拾いたるは子猫

「あら、久しぶり、今日は早いのね、ケント」

「ああ、ホットドッグとコーヒーを頼む、うんと濃いやつを」


 言いながら、ケントは窓際のすみっこ、テレビのよく見える席に陣取ってニュースチャンネルを付けた。スカーレットの言うように豪華ヨットの救命ポッドを拾ったのだとしたら、何かやっていても良さそうなものだ。


「りょーかい、そっちのお嬢さんは?」

「えと……あの」


 初対面のシェリルに言われて、ノエルが困った顔でケントを見つめる。


「ああ、初めてだったかシェリル、『ノエル』だ。アンドロイドだからメシはいい」

「ええ? 見えないわね、誰かのお使い?」


 ノエルに座ってろ、と自分の前の席をアゴで差し、ケントは肩をすくめる。


「色々あってな、連れて歩くことになった」

「買ったの? どうみても高級品よね、その子」

「いや、もらった……というより押し付けられた……だな」

「そう、あいかわずね。まあ、独り暮らしよりは良いわ。ノエルちゃん、ケントはだらしないから、ちゃんと面倒みてあげてね?」


 実際には初めて合うシェリルに、思いがけず親切にされた事に反応できず、ノエルがコクコクと頷く。そんなノエルの様子に「可愛いわね、この子」と声を上げて笑いながら、シェリルがケントの前にコーヒーを置いた。


「……マスターは大っきい方が好きなんでしょうか」


 ノエルがボソリとつぶやく声にテレビから目を離してノエルを見る。自分の胸に両手を置いてシェリルのそれと見比べているノエルにケントは思わず吹き出した。


「なあに? 何か面白いニュースでもあった?」

「いや、ちょっとな」


 カウンターに戻ってゆくシェリルにそう言って、ケントはテレビの画面に視線を戻した。スポーツニュースのコーナーが始まり、宇宙競艇スペースボートのチャンピオンシップのニュースが流れ始めた所でスイッチを切る。


「シェリル、ここ数日で変わったことは?」

「これといって無いわ、あいも変わらず不景気なニュースばかり」

「事故とか遭難関係で何かないか?」

「船乗り連中からも聞こえてこないわね」


 シェリルがそう言いながら戻ってくると、大ぶりのホットドッグがマスタードとケチャップとともにテーブルに置かれた。


「美味しいのですか?」


 ノエルが興味深そうにケントの顔を覗きこむ。合成肉シンセではなく、培養肉カルチャーで、作られたソーセージと、自家製のザウワークラウトで作られたホットドッグはこの界隈で一番だ。


「ああ、親父さんの代から、ここのホットドッグはな、美味いんだ」

「そう……ですか」


 ホットドッグにかぶりつくケント見つめるノエルの肩に、シェリルがポンと手を置く。


「いらっしゃい、作り方教えてあげるわ」

「ホントですか!?」

「ケントは放っておくとお酒ばっかり呑んじゃうんだから、こんなのでも食べないよりはましよ」

「マスター?」


 口いっぱいにホットドッグを頬張ったケントは、黙って頷いた。自分以外の人間と接触することで何か得るものがあるなら、それもいいだろう。


     §


 二日後、ぴーひょろー、ぴーひょろー、と間の抜けた音を立てる通信機コミュの音でケントは目を覚ました。時計に目をやると〇八〇〇時だ。


「おはようございます、マスター」


 ひし、と胸にしがみつくようにしてケントを見上げるノエルに、ため息をひとつついて、ケントは体を起こす。一緒に寝るのだとダダをこねるノエルに、なら俺は店のソファーで寝るぞと、飲んだくれて眠った結果がこれである。


「……俺だ」

「やあ、朝早くにすまんの」

「年寄りが早起きなのは仕方ないさ、スカーレット」


 憎まれ口を叩きながら上体を起こしたケントに、どこから探してきたのか古い軍服のシャツ一枚を羽織ったノエルがしなだれかかり、えへへとだらしない顔で笑う。


「お主、よほどわらわにぶち殺されたいと見えるな」

「滅相もない、いつも感謝してるさ」


 ケントの胸に人差し指でのの字を書くノエルにコツンとげんこつを食らわせて立ち上がり、店の隅の冷蔵庫からケントは炭酸水の瓶をとりだした。


「まあよい、お主の拾ってきた救命ポッドの主な」

「ああ、死んだか?」


 言いながらケントは冷えた炭酸水を流し込んだ。体の中を冷たいものが通ってゆく感覚が気持ち良い。


「馬鹿者、面倒だからといって、他人様をホイホイ殺すものではないわ」

「ああ、生き返ったのか」


 ソファーの上で頭をおさえ、ぷぅと膨れ面をしてみせるノエルに吹き出しそうになりながら、ケントはカウンターからタバコを取り上げると古びたガスライターで火を付けた。


「あたりまえじゃ、かかった医者代は、お主に付けておくからの」

「あ、ちょっとまて……」

「またぬ、〇九〇〇時に事務所に出頭じゃ」


 古い映画シネマのように、ガチャン!と大きな音を立てて、通話が切られる。今どきガチャンってのも無いもんだと思いつつケントはもう一口炭酸水を流し込む。


「ノエル、むくれてないで準備しろ仕事だ」


     §


 シェリルから習った上に、材料まで貰ったというホットドッグをかじりながら、二人乗りしたポンコツスクーターが事務所についたのは〇八五五時だった。

 五階建てのオフィスの最上階、三インチの対爆ドアを二枚くぐり、マホガニー製の扉を開けると、ヴィクトリア調の家具でまとめられた豪奢なオフィスが現れる。


「おはよう、リディ」

「おはようございます、マツオカ様」


 ロングスカートにスタンドカラーのブラウスと、およそ今風とはかけ離れた服装のアンドロイドが無機質な挨拶を返した。


「スカーレットは?」

「オーナーでしたら三階の医務室です」

「ありがとよ」


 片手をあげ、ケントがきびすを返す。


「あの、リディさん」

「なんでしょう?ノエル」

「この間は、ごめんなさい」


 ノエルの声にケントは後ろを振り返った。ノエルがぴょこんとリディに頭を下げている。


「問題ありません、時間のあるときに格闘訓練に付き合って下さい、格闘戦能力の向上を希望します」

「はい!喜んで」


 初対面で投げ飛ばしたノエルと、投げ飛ばされたリディ、二人のちぐはぐな会話に苦笑しながらケントはエレベーターへと向った。


「スカーレット?」

「開いとるよ」


 インコムから声が返ってくると同時に自動扉が開く。


「それで、中身は?」

通常睡眠ノーマルスリープまで回復した、じきに目が覚めるじゃろ」


 ベッドの横に置かれた椅子に座っていたスカーレットが、サイドテールに結んだ金髪を揺らして、立ち上がる。


「わあ、可愛い、お人形さんみたいです」

「お人形のお主にそう言われるのも面はゆいことじゃな」

「わたしはマスターのお人形さんです、今朝はベッドの中でも」

「そういう誤解を生む発言はやめろ、どこで覚えてくるんだ」


 ジト目で睨むスカーレットに肩をすくめて、ノエルの額にデコピンを食らわすと、ケントはベッドに横たわる少女を覗きこんだ。

 肩より少しばかり長い銀髪、褐色の肌、見た目でいうとスカーレットと同じくらいだろう。中身が普通であれば、十二、三といったところだろうか。


「で、身元は?」

「フレデリック・ボーフォートの名を聞いたことは?」

「いや、ノエル?」


 ケントは興味深そうに少女の顔を覗きこむノエルに目配せする。


「検索……フレデリック・ボーフォート、木星ガニメデに本社を置く運送業者の社長です、二週間前に心臓発作で死亡しています」


 ネットから拾ったのだろう、ノエルが答える。


「運送業者といえば聞こえはいいがの」


 紅玉の瞳がすうっと縦に細くなった。生身なのか、義体なのか、時折この目に睨まれるとケントなどは蛇に睨まれたカエルの気分になる。


星系間輸送トランスポートを軸とした複合企業コングロマリット、まあ、平たく言えば死の商人じゃよ」

「で、この眠り姫は?」


 ポケットに手を突っ込んだまま、ケントは少女の顔を覗きこんだ。なるほど美少女には違いない。


「ん…うん……」


 途端、パチリと目を開いた琥珀色の瞳と目があった。


「やあ、おはよう」


 何とも間抜けな挨拶だとは思ったが、突然のことに他に言いようもなく、ケントは少女に片手をあげて挨拶する。


「……」


 何がなんだかという顔で少女があたりを見回す。ケント、ノエル、スカーレットと順に視線を移して小さく息を吐いた。


「ここはどこ?」

「ケンタウルスⅢ、俺はケント、君は?」

「ラーニア」


 だ、そうだ。と、ケントはスカーレットを振り返った。


「さて、ラーニアとやら、わらわはスカーレットここの責任者じゃ」

「助けてくれたの?」


 首を横に振って、スカーレットが言葉を継いだ。


「お主の入ったポッドを、こやつが拾ってきた、どこに届けるかはわらわはあずかり知らぬ」 


 くそっ、厄介事を丸投げしやがった……。心の中で毒づきながら、ケントは琥珀色の瞳でこちらを見つめるラーニアに肩をすくめてみせる。まあ、最悪、軍警察に届けてしまえば良いことだ。


「ということでな、取り敢えずお主は拾得物ということで、拾ってきたこやつに預ける、よいな?」

「ちょっと待て、スカーレット」

「リディに車を用意させる、家まで送らせよう」


 有無を言わせずスカーレットが席を立つ。


「それで、私はどうすれば?」


 違和感を覚えるほどの無感情な声でそう言って、半身を起こした少女がケントを見つめた。


「ああ、くそっ。 ノエル、着替えを手伝ってやれ、俺は先に戻る、リディと後で車で来い」


 無感情な声とは裏腹に、路地裏の箱に詰められた子猫のような目で見つめられ、ケントは頭をかいて部屋の外にでる。


「スカーレット、ちょっと待ってくれ」


 エレベータ前で、緋色のドレスを纏ったスカーレットに追いついたケントは強引に片足を突っ込む。ガシャン、と音を立てて安全装置が働きエレベーターが再度開いた。


「ケント、あれは中々に厄介事の種じゃ、気をつけるが良い」

「判ってて放り出さないでくれよ」


 途端、ガツン! とドレスと同じ色のヒールでスネを蹴られ、ケントが飛び上がった。


「甘えるな。金になるようなら助けてやろうぞ、せいぜい頑張ることじゃ」

「スカーレット!」


 ケントを残して、笑いながらアカンベエをするスカーレットを載せたエレベーターのドアが閉まる。


「……マジかよ」


 痛って……蹴られたスネを抱えて、ケントは涙目で今後どうするか思いを巡らせた。

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