囲まれるは花園

「全部明日だ、ノエル〇八〇〇時まで寝るぞ、起こしてくれ」


 腕の通信機コミュに目をやって、四時間ほど眠ることにしたケントはコンクリートまみれになったシーツをはがすと、マットレスにゴロリと転がった。


「わたしも」


 セミダブルのベッドに転がったケントの左に、ラーニアが潜り込んでくる。


「むぅ、マスターちょっとそっちへ寄って下さい」


 ノエルが右側に潜り込むと、ケントの腕にグイとしがみついた。


「お前は寝なくても平気だろ? 少し遠慮というものをだな」

「ラーニアがよくて、私はダメなのですか、ずるいです、やっぱり小さい子のほうが好きなんですね」


 ノエルが膨れ面でケントを睨みつける。


「なんだ、ケントは私が好きなのか?」

 

 その言葉に、ラーニアが体を起こし、琥珀色の瞳でケントの顔を覗きこんだ。肩ほどまである銀髪が、さらりとケントの頬をくすぐる。


「いいから、お前は寝てろ、子供は寝る時間だ」

「そうです、ラーニアは寝ていて下さい、これは私とマスターの問題なのです」

「わかった、ねてる」


 そう言って、子猫のように、ぽてんとケントの胸の上に寄り添うようにラーニアが身を落とした。


「ずるいです、ラーニア」


 対抗するように肩に頭を乗せ、ノエルがしがみつくと目を閉じる。


「ああ、もう、めんどくせえ! ノエル、室温を下げろ、暑苦しい。」

「アイ、マスター、私の体温も下げましょうか?」


 ベッドの端から毛布をたぐり寄せ、ラーニアに着せてやると、ケントは一人と一体に挟まれて目を閉じた。ノエルの髪から硝煙の匂いがする。どっと疲れが押し寄せて、いくぶん窮屈なベッドでケントは眠りに落ちていった。


     §


「ケントぉ、生きてるぅ? 入っても大丈夫?」


 シェリルの声に目を覚ましたケントはちらりと時計に目をやった。〇七三〇時、居住区から店を開けにきて吹き飛ばされた入り口を見つけたと行ったところだろう。


「……ああ、生きてる。足元に気をつけろ」

「何があったの、借金取り?」

「んなわけあるか」


 シェリルの声に、一人と一体にしっかりとしがみつかれたままケントは返事をする。


「ほら起きろノエル」

「……イヤです……」


 片目をあけてノエルがそう言うと、反対側の腕にしがみついたラーニアを見て、ニコリと笑った。


「ラーニアも、いい子だから起きてくれないか?」

「やだ」


 ガシャガシャとガラスの破片を踏みらす音がして、店との間を仕切るドアが開く。


「まあ……あきれた……、心配した私がバカみたいじゃない」


 両側に少女をはべらしたケントにシェリルの視線が突き刺さる。ため息をついて、ケントは少女たちの肩を抱くと、腹筋に力を入れて体を起こした。


「シェリル、冷蔵庫の中に山ほど食材がある、好きなだけ持ってっていいから朝飯を頼む」

「知らない、心配して損しちゃった」


 ケントに肩を抱かれたまま、二人の少女が顔を見合わせ、腕の中でクスクスと笑い声を上げる。


「ほら、お前らも気が済んだらどいてくれ」


 二人の様子に、なにか気づくところがあったのか、シェリルがつかつかとベッドの隣に来ると、ケントの耳たぶを捕まえてぐいと引っ張った。


「いてて、おいシェリル」


 何をするんだと、横目で見上げるケントに、シェリルが顔をよせると頬に軽くキスをする。


「ちょっ」

「「……」」


 あっけに取られるケントと、小さく息を呑む二人の少女に、シェリルがウィンクを一つ返して口を開く。


「大人をからかうものじゃないわ、お嬢さんたち。ほら起きてご飯にしましょ」

「助かる」


 肩をすくめてきびすを返し、シェリルがバーの方に戻ってゆく。


「うわぁ、すごいわね、全部生鮮食品フレッシュじゃない、どうしたの?」


 冷蔵庫の中身を見て驚くシェリルの声と、左右の少女からの冷たい視線に、ケントは天井を見上げた。まったく、ろくでも無い一日の始まりもあったものだ。


     §


「それで、ケントのことだから何か悪いことでもしたんでしょうけれど、何があったの?」

「お前の中で俺はどういう奴なんだよ」


 トマト入りのオープンオムレツ、新鮮なレタス、本物のベーコンに淹れたてのコーヒー。ラーニアのおかげで豪華な食事に舌づつみを打つケントは、シェリルの言葉に突っ込んだ。


「そうね、なんかこう、色々ダメな人?」


 向かいに座ったシェリルが、ホットミルクをラーニアに注いでやるの見ながらケントはヤレヤレと首を振ると、皿に残ったベーコンの最後の一切れを口に押し込む。


「コレだけ騒いで軍警察が出張って来ないのが答えみたいなもんだ、知らない方がいい」

「また、危ないことしてるんでしょ? クビになってもしらないんだから」


 皆が食事をつつくのを、羨ましそうに見つめるノエルに、ケントは空になったカップを渡して、コーヒーのおかわりを頼む。


「お砂糖はどうしますか、マスター?」


 途端、嬉しそうな顔になるノエルにブラックでいいと笑って見せた。メシが食えないことよりも、仲間に入れないことが寂しいのだ。


「ケント、ノエルにやさしい」


 嬉しそうにキッチンに立つノエルを見ながら、ラーニアがボソリと口にする。それを否定したのは、シェリルだった。


「違うわ、お嬢さん」

「ラーニア」

「そう。ラーニア、ケントは皆に優しいのよ」


 土壌栽培ナチュラルのオレンジにかぶりついていたケントは、それを聞いて咳き込む。


「ケントはみんなに優しい?」

「ええ、そう」


 それ以上、口を開くなとシェリルを睨みつけて、ケントはラーニアに目をやった。


「それで、取り敢えずどうするんだラーニア」


 そろそろ襲撃が失敗したことが向こうにも伝わっている頃だろう。さすがに軍産複合体プルートスとはいえ、立て続けにケンタウリ星系で武力行使に出る事もないとは思うが、二度も三度も襲われては、住処が廃墟になりかねない。


「……ケント」

「なんだ」


 褐色の肌に銀色の髪、琥珀色の瞳の少女がケントを穴が開くほど見つめてから問いかける。


「ケントは悪い人?」

「ああ、いい人じゃないな」


 正面から見つめ返し、ケントは真面目に答えた。


「ケントはうそつき?」


 人形のような整った顔で、やはり無表情にラーニアが再度尋ねる。


「生きていける程度にはうそつきさ」


 ラーニアが視線をシェリルに向けた。シェリルはラーニアを見て何も言わずに微笑んでいる。


「……きめた、あなたを雇う」

「そうか」


     §


「なるほどの、それでわらわのところに?」

「そう、ケントが契約するならあなたとって言うから」


 朝食後、輸送ギルドを訪れた一行が向ったのはスカーレットの元だった。悲しいかなフランベルジュはギルドの船だ。個人で勝手に契約を結ぶというわけにもいかない。


「そうじゃな、じゃがわらわもいきなり殺しに来るような輩を相手にして、はいそうですかと言うわけにもいかぬ」


 チラリとケントを見て、スカーレットが右の口角を上げる。見た目、童女のスカーレットが良からぬことを考えている時の顔だ。


「私の名前は、ラーニア・ボーフォート。フレデリック・ボーフォートの次女」

軍産複合体プルートスの運輸部門、トップ企業の娘御むすめごというわけじゃな」


 名乗ってから心配そうな顔でラーニアがケントを見あげる。出掛けに羽織ってきたケントのジャケットの腕には宇宙空母ラファイエットのワッペンが貼られたままだ。

 宇宙軍、最後の戦いとなった最後の六隻ラストシックスの突撃は、その凄惨さから太陽系で映画になるほどだった。


「ラーニアが生まれる前の戦争だ、お前が気にすることじゃない」


 ポン、と少女の頭に手を置いて、ケントはワシャワシャとかき混ぜる。


「マスター、女の子の髪にそれはいけないと思います」

「そうじゃな、わらわならぶっ飛ばしておるところじゃ」


 赤面するラーニアはさておき、二人から怒られてケントは肩をすくめる。何だかんだ言っても大損さえしなければ面倒見がいいスカーレットだ、悪いようにはしないだろう。


「それで、なんであんな所で漂流しておったのじゃ?」

「……」


 琥珀色の瞳が宙を泳ぎ、助けを求めるようにノエルからケントへと視線が注がれる。


「大丈夫だ、少なくともクレジットカード会社よりは口が固いさ」


 誰を信じ、何を信じればよいかわからない、それゆえの無表情の仮面。昨日の夜、それを脱ぎ捨てて泣いたラーニアは幼い一人の少女でしかなかった。それは皆、のあたりにしている。


「フレデリック・ボーフォートが亡くなったことは知っておる、おぬしの家の家族構成、ボーフォート・ロジティクス・システムの役員構成もあらかたはな」


 スカーレットの言葉に、再び無表情の仮面で自分を覆うラーニアに、スカーレットはニコリと笑ってツインテールの金髪を指でもてあそぶ。


「ほんとに、お人形さんみたいに可愛い人ですね、マスター?」


 ぼそり、と場違いな感想を呟くノエルに、緋色のドレスの下に馬鹿でかい熱線銃ブラスターをぶら下げた、お人形さんってのもな……と、ケントは思う。そんな黙っていればスカーレットが、次の瞬間ドラゴンのように炎を吐いた。


「お主にいくら父君の遺産が転がり込んだかは知らぬが、それの取り分に文句のある者の仕業じゃろ?」

「……」


 ラーニアは黙りこむが、この場面で沈黙は肯定でしかない。


「図星か、当然、心当たりはあるのじゃろ?」

「……」


 無表情の仮面によろわれ、しかし目に涙を浮かべていたラーニアの瞳から、ポロリと涙がこぼれおちる。


「別にいじわるをしておるわけではないぞ、誰が敵かがわからぬ状態で、わらわの可愛いケントを、貸してやるわけにもいかぬ、そういう事じゃ」

「まて、スカーレット、いま最後が色々おかしかったぞ」


 すかさずツッコミを入れるケントに、スカーレットが小首をかしげる。


「なんじゃ、わらわはお主にゾッコンじゃというのに、つれない男じゃの」

「……マスター、やっぱりそういう関係なのですね?」


 炎を吐いた後で、冗談を言って気持ちを揺さぶる。古臭い手口だ。だが、今のラーニアにはそれですら救いになったのだろう。ペロリと舌を出すスカーレットに、全てを投げ出すように言葉を吐いた。


「私を狙ったのは、多分アルフレッド・ボーフォート、父の弟」

「ボーフォート・ロジティクス・システムの、専務が敵だそうじゃ、ケントよ」


 ……まあ、ろくでも無い予感は最初からしていたが、大の大人がこんな少女相手に、何をやってるんだ……というのが正直な感想だ。


「それで、ラーニア、俺に何をして欲しい?」


 軍産複合体プルートスの一角、数万の社員を抱える大企業相手に、ポンコツ宇宙船一隻で何が出来るのか、ケントには正直、見当もつかない。


「私をガニメデまで運んで欲しい」

「ガニメデ? 木星のか?」

「お姉様の会社がそこにある、そこまで行けば安全、あとはお姉様がなんとかしてくれる」

 

 ラーニアの言葉にケントは首を傾げる、ラーニアの姉というならいくら離れていても年齢はたかが知れているだろう。


「アンジェラ・ボーフォートは、フレデリックの先妻の娘じゃよ、歳は二十二、飛び級で十七で大学を出た後、社内ベンチャーでボーフォート・セキュリティ・サービスを設立、そこの社長じゃ」

「十七で?」

「ああ、ちなみに警備会社セキュリティサービスとはいいつつ、実際は民間軍事会社PMCじゃがな」


 携帯端末ターミナルを眺めながら、スカーレットがケントの疑問に答えてくれる。


「なら、アンジェラに電話の一本で済むんじゃねーか? 迎えに来てもらえよ」

「もう試した、姉様の携帯、繋いでもらえなかった」


 ……電話回線のブロック? 公衆回線でそんなことが?


「マスター、情報量が多すぎて星系内通信は無理ですが、星系間通信の傍受とブロックなら、私でも出来ますよ? 多分電子戦艦一隻くらいの能力で出来ると思います」


 ケントの疑問にノエルがいう。まあ言っていることが途方もないのはいつもの事だ。


「ましてやケンタウリから軍産複合体プルートス傘下の社長に電話する奴は、そういない?」

「そういうことです、マスター」


 なら、残る疑問はひとつだ。だが、それを聞くのはあまりに残酷で、ケントは小さくため息をついた。……なぜ、ラーニアの叔父は、初手で彼女を殺さなかったのか? 真空中に放り出せばそれでおしまいだ。


「まあ、よい、ラーニア、まだ疑問はあるが、わらわの忠実な下僕しもべを貸してやろう、ただし、お主のカードはすでに止められておる。支払いはどうするかの?」


 同じ疑問を持つはずのスカーレットが、それをすっ飛ばして条件交渉に入る。ちょっと待て誰が下僕しもべだと思いながらも、ケントは突っ込む気すら失せていた。


「五日後にボーフォート・ロジティクスの株主総会がある」

「なるほどの」


 ぼそり、と呟くように言ったラーニアの言葉に、スカーレットがうなずく。スカーレットの手を離れ、携帯端末ターミナルが磨き上げられたマホガニーのテーブルを滑ってくる。


「よかろう、ラーニア・ボーフォート、お主の輸送契約書じゃ、ケントで良ければ好きに使え、こやつと船舶に関する必要経費は後払いで良い、末締めの翌末払い、太陽系通貨ソル・クレジットの一括」


 それを聞いてケントは目を丸くした。スカーレットにしては大盤振る舞いにも程が有る。


「スカーレット?」

「なんじゃ、ケント、わらわとて鬼ではないぞ? か弱い少女は助けてやるものじゃろう」


 スカーレットの右の口角が上がっている。


「お前、ベッドの上で死ねないタイプだぞ、スカーレット」

「よく言われるがの、わらわにそういった奴は、たいてい先に墓の下じゃ」


 オーケイ、敵がどうあっても荷物を運ぶだけだ。呵々と笑うスカーレットに両手を上げて降参してからケントはラーニアに目をやった。


「まかせとけ、ちゃんと運んでやる」


 銀色の髪にポンと手を置くと、ケントはそう言って笑ってみせた。

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