回る十人ほどの女子社員をしばらく眺めてから、ケントに手を差し出す。


「ケント、銃を貸すがよい」

「ん? ああ」


 抜かれた銃に目を剥く女子社員を無視して、ケントが銃を渡すなり、スカーレットは天井めがけて一発撃ち放った。

 集光銃レイガン短針銃ニードル水撃銃ジェットとちがった、時代錯誤の銃声が事務所内に響き渡ると、全員が文字通り飛び上がりこちらへ注目する。


「コホン。この中で、妾の顔を知っているものは?」


 わざとらしく咳払いをしてから、静まり返ったオフィスでスカーレットが言う。


「はい……」


 奥の窓際に座っていた猫背の老年社員が手を上げ、二人がそれに続いた。


「タナカ総務部長、なんじゃこのダレた様子は。じゃから所長はお主が務めよと妾は言うたのに」

「申し訳ございません」

「世代交代などと寝言をいうから、新しく人を入れたのじゃぞ?」

「面目次第も」


 ペコリと頭を下げるタナカ部長と、その周りでバツの悪そうな顔をする老年の社員たちを眺めて、スカーレットがクルリと銃を回してケントにグリップを差し出した。


「さて、お主、名は?」


 最初に声をかけてきた女子社員に向き直り、目を丸くする彼女にニコリと笑う。


雪梅シェメイです、鄭雪梅チェンシェメイ

「ふむ、ではシェメイよ、妾がこの会社で一番偉い人じゃ。覚えておくが良いぞ」

「じょ、女性だとは聞いていましたが、このような可愛らしい方だとは……、いえあの、申し訳ございません」

「可愛らしいか、くくく、まあよい。応接室におるでな、ミルドレッドを呼んでくれるかの?」

「はい、ただいま!」


 スクエアローファーの踵を返し、走ってゆく雪梅の背を見送るケントの尻を叩いて、スカーレットが勝手知ったるとばかり、奥の応接室へつかつかと歩いてゆく。


「スカーレット」

「なんじゃ」

「総務部の男性社員はなんで年寄りばかりなんだ?」

「年金もろくに出ないポンコツ政府じゃからの、昔なじみの年寄りはみな雇っておるだけのことよ」


     §


「失礼します」


 応接室に通されてから……というより、勝手に押し通ってから十分ほどたっただろうか、ドアがノックされ、雪梅シェメイに案内されて上背のある男が入ってきた。


「おまたせして申し訳ございません、社長」

「ふむ、座るがよいミルドレット所長」


 スカーレットの後ろに立ったまま、ケントは所長を見る。なでつけられた金髪に広い肩幅、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた、ケンタウリ星系にはあまりいないタイプの、四十代の優秀なビジネスマンを絵に描いたような男だ。


「お飲み物は?」

「茶を貰おう、ケントは?」

「いや、俺はいい」


 窓の外にちらりと目をやってからケントは立ったまま返事をする。エンジンが掛かったままなのだろう、外のリムジンの後部から陽炎が立ち上っている。


雪梅シェメイ君、お茶を一つ、あと私はコーヒーを頼めるかな?」

「かしこまりました」


 視線を戻すと、不思議そうな顔をしてミルドレッドが自分をみていることに気がついた。


「何か?」

「いえ、ところで社長、突然どのようなご用件で?」

「うむ、休暇ついでにちょっとな」

「ご連絡いただければ、お迎えにあがりましたものを」


 組んだ両手の親指を、せわしなく組みかえながら、ミルドレッドが社交辞令をいう。


「で、妾が頼んでおいた調査の件は、どのくらい進んでおるかの?」

「調査……ああ、合成麻薬の流通ルートの件ですか?」

「うむ」

「申し訳ありません、私、商売ごとは得意なのですが、この手のことがさっぱりでして」


 頭を掻きながら苦笑いをする所長を見ながら、スカーレットはケントに手を伸ばした。ケントがポケットからタバコを取り出し、袋ごと渡してやると、咥えてミルドレッドを見つめる。


「わたくし吸いませんので、申し訳ない」

「ふん」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしたスカーレットに、ケントが火を差し出すと、深く吸い込んでから紫煙とともに言葉を吐き出した。


「のう、ミルドレッド」

「なんでしょうか社長?」

「この星系での我々の仕事はなんじゃな?」

「物を運ぶこと、ですか?」

「三十五点じゃな」


 落第だな、そう思いながらケントはもう一度外に目をやる。


「手厳しいですなあ」

「知らぬなら教えておいてやろう、この星系での我々の仕事はの、合法、非合法ありとあらゆるすべての流通を取り仕切ることじゃ」

「なるほど、肝に命じておきます」


 なにか言いたげなそれを、ぐっと飲み込んだ様子でミルドレッドの声のトーンが下がる。


「なに、得手不得手はあるでな、麻薬ルートの調査はもうお主はせんでよいぞ、商売に励め」

「申し訳次第もございません、必ず商売で取り返してご覧に……」


 見た目少女のようなスカーレットに、エリートのプライドを傷つけられたといったところか……、と、少々気の毒に思ったところで、その言葉を遮りスカーレットがケントに話を振ってくる。


「のう、ケントよ」

「ん?」


 急に話を振られて、こちらを見上げるスカーレットに視線を戻した。


「この星系で我々抜きに流通が成り立つと思うか?」

「無理だろうな」


 スカーレットの輸送ギルドは、恒星系間輸送の三割、星系内輸送の六割を取り仕切っている。特に星系内の食料品に関して言えば八割に届く勢いだ。農業コロニーであるケンタウリⅡであれば、ほぼ独占に……独占?


「じゃろうなあ、残念じゃよミルドレッド、実に残念じゃ」

「何をおっしゃられているのか」


 そう言いながら、ミルドレッドが腰を浮かす。


「そんな状態で、妾が獅子身中の虫を疑わんとでも思ったか! たわけっ!」


 スカーレットの怒りが爆発すると同時に、ミルドレッドが右腕をスカーレットめがけて伸ばした。


「ちっ」


 ケントがヒップホルスターから四十五口径リボルバーを抜いて突きつけ、撃鉄ハンマーを起こすのと同時に、ミルドレッドの袖に仕込まれていた、手のひらほどの水撃銃ジェットがスカーレットに向けられる。


「じゃからもう少し軽いのにしておけと、いつも言っておるのに」


 ソファーの背もたれに体を預けてケントの顔を見上げながら、のんきな声でスカーレットがボヤいた。


「それで、どうするんだ、これ」

「妾としてはこ奴はこ奴で優秀じゃから、金さえ作ってくれるならそのままでも良い気もするのじゃが。お主はどう思うミルドレッド」


 あっけに取られたような顔をして、ミルドレッドがゆっくりと立ち上がる。


「たかが合成麻薬程度、別にお主がきちんと稼いでくれるなら大目に見てやっても良いと思っておるんじゃがのう、ククク」


 その笑い声を聞きながら、彼女の背後に立ってはいたが、スカーレットがどんな顔をしているのか、想像がついた。縦に細くなった真紅の瞳と……そう、捕食者プレデターそのものの笑顔だ……。


「な、なにを」


 その笑顔に狼狽しながら、ミルドレッドがドアへ向かって下がって行く。


「失礼します」


 その時、扉の外から雪梅シェメイの声がした。


「入るが良い」


 何事もないようなスカーレットの声に、ドアが開く。


「え、所長? きゃあっ!」


 盆の落ちる音がする。ガシャンと音を立て、最近では見ることも少なくなった陶器の器が砕け散った。


「動くな、動くなよ」


 雪梅シェメイを盾に、ミルドレッドが扉の外へとジリジリと下がってゆく。人質を盾にするなら銃はこっちに向けとけよ……と、ケントは彼女に銃を突きつけているミルドレッドを見ながら、そんなことを考えていた。


「スカーレット?」

「殺すな」


 その返事を聞くなり、ケントはミルドレッドのこめかみ少し横を狙って引鉄トリガーを引く。


「ひっ!」


 雪梅シェメイの放つ悲鳴は銃声にかき消され、背後の壁が火花をあげる。


「くそっ!」


 ミルドレッドが毒づき、こちらめがけて雪梅シェメイを突き飛ばして、扉の向こうへと姿を消した。


「ひ、ひ」


 ペタリと床に座り込み、ワナワナと震える彼女にケントは声をかけた。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫? 人殺し! 撃ちました、撃ちましたね?」

「当てる気はなかったから、問題ないだろう」

「そ、そういう問題じゃ、きゃあああっ!」


 ドンっと腹に響く音が鳴り響き、窓の外で爆炎があがった。雪梅が悲鳴をあげ、頭を抱えて床に伏せる。

 窓の外で再度爆発音がしたかと思うと、続いて外壁をたたく金属音が響く。窓の外に目をやれば、リディの乗った装甲リムジンがケントたちのいる建物の上階を、トランクから生えた電磁機関銃リニアガンでなぎ払っているところだった。


「お嬢!  大丈夫ですか?」


 PDWを抱えたタナカ総務部長と、老年の社員二人が応接室に駆け込んできた。


「妾はの。状況は?」

「営業部の三分の二が敵です、三階の運航部の新入社員も何人か裏切り者が」

「うまくやられたの、総務の女子社員は?」

「怪我をしてもこまりますので、非常口から逃しました」

「ふむ、ようやった。しかし、まったく上手くやられたものじゃな」


 そう言って呵々かかと笑いながら、スカーレットがバサリとドレスの裾を跳ね上げ、太もものホルスターから大ぶりの熱線銃ブラスターを引き抜いた。チラリと見えたレースの利いたガーターとパンツは黒だ。


「見たな?」

「黒だった」

「たわけ」


 馬鹿なやり取りにズムン! と腹に響く爆発音が合いの手を入れる。


「我々三人がここは何とか、お嬢は撤退を」

「戦力差は?」

「我々に、お嬢とお連れをいれても三倍ほどかと」

「なら、さっさと逃げるにかぎるの、お主らも気張らずとも良い、さっさと撤退せよ」


 そう言ってから、へたりこんでいる雪梅シェメイにスカーレットは目を向ける。


「来るか、残るか選ぶが良い」

「へ? あの? ええっと、行きます行きます、ついていきます」

「タナカ、ナカマツ、グエン、大儀じゃがたのむぞ」


 先程まで猫背の気の抜けた老社員だったタナカ総務部長たち三人が、不敵な笑みを浮かべて敬礼する。


「タナカ、もう来やがったぞ」


 廊下に半身を乗り出して見張っていた老兵が、廊下の敵めがけて掃射、跳弾の音が響き渡った。


「お嬢、おはやく」


 タナカの言葉に、小さく頷いてからスカーレットが熱線銃ブラスターを窓に向けた。


「伏せておれ」


 キョトンとた顔をする雪梅シェメイに、ケントがかぶさるようにして伏せた瞬間、スカーレットの細腕に握られた熱線銃ブラスターが火を吹いた。

 眼の前を焼き尽くすような熱波があたりを覆い、耐熱ポリマー樹脂でできた窓と、チタニウムの外壁をまとめて焼き飛ばして大穴をあける。


「熱くなってるので気をつけるがよい」


 こともなげにいって、その穴からスカーレットが飛び降りる。レストランのハンバーグのプレートかよ。思いながらケントも二メートルほど下のひさしめがけて飛び降りた。

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