秘めたるは口づけ
「それで、なんでケンタウルスⅡなんだ?」
ケントとノエル、それにスカーレットを乗せた巨大なリムジンがヨットの
「ケンタウルスⅡの役目はなんじゃなケント?」
「農業だな」
ふむ、となずいてから、スカーレットが小さく笑う。
「三十五点じゃ」
「落第ですね、マスター」
「うるせえ」
肘で脇腹をつつくノエルに、そう言ってケントはポケットからタバコを出してスカーレットの顔を見た。
「構わんよ。リディ?」
「イエス、マム」
自分も秘書代わりのアンドロイドから、赤い
「はいよ」
星系軍のマークの入ったライターを出すと、火を小さく絞ってケントが差し出す。
「気が利くの」
スカーレットは火皿を横にして遠火で着けると、紫煙を吐き出す。
「それで、残りの六十五点は?」
「
「ブラッドロックとかいう、合成麻薬の出処を探るためだろ」
うむ、ともう一服してから、スカーレットが口を開いた。
「軍警が押収したブラッドロックの量は、ここケンタウルスⅡが一番多いのじゃよ」
「貧乏人が多いからな」
十三年前の独立戦争で真っ先に狙われた食料生産拠点のコロニーは、最盛期には星系の七割の食料を生産していた。
超大型の小惑星をくり抜いて作られたという特殊な構造と、空間騎兵の白兵戦で決着がついたため、施設自体の被害は少なかったおかげで、早期に復興して、今では星系の五割の食料を生産している。
「自動化を後回しにして、最優先で復興したからの」
「人力勝負の宇宙一効率の悪い農場らしいが、おかげでメシが食えてる連中も多い。」
「ゆえに麻薬の押収量に関して言えば、終戦直後から常にワーストではあるがの」
港を出て農業地区に車が入ってゆく、殺風景な軽合金の建物は水耕栽培施設だ。休憩時間らしく、作業着を着た労働者たちが建物の外でくつろいでいるのが見える。
「それで?」
「じゃがブラッドロックに関して言えば、面妖なのじゃよ」
「ノエル?」
肘掛けの灰皿にトンと灰を落として、ケントはノエルの顔を見る。
「軍警察のネットにアクセス、アクセス権限は
タン! と火皿を逆さまにして灰を落とし、スカーレットが煙管をリディに手渡した。代わりに差し出されたブランデーグラスを手に取って傾ける。
「便利なお人形じゃな、リディにも出来ぬかの?」
「すみません私は近接戦闘特化型ですので、マム」
「冗談じゃ、忘れるがよい」
「イエス、マム」
スカーレットほど金があるなら、アンドロイドなど幾らでも新しくできそうなものだが、型遅れのリディは彼女のお気に入りだった。
フリルの効いた立て襟のブラウスにロングスカート、アンドロイドには必要ない丸メガネ、後ろで結われた一本のお下げ髪。生真面目な仏頂面の女性型だが、護衛としてはとても優秀で格闘戦ならノエルといい勝負をする。
「マスター」
「なにかわかったか?」
「ケンタウリ星系で押収された合成麻薬ですが、総量はここ二年で大きな変化はありません」
ノエルの答えに、ケントは右の眉を上げてスカーレットを見る。
「押収された全ての麻薬に対するブラッドロックの占める割合の推移をいうてみよ」
「九十三日前に初めて押収されてから、急激に押収量が増えています。直近三十日を見る限り、全押収量の一八%です」
押収量が多いということは、それだけ市場に流通しているという事だ。それにしたってたった九十日で市場の二割とは、なかなかに奮っている。
「ケンタウリ星系内のコロニーごとに情報を整理してみるがよい」
「ブラッドロックの八割がケンタウルスⅡで押収されています」
ノエルの回答に違和感を覚えて、ケントはタバコを灰皿に放り込み、スカーレットに一口くれと手を伸ばす。
「気づいたかの?」
「なんでジャンプアウト宙域に近いケンタウルスⅤでも、最大人口を抱えるケンタウルスⅢでもなく、ここなんだ?」
「今ひとつわからぬな。だから来たのじゃよ、ここへな」
スカーレットの小さな手からグラスを受け取り、ケントはブランデーを一口舐めるように飲むと、鼻に抜ける香りを楽しんだ。
「うまいな」
「阿呆のように頑なな方法で、千年ばかり作っておる地球製のコニャックじゃからの」
「それで、どうするんだこれから」
返されたグラスから一口飲んで、スカーレットがケントの問いに答える。
「リディ、サンプルを」
「イエス、マム」
小さなビニール袋に、小指の先程のルビー色の結晶がいくつか入っている。
「まずはこいつが何なのか? ということじゃな」
「幾らするんだ、それ」
「結晶一つが末端価格で二十クレジット、一般的な合成麻薬の半値といったところじゃの」
「貧乏人に流行るわけだな」
手渡された結晶を、車内灯に透かしてみてから、ケントは興味なさげにリディに返した。
「
「やめとこう、俺は寝酒があれば十分さ」
「ふむん」
つまらなさそうに鼻を鳴らして、スカーレットがもう一口グラスを傾ける。
「オピオイド受容体に作用するも、多幸感の割に副作用と依存性が低い……というのが、軍警察の医療部門の分析結果です」
その姿を羨ましそうに見ていたノエルが、話に割り込んでくる。
「そんなものなら、星系中に転がってる合成麻薬が幾らでもあると思うがなあ」
「何か裏があるとは思うのじゃ、それが気に入らぬ」
グラスを揺らして、スカーレットがじっとケントを見る。
「あの、スカーレットさん?」
「なんじゃん、ノエル」
「そのグラスをいただけるなら、いい考えがあるのです」
小首をかしげてから、スカーレットはノエルにブランデーグラスを差し出した。
「お父様に、そのお薬をみせるといいと思います」
大事そうにそのグラスを受け取って、ノエルがそう言って笑う。
「お主の父?」
「ええ、お父様ならきっと、なにかわかるに違いないです」
自信満々のノエルと困惑した顔をするスカーレットに、ケントは苦笑いして肩をすくめた。確かにあの爺さんなら、なにが隠れているのか気がつくかもしれない。
「誰じゃな? ケントよ、こやつの父親というからには製作者じゃろうが」
「
ケントの問いに、スカーレットが一瞬固まった。
「
「ああ」
「お父様ならきっと、なにかわかると思うのです」
二人の会話に満足げにノエルが繰り返して、スカーレットから受け取ったグラスをケントに差し出す。
「ん? ああ、すまんな」
差し出されたグラスを、ケントはなんの気なしにぐいとカラにした。
「お主、ルドルフ・ベーゼマンと会っておるのか?」
「
言わなかったっけ? と思いながら、ケントはポケットからタバコを出すと、火をつけた。無言で出されたスカーレットの手に一本差し出すと、スカーレットが身を乗り出し、キスでもするようにもらい火で火をつける。
「あのタヌキめ、生きておったのか」
「自分では、
「狼という面ではなかったであろう?」
「まあな」
二人の会話を聞きながら、ノエルがそわそわと何か言いたげに、こちらをチラリチラリと見ているのに気がついて、ケントはノエルへと視線を移した。
「屋敷は
「はい、マスター」
それを聞いたスカーレットがリディに目配せすると、リムジンが上層階へ向かう方に左折する。
「クリスお姉様に連絡しておきますね?」
「ああ、頼む」
「妾の事は内緒で良いぞ」
「了解です」
まだノエルが
「それで、マスターあの、それ」
「ん?」
ケントが手にしたままのグラスを、ノエルが指差す。
「ああ、おまえが貰ったんだったな」
「はい」
差し出したグラスを大事そうに受け取り、ノエルが空のグラスを灯りにかざしてから、ぱくりと咥えて、にへらと笑う。
「なんだ、飲みたかったのか?」
「ククク」
その様子を見ながら、スカーレットが含み笑いをする。
「ほんとに、なんというか、難儀なお人形じゃな、お主は」
「だって……」
「よいよい、そこの朴念仁の唐変木は気づいておらぬようじゃ」
置いてけぼりのケントと一行を乗せて、装甲リムジンはタービン音を響かせ一路屋敷へと向かった。
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