巡り逢うは収集家

「こちらフランベルジュ、ガニメデ管制コントロール入港許可を求める」

「こちらガニメデ管制コントロール、D―24入港せよ」

「了解した」


 えらく端っこをあてがわれたな・・・・・・思いながら、ケントは管制指示に従って衛星の赤道面に沿って降下する。氷の表層とシャーベット状の内部からなるガニメデは木星圏でも比較的開発の進んだ衛星だ。表層にずらりと並んだシャッター群を西へ西へと向かいながら、ケントは嫌な感じを覚えた。


計器着陸装置ILSオン、自動入港シークエンスを開始します」


 あてがわれたドッグは旧宇宙港の外れだ、貨物ヤードには近いが今回の積み荷は何十万トンもある鉱石や食料貨物ではないし、なにより納品先のラボからも遠い。第一『フランベルジュ』のような小型船にあてがうには大きすぎる。


「ノエル、入港したらドッグ周辺のカメラを乗っ取って映像を回せ」

了解アイ、入港から九〇秒ください」


 迷いのかけらもないノエルの返事に、ラーニアが目をむく。


「ケント、あなた達は一体なんなの?」

「ん? 言わなかったか俺はカボチャの馬車の御者さ」

「じゃあ、私は魔法使いのおばあさんですか? やです、お姫さまがいいです」


 副操縦席でむくれるノエルにケントは声を上げて笑う、お前が魔法使いウィザードでなければ誰が魔法使いウィザードだと言うんだ。


誘導波ガイド捕まえました、グライドパスに乗ります。エアロック解放を確認」

「KSR2フランベルジュ、ようこそガニメデへ」

「こちらKSR2フランベルジュ、ガニメデコントロール、誘導に感謝する、通信終了アウト


 タンカーや大型貨物専用のだだっ広いドッグに、『フランベルジュ』がゆっくりと入港すると、背後で巨大なシャッターが閉まった。


「マスター、ローカルネット回線を傍受しました割り込みますハッキング。周辺のカメラ情報を収集中」

「ラーニア、見覚えのある顔は?」


 港内のカメラ映像がメインスクリーンに回される、PMCの連中が好んで着る防弾軽装に短機関銃を持った男が五人。


「みんな知らない人……でも胸のワッペンは姉様の会社の」

「ノエル、全周探査、赤外と音響。クレーン、キャットウォーク、射界から逆算して狙撃手がいないか調べろ、主にカメラの死角だ」

了解アイ、強制冷却に十秒ください」


 長距離探査用の赤外線センサーを強制冷却して、ノエルが周囲の画像をサブスクリーンに映し出す、赤外線映像がご丁寧に着色までされているのを見てケントは小さく笑う。キャットウォークに男が一人、片膝を立てて座り込んでいる。胸ポケットから折りたたみ式のドローンを出すと空中に放り投げるのが見えた。


「ノエル、他には?」


赤と白で塗られた荷役用の大型クレーン、そのオペレーター室の屋根に対物ライフルを持った男と、若い女の姿があった。


「いた、姉様!」


 嬉しそうになラーニアの声に、ケントは席を立つ。


「さて、行くとするか」

「うん!」


 初めて見せる子供らしい笑顔で大きくうなずく彼女を見ながら、姉が敵でなければよいがなと小さく首を振ると、ラーニアの手を引いてハッチへと向かった。


「マスター私も!」

「ラーニア?」


 ノエルの事だ、どうせ入管のシステムをハッキングしてでも、ついてくるに違いない。


「大丈夫、姉さまにお願いするから、ノエルは少し待ってて」

「約束です?」

「ええ、約束、ノエルはお友達だもの」


 その言葉に、水色の髪を揺らしてノエルが嬉しそうに笑った。


「持ってろ」


 ハッチの前で、ケントは腰から時代物の四十五口径リボルバーを抜くと、ラーニアに手渡す。


「え?」


 キョトンとするラーニアをひょいと横抱きにして、ケントは真面目な顔でラーニアに話しかける。


「丸腰はゴメンだが、武装していて人さらいと勘違いされるからな。何かあっても何もなくても、ちゃんと返してくれ」

「わかった」


 弾を込めると一キログラムちょっとの銃を重そうに、だが大事そうに胸の上に抱えたラーニアが小さく首を縦にふる。パシュン、と気圧差で小さな音を立ててハッチが開いた。


「ノエル、アンジェラの位置は?」

「変わりませんマスターから見て八時方向クレーンの上です。スナイパーを無力化しますか?」

「やめとけ、向こうの通信に割り込めるか?」

「もう割り込んでます」

 手首の通信機コミュから聞こえたノエルの声を聞いて、ラーニアがクレーンの方向に手を振る。

「姉様!」

『ちょっと、割り込まれてるじゃない、新型よねこれ?』

『先月発売の星系軍と同じモデルですよ』

 割込をかけられて彼女たちが混乱する。PMCの制服を着た男たちがハッチに続くキャットウォークに向かって殺到してきた。

撃つな撃つな!シースファイア!。もういいわ、ラーニアその男は誰なの?』

『私が雇った運送屋さん』


     §


「それで、あなたは誰なのかしら?」

 タラップの上でケントを囲んだ男たちに、銃を下ろすように合図しながら、クレーンのフックに足をかけ、上から降りてきたアンジェラがケントに問いかける。


「名前ならケントでいい、ラーニアに雇われた。仕事はしがない運送業者」

「報告だと、運送業者にしては、ずいぶんと大層なことをしてくれたようだけれど」

「大層なこと?」


 クスクスと腕の中で笑うラーニアにウィンクを一つ返して、ケントはとぼけてみせる。


「古いとはいえ、軍艦のFCSに割り込むなんて、普通ではないわね運送屋さん?」

「さあな、『ファラガット』の婆さんとは、腐れ縁だからな」


 ケントの言葉に、アンジェラは首を傾げる。


「元乗組員かしら? それにしては乗船がケンタウリ船籍というのが腑に落ちないわね」

「とりあえず、妹さんはちゃんと届けたってことで」

「いいわ、とりあえずその物騒なものを、そのおじさんに返しなさいラーニア」


 ……まだお兄さんのつもりなんだがな。思いながら、ケントはラーニアをおろすと愛銃を受け取ってホルスターに戻す。


「さて、ラーニア、カボチャの馬車はここまでだ」

「帰るの?」


 寂しそうに言うラーニアの前に膝をついて、ケントはうなずく。


「あとは、アドマイア生物学研究所に荷物を届けたら、俺の仕事はおしまいだからな」

「そう……」


 じゃあな、と立ち上がって手を上げたところで、ケントはアンジェラに呼び止められる。


「ちょっと待って、あなたそのジャケット、本物?」

「ん? ああ、そうだが」


 腕を上げて、そんなに珍しい物かとケントは旧軍のジャケットを見る。ケンタウリ星系では古着屋でも見かけるなんの変哲もないパイロットジャケットだ。


「そのワッペンも?」

「ああ……?」


 胸につけられたラファイエット艦載機隊スクワッドのワッペンを指差す彼女に、ケントはぶっきらぼうに返事をする。戦争の敵側の遺族……とかいうなら、めんどうくさいことになりかねない。


「ケント……? ねえ、ひょっとしてケント・マツオカ中尉?」

「?」


 懐かしい階級で呼ばれて、ケントは右の眉を上げた。


「やっぱり! ラーニアすごいわ、どうして言ってくれないの、最後の六隻ラスト・シックスの空母ラファイエットのパイロットじゃない!」


 突然の妙な雲行きにケントはラーニアの顔を見る。


「ケント、姉様は立体映画ホロシネマ最後の六隻ラスト・シックスの大ファン」

「ファン?」

「というより、マニア、博物館から駆逐艦を買うくらいに」


 とんでもないマニアも居たものだ。そう思いながら、困った顔をするラーニアにケントも苦笑いする。八年ほど前だろうか、映画が公開されたときには暇なマニアに追いかけられたりしたものだが。すぐに飽きられてしまったのを覚えている。


「すごいわ! マツオカ中尉、本物に会えるなんて、研究所への荷物はうちの者に届けさせるから、このまま一緒に来て下さらない? お話が聞きたいの」


 映画ではずいぶん男前の俳優がやっていたのを覚えているが、実際はあんなにカッコいいものじゃない。ただ、政治家と軍部の意地に、若い連中が使い潰された、それだけの話しだ。


「ケント、まだ手伝って欲しいことがある。スカーレットには私が報酬を払うから来て」


 はしゃぐ姉に困った顔をして、だが、少し嬉しそうにラーニアが言う。

 乗りかかった船……か、まあ報酬が出るならスカーレットも文句はないだろう。


「わかった、ラーニア、ノエルの事もなんとかなるか?」

「うん、姉さま、お友達がもうひとりいるの」

「ええ、ええ、一人や二人どうにでもなるから大丈夫よラーニア」


 子供のころ、宇宙軍のパイロットにあこがれていた俺も、あんな目をしていたのだろうか? 灼熱のレーザーが飛び交い、放り出されれば命はない暗闇を推進剤プロペラントの尾を引いて飛ぶ流れ星。


「わかった、とりあえず契約続行だラーニア」

「よかった、ノエル、聞こえてるなら出てきて大丈夫」

『ほんとですか? すぐ行きます』


 弾んだノエルの声にケントは額を抑えながら、小さくうめいた。乗りかかった船ではあるがどうにも厄介ごとの予感しかしない。

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