可愛いは正義

「なんですか、浮気ですか? また浮気ですか? マスター」


 船から出てきたノエルが、目をキラキラさせてケントの左腕にぶら下がるアンジェラと、低重力区域に慣れていないのを理由に、これ幸いとお姫様抱っこをキメるラーニアを見て、ぷんすこぷんと頬をふくらませる。


「ほら、早く早く! もう我慢できない!」

「ノエル、浮気じゃない、今はケントは私のもの」

「二人とも、誤解しか産まない発言はやめないか、あとで大変なんだぞ」

「……マスターの浮気者、ロリコン、おっぱい星人」


 瞳孔の開いた目でブツブツと呟きながら、ケントの上着のすそをちょこんとつまんでついてくるノエルを引き連れ、宇宙港を出た一行を載せた装甲輸送車APCがアンジェラの会社に到着したのは、それから小一時間ほどたってからだった。


「ほら、見てみて! 私のコレクションどう? すごいでしょ? ねえ、中尉、お話し聞かせてちょうだい。 映画みたいに綺麗な彼女がいたの? あとそう! そのジャケット譲ってくれない? ねえ、いくらなら譲ってくれる? 20万? 50万クレジット?」


 他人の古着に、中古セコハンなら中距離ミサイルが一ダースは買えるほどの値段をつけ、早口でまくしたてるアンジェラに、グイグイと部屋の隅に追い詰められながら、ケントは少々懐かしい当時の軍艦と戦闘機の模型に目をやった。


「えーとサイン、サイン色紙はどこだったかな? あと一緒に写真撮って写真!」


どこから出したのかサイン色紙とフェルトペンを渡され、ケントは目を白黒させる。


「ラーニア?」


 困惑するケントとはしゃぐ姉の姿を、ヤレヤレといった顔で見つめると、ラーニアが時計をちらりと見てからつぶやいた。


「姉様、明日の朝に始まるボフォート・ロジテクスの株主総会に行きたい」


 ラーニアの真剣な声に、はしゃいでいたアンジェラが一瞬、固まってから振り向いた。


「株主総会? あなた会社を継ぐ気なの? 本気?」

「姉様、私が生きているのは、爺やが私を救難ポッドに押し込んだから……。だまって言うとおりにしてください、爺もあとで追いかけますって」

「そう……」

「でも爺や、来なかった……」


 そういってから、ラーニアが意を決したように大きくうなずいた。ケントは自分の中にわだかまっていたパズルのピースがはまった気がした。

 ラーニアは殺されなかったのではない、忠義者の部下に守られたのだ。


「俺の店を吹っ飛ばした傭兵は、俺たち全員を最初から殺す気でいた。なぜ最初から殺さなかったのかと……それは思っていたが」

「あれは、多分アルフレッドに雇われた人たち。きっと叔父は私がいなくなれば私の分を全部横取りするつもり」

「私の分?」

「ボフォート・ロジテクスの株式の三割」


 ヒュウ、思わずケントは口笛を吹く、資産価値にすれば宇宙都市を一つ買っておつりがくるだろう。


「現状の資産状況はラーニアが全株式の三割、残りの二割を私とアルフレッドが持ってるわ、残りの半分は公開株式ね」

「それで、株主総会に乗り込んでどうするつもりだ?」

「全部を株主総会でお話しする」


 ニュースにでもなれば、市況の株価は暴落するだろうな……と思いながら、ケントはハタと膝を打った。

 ――スカーレット!あのババア、インサイダー取引じゃねえか……それであっさり日和ったのか……。


「スカーレットさんが、暴落したらきっと沢山買うから、少しくらい高くついても、父さまが残してくださった資産を全部つぎ込んで買い戻す……姉様?」

「はいはい、私と私の会社で出来ることは何とかしてあげるわ。お父様があなたに残した会社だもの」


    §


 正直、コトは拍子抜けするほどに事はあっさりと進んだ。アンジェラのPMCが警備員を無力化したところで、ラーニアが壇上にあがりアルフレッドの悪事を洗いざらいぶちまけて糾弾する。


「勇気ある執事がいなければ、そして私を拾い上げた親切なパイロットがいなければ、私は今ここにはいなかったでしょう」

「うそだ! でたらめだ」


 武装した兵を連れて会場を制圧したにも関わらず、会場の空気は圧倒的にラーニア支持へと傾いていた。


「父さまだって、父さまだってきっと、きっとこの人が……」


 涙声のラーニアに会場が一斉にどよめくのを見て、ケントはアルフレッドが気の毒にすらなった。


「かわいいは正義ね」

「ええ、かわいいは正義です」


 ――女って怖いなおい……。


 だが、扉の外で銃声が響きわたり、ホール右側の搬入扉が吹き飛んだ所で、事態は一変する。


「機動甲冑だ? さっきの入口に飾られていた奴に誰か乗ってたってのか?!」

「ほんと、悪知恵だけは回るんだから、やんなっちゃう! 全員撃ちまくれ!ファイア・アットウィル


 逃げ惑う参加者をよそに、アンジェラの部下たちが一斉に機動甲冑パワードスーツに銃弾を叩き込む。さすがに展示品だったからだろう肩に載せられたリニアガンに装弾されてなかったのが救いとはいえ、地球圏の新型だけあって対物ライフル程度ではびくともしない。火花が上がり跳弾が飛び交う。


「ラーニア!」


 メキメキと音を立ててホールの椅子をへし折りながら、機動甲冑パワードスーツが壇上のラーニアに向かうのを見て、ケントとノエル、そしてアンジェラが同時にラーニアに向かって走り出した。

壇上から飛び降りたラーニアもこちらに向かって走ってくる。バックパックから青い推進炎を吐いてジャンプした機動甲冑パワードスーツが、ラーニアの背後に降り立つと、腕を一振りする。


「きゃあっ!」


 とっさに身を投げ出したラーニアを拳がかすめ、ホールの椅子がひしゃげる。もう一撃とばかりに腕を振り上げた機動甲冑パワードスーツの前に、疾風のようにノエルが滑り込んだ。


 ガン! ガン!


 ラーニアをつぶそうと、振り下ろされる機動甲冑の打撃を、ノエルが掌底で左右に受け流す、二度、三度。


「ラーニア、こっちだ」

「足が……足が挟まってぬけない……」


 整った顔を苦痛にゆがませて、ラーニアがケントに手を伸ばす。


「くそっ、ノエル、頼むぞ」

「任せてください!」


 自動小銃を放り出すと、ケントはひしゃげた椅子のフレームに高周波ナイフを押し当てる。耳障りな高い音がして火花を散らし、ナイフの刃がスチールのフレームに食い込んでいく。だが、三分の一ほど切ったところでバッテリーが切れた。


「アンジェラ!」

「ナイフなんて持ってきてないわよ!」


 それでも、ラーニアの足を挟み込んだフレームを広げようと、二人で肩を入れて持ち上げる。その間にも、パワードスーツの容赦ない打撃がノエルを襲い続けた。華奢な筐体ボディのどこにそんな力が……と思うほどの正確さで、ノエルが鋼鉄の拳を右に左に受け流し続けた。


「外れた!」


 なんとか引っ張り出し、ケントはラーニアを抱きかかえる。


「もういいから、ノエル、逃げて」


 ケントの腕の中で、ラーニアの悲鳴にも似た声が響いた。


「嫌です、ラーニアはお友達です、こんなガラクタ、もう二分もあれば乗っ取ってやれます!」


 ジリ、ジリと様子を見ながら下がるケントと機動甲冑パワードスーツの目があった。いくらノエルが相手の打撃のベクトルを逸らすのが巧いとはいえ、質量では圧倒的に向こうが上だ。

 必死で押しとめようとするノエルを、その巨体で体で押しのけるようにして、こちらに向かってくる。


「くそっ!」


 ケントが毒づいたその時。

 ドムン!

 機動甲冑が現れたのと反対側の扉が吹き飛び、そこに人影が現れた。


「もう一機?」

「違う……、違うわ……あれは爺や……、爺や! 私はここ! 助けて!!」


 ラーニアの声がホールに響いた。


「うぉおおおおおおおお」


 呼応するように周囲を圧する雄たけびをあげ、人影が掻き消える。次の瞬間、ケントたちと機動甲冑パワードスーツの間に、身の丈2メートルはあろうかという、執事服の男が立ちはだかった。


「遅くなりました、お嬢様」

「遅すぎるんだから馬鹿執事!」


 ラーニアの声に、肩ごしにニヤリと笑うと、髭面で白髪の大男が両手を広げ、相手を挑発する。応えるように襲い掛かってくる鈍色の機械兵と組みあうと……あっさりと、そう、あっさりとコンクリートの床に機動甲冑パワードスーツを叩きつけた。


「やっちゃえ! クラウス」

「お任せあれ、お嬢様!」


 サイボーグなのか、何なのか、剛力無双というしかないでたらめな力で、執事服の老人が投げ飛ばし、組みつき、機動甲冑パワードススーツの関節を極めてへし折る。


「ほら、ケント、さっさとアルフレッドの身柄押さえるわよ!」

「判った判った、ノエル、ラーニアを見ててやってくれ」

「はい!」


 笑顔でいい返事をするノエルを残して、ケントは小銃を拾って走り出した。


    §


 全てが片付き、出発の三〇分前、ケントは見送りに来たアンジェラを連れて、隣のドッグに係留された重装駆逐艦『ヴェノム』……旧名『ファラガット』を眺めていた。


「アンジェラ、一つ頼みがあるんだが」

「何かしら、マツオカ中尉」

「ケントでいい、できればこいつを前線に出すのはやめてくれないか?」

「どうして? これでもPMCなら使いようはあるのよ?」


 アンジェラの言葉に、ケントはかぶりを振った。


「俺がラファイエット艦載機隊の生き残りなのは知っているよな?」

「ええ、もちろん」

「艦には人が乗っている、旧式の機材をあるだけ集めて突っ込んだ最後の六隻ラスト・シックスで生き残ったヤツは、俺を合わせてたったの六十五人だった」

「……」


 何を言わんとするのかを察して、アンジェラがハッとするのを見て、ケントは小さくうなずいた。


「確かに……、戦闘報告を見る限り、あなた達の助けがなければ、あの最新鋭艦には勝てなかったでしょうね」

「ああ、多分な」


 趣味で集める分には知ったことではない、だが警備艦に荷電粒子砲パーティクルを積んでいるような時代に、この老朽艦で対艦戦闘は無謀もいいところだ。


「いいわ、約束する、この子は前線にはできるだけ出さない」

「ああ、頼む、ラーニアと仲良くな」


 ケントは手すりから体を放すと、ジャケットを脱いでアンジェラに放り投げた。


「え、ちょっと?」

「やるよ、そいつなら駆逐艦と違って人死はでないだろ」


 目を丸くするアンジェラに片手を上げて、ケントは『フランベルジュ』に向かって歩き出す、船に戻ると、副操縦士席コ・パイでノエルが出港準備を整えていた。


「あれ、ジャケットはどうしたんですかマスター?」

「色々あってな」

「また浮気ですね? 浮気なんですね?」

「ノエル」

「知りません」


 水色の髪の少女が、ぷうと頬を膨らませてすねてみせる。


「優しいんですね」


 ウィン、と小さな音がしてカメラがこちらを向くと、スピーカーから声が流れた。


「どうかな、まあ、ファラガットとは腐れ縁だからな」


 数瞬後には、筐体ボディのノエルと艦載コンピューターのノエルは同期されるだろう。だがその少しの間に発せられた言葉の違いに、ケントは小さく笑う。


「システムチェック完了、オールグリーン、ガニメデ管制コントロール、こちらKSR-2フランベルジュ、出港許可をお願いします」


 エアロック開放五分前を知らせるサイレンが鳴り響いた。


「こちらガニメデ管制コントロール、出港を許可する、良い旅を」


 小さくスラスターを吹かせて封鎖突破船ブロッケードランナー『フランベルジュ』が星の海に向けて滑り出した。帰りの積荷は冷凍睡眠コールドスリープのかかった救命ポッドだが、中身が何かと聞くのは野暮というものだ。

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