去りゆくは老兵
「ノエル、電子戦を任せる」
「アイ・マスター」
ストン、と小さな
「レーダー波分析開始、電力もらいます」
「今日は腹いっぱい食べていいぞ、ラーニアのおごりだ、ノエル」
人類が地球の重力にしばられ大気圏内で戦争をしていたころより、宇宙では格段に電子戦能力が物を言う。有視界でできることなど今となっては非常時の対応くらいの物だ。
「お腹いっぱい食べていいから、ノエル」
「「任せてください、ラーニア」」
ラーニアの声援に、船のスピーカーと
「小惑星帯のアクティブスキャン完了、小惑星の軌道補正処理中、ECMを開始します」
敵のアクティブセンサーの分析をおえたノエルが電子妨害と電子攻撃を開始した。
「「来ます!」」
ノエルの声とほぼ同時に『フランベルジュ』を光の束が追い抜いてゆく。距離四〇〇メートル、お世辞にも至近弾とは言えない距離だが、なかなかに威力はありそうだ。
「
ぼやきながらも、地球圏の兵器の進歩にケントは舌を巻いた。戦争が終わって十三年、確実に兵器の差は開きつつある、ケンタウリの独立なんてのは、夢また夢だ。
「大丈夫です、機関出力最大、指向性電子攻撃を開始。当てさせません、ぜったいにです」
「頼りにしてるぜ相棒」
だが、そんな最新鋭艦を電子戦で手玉に取るノエルの能力も常軌を逸していた。
「がんばって!ノエル」
「はい、ラーニア。お嫁さんにしてくれるまで、マスターは絶対に死なせません」
さらっと、ノエルがぶっちゃける。
「ノエルはケントのお嫁さんになりたいの?」
「はい!」
一発当たれば
「小惑星帯に逃げ込むぞ」
「このまま、電子戦で押し切れます、マスター」
「高エネルギー反応」
スピーカーから
グイと沈み込んだ『フランベルジュ』の右上五〇メートルを粒子砲のきらめきが追い抜いていった。
「なんで!?」
「人間が乗ってるからだ」
「うう……くやしいです!」
目視補正ならいい腕だ、とケントは思った。とは言え宇宙戦闘だ、まぐれ以外で当てられるようなものではない。
本気になった一人と一隻のノエルに守られ、
「ケント! ぶつかる!」
迫る小惑星帯にラーニアがちいさく悲鳴をあげる。
「大丈夫だ」
ラグランジェポイントに長く伸びる小惑星帯の密集空域が目の前に迫る。ノエルが提示した
「
「アイ」
小惑星帯の直前でケントは
「高エネルギー反応!」
「素人が」
ケントの読み通り、威力は低いが命中精度と連射性に勝るレーザー砲に切り替えたフェンリルの一斉射が銀色の雲を切り裂く。
途端、ケント達の背後に光芒の嵐が巻き起こった。金属核を蒸発させ、乱反射したレーザーが連鎖反応を起こす。またたく間にケント達の背後にプラズマ混じりの金属蒸気の嵐が吹きすさぶ。
「きれい……」
後部モニターに青白い嵐が吹き荒れるのを見て、ラーニアがそうつぶやくのが聞こえた。
「つかまってろ、ラーニア」
ここまでやって、
「ノエル、ECM停止、デコイ射出、あるだけばらまけ」
他人の金で戦争ってのは久しぶりだ、制限がなくて実にいい。
「アイ、デコイ
小さな振動を残し、四機のデコイが『フランベルジュ』の船腹から切り離された。
「アクティブセンサー全停止、全デコイから救難信号を発信しろ、最大出力」
電子的には『フランベルジュ』とまったく同じように見えるデコイが、光学観測を遮る白煙を広範囲にばらまきながら、救難信号を発信して四方へと散ってゆく。
「ノエル、ユーハヴ・コントロール、四番のデコイについてけ、自前の煙幕を忘れるな」
「アイ、マスター。アイハヴ・コントロール」
ケントの命令に、ノエルが目前に広がるデコイの煙幕の中に迷わず船を突っ込ませた。リンクしたデコイのレーダーを使い、小惑星を器用にすり抜けてゆく。
「四番デコイ、煙幕停止。本艦より煙幕を展開、デコイの上方二メートルに出ます」
直径八〇〇メートルの
「いいぞ、ノエル、そのままデコイにくっついて小惑星帯を抜けちまえ」
ケントが知らない新技術でもなければ、四隻に増えた『フランベルジュ』を
小惑星の密度の低い空域を木星めがけて逃走する二隻と、高密度だが最短距離で商用航路目指して突っ切りにかかる二隻、敵がどちらを追いかけるかは神のみぞ知る……だ。
§
「小惑星帯、抜けます」
三時間後、小惑星帯を抜けた『フランベルジュ』は小惑星帯外側の商用航路になんとか辿り着いた。
「もう大丈夫?」
落ち着いたフリをしていても、次々と目前に迫る小惑星に緊張していたのだろう。ラーニアがぐったりとシートにもたれて力を抜いた。
「さてな、ノエル、全周哨戒、異常がなければラーニアを部屋に」
「アイ。ラーニア少し待っててくださいね。全周哨戒……
ノエルの声と共に、メインスクリーンの輝点のうち一つが赤色に変わる。
「前方四万キロ、
「さっきの奴か?」
待ちぶせならステルスを使うだろう、だが
「所属不明艦の電波情報分析中、パターン一致しません、別船舶です」
「この航路に他に船は?」
「二十万キロ前方に、コンテナ船、十二万キロ後方にガスタンカー」
あれだけ派手に救難信号をぶちまけても、警備艦の一隻も来ないというのも気味が悪い。チラリと時計に目を走らせる。残り時間は55時間、最短でぶっ飛ばしてもスカーレットの指定した時間にギリギリといったところだろう。
「ケント?」
「安心しろ、ちゃんと連れて行ってやる。とりあえずアイツをやりすごし……うぉっ!」
「ノエル!」
「後方二千、フェンリル級です、ごめんなさいマスター、見つけられませんでした」
ノエルがいくら優秀でも、ステルス状態の最新鋭艦相手に旧式の『フランベルジュ』のセンサー群では不利なのは確かだ。
「よく避けた、褒めてやる」
「えへへ」
前門の虎、後門の狼……ならば……。
「ノエル、操縦は任せろ、全力でECM。
「「アイ」」
小気味よい返事にニヤリと笑って、ケントはスロットルを握りしめる。
「ラーニア、ちょっと我慢してくれ」
スロットルをミリタリーパワーに叩きこむ。
『警告6G』の文字がメインスクリーンに踊る。
メインスラスターに氷の粒子が放り込まれた。
「うぐぅ」
ラーニアが小さく悲鳴をあげる。
華奢な身体に堪えるのは承知だが、逃げ遅れては狼さんの腹の中だ。
手動操作でバーニアをふかしながら、ケントは小刻みに回避機動をする。
「敵艦、ECCM」
「抑えられそうか?」
「あんなのには、負けません! まかせてください。 アンノウン前方、来ます!」
ノエルの声にレーダーを見る。
「さて、
彗星のように尾を引いて『フランベルジュ』が距離を詰める。
距離二万キロ。
「
「つなげ」
加速Gに耐えながらケントは絞りだすように言う。
「こちらは、ボーフォート・セキュリティ・サービス所属、警備艦ヴェノム、停船せよ」
スクリーンに映しだされた目つきの鋭いメガネ美人が、冷たい声で言い放つ。
「お断りだ、急ぎの荷物なんでな」
「それは結構、それで軍艦二隻を相手にどうする気かしら?」
ケントはカメラに向かって笑ってみせる。
「後ろのアレは仲間か?」
「違うと言ったら信じてもらえる?」
「ケツに噛み付こうとしてる狼だ、追い払ってくれりゃ信じるさ」
やれやれと言いたげに、小さく息を吐いて、冷たく、それでいて妖艶な笑顔をみせて女が笑った。
「しかたない、赤ずきんを家に送る栄誉は譲ってあげるわ。白馬の騎士様」
「残念ながら、カボチャの馬車だがな」
小さく敬礼してケントは通信を切る。
「マスター、また鼻の下をのばして! 美人なら誰でもいいんですね?」
「ケントは、ああいうのがタイプ?」
二人のジト目を無視して、ケントは小刻みに回避運動をとりながら『フランベルジュ』を『ヴェノム』の射線上から外した。
この速度での反航戦だ、一発いいのを貰った方が負けになる。騎士の馬上試合のように急速に距離を詰める二隻の軌道を見ながら、ケントは
「ノエル慣性航法、必要なら減速して『ヴェノム』を電子支援」
「マスター、何を?」
「あいつは艦齢三十年の
独立戦争終盤、ジリ貧のケンタウリ政府が名誉のために太陽系軍旗艦を狙って奇襲攻撃をかけた
後一歩と迫ったケント達の飛行隊の捨て身の一撃を、身を挺して防いだのが重装駆逐艦『ファラガット』だった。
「こんな所でまた会うとはな」
ケント達の飛行隊が後部砲塔を吹き飛ばし、上部フレームが歪んだおかげで退役、どこかの博物館に飾られていたのを、モノ好きが買って民間企業で使われていると聞いてはいたが……。あの日、強引にフライパスしたケントが翼をぶつけて傾いた後部甲板のクレーンまでそのままとは酔狂なことだ。
「マスター?」
「つまらない感傷だ。だが、あんなボロ船でやろうってんだ、見捨てちゃ夢見が悪い」
顔に出ていたのだろう。深い蒼色の瞳でケントを心配そうに見つめていたノエルが、小さくうなずく。
「アイ、
手をかえ品をかえ対抗しようとする敵艦のAIを、並列化された二人のノエルが性能差で押し切ってゆく。時折、荷電粒子砲の光芒が閃くが『ヴェノム』にも『フランベルジュ』にもかすりもしなかった。
「『ヴェノム』、発砲」
艦首が光に包まれると、四連装の
「初弾外れます」
相対距離は八千キロ、少しばかり軌道修正ができる誘導弾頭とは言え、実体弾が当たるような距離ではない。
「『ヴェノム』の
「ケント!?」
さらっととんでもないことを言ってのけるノエルに、ラーニアが小さく悲鳴のような声をあげた。
「二斉射目を確認、
ノエルが当たるといえば、当たるのだ。
もうそれくらいの気持ちで、ケントはスクリーンから目を離しタッチパネルに航路を入力する。
「命中を確認」
「ちょっと! ケンつ……ぐぅ……」
何か言おうとしたラーニアが、加速Gを受けて口をつぐむ。
「『ヴェノム』から入電」
「”一つ貸しにしといてやる、
「アイ」
懐かしい老兵との再会に、ケントは胸の中から何かがこぼれ落ちた気がした。
それを星空に放り投げ、『フランベルジュ』は彗星のように白い尾を引いて加速する。
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