第21話 式神との戦い1


 犬神山。


 花奈と伊月は、5体の国王直属式神に囲まれていた。

 伊月の妖力を温存するため、花奈と伊月は背中合わせになり、花の鎖で2人の体を固定している状態だ。


「伊月、場所を変えるわ——」


 花奈は伊月に小声でそう呟くと、周囲に影響が及ばないよう広範囲の結界を張った。

 そして、すぐさまその場から転移した。


「やはり5人を同時に相手にしないか。では、二手に別れよう。葵と楓は私と一緒に姫様たちを、桜と蓮は予定通りに動いてくれ」


 椿の指示で桜と蓮は頷くと、その場から移動した。


「姫様は桜たちを狙ってくれるだろうか?」

「人数的にそうするだろう」


 楓の質問に答えた椿は、うすら笑みを浮かべていた。





 花奈と伊月は、先ほどいた場所から離れた木の茂みに移動していた。

 夕翔の妖術訓練中、花奈はこの山全体をくまなく見回っていたので、国王直属式神たちを出し抜く場所はたくさん把握している。


「——姉上、私は犬型になりますね。国王の式神たちの探索はお任せください」

「お願い」


 ——嗣斗様、この戦いが終わるまでしばしお待ちください……。


 伊月は胸元に収めた嗣斗の一部を吸収した札に軽く手を添え、静かに自分を鼓舞する。

 その後、花奈の背中で大きな耳がピンと立った白色の小型犬になり、花奈の左肩で後ろを向くように座った。

 直後、緩んだ花の鎖が勝手に2人を締め直す。

 落ちた服などは、伊月の妖術でコートに包まれてひとまとまりになった。


 次に、伊月は2体の鳥形式神に指示を出した。

 1体は上空で待機し、もう1体は薄くてペラペラの目に変化し、伊月の額にくっつく。

 その目により、伊月は上空から俯瞰もできるように。

 木々などの障害物があったとしても、目印をつけた国王直属式神がはっきり見えていた。



 一方、花奈の準備は——。

 イチは花奈の首に巻き付き、顔を花奈の右耳に乗せた後、花奈と伊月に保護結界を張った。

 そして、花奈は腰に隠し持っていた長剣と短剣を鞘から引き抜き、フウとミツは右手側の長剣と、ヨツは左手の短剣と一体化する。


「姉上、荷物をお願いします」

「わかった」


 花奈は、伊月の荷物を夕翔のがいる小屋の中へ移動させた。


「伊月、準備はいい?」

「はい、姉上。奴らは二手に別れて行動しています」

「葵がいない方は?」

「こちらの方向です。2人で行動しています」


 伊月は、桜と蓮がいる方向を右前足で指し示した。

 花奈は横目でそれを見ながら嫌な予感を抱く。


 ——2人組は、ゆうちゃんがいる小屋へ向かっているんじゃ……。


「……2人を先に処理しようか」

「はい」


 花奈は正面の木の枝に飛び移った。

 そこから桜と蓮がいる方向へ、静かに木々を飛び移りながら移動を開始する。


「——姉上、そろそろ見えてきます」


 伊月の知らせを受けた後、花奈も桜と蓮の姿を捉えた。


 ——見えた。


 まだ桜たちとの距離はあったが、花奈はすぐさま木の上で足を止め、行動に移る。

 2つの剣を前で交わらせ、勢いよく腕を開いて空を切った。

 その斬撃は途中で2本の鎖に変化し、桜と蓮の首を縛り付ける。


「これは——」


 桜がそう言っている途中、言葉が途切れて倒れてしまった。

 蓮も同様だ。

 花奈が左手首に巻き付いた2本の鎖から憑依解除の術を送り込み、桜と蓮を人間の体から引き離した結果だった。


 花奈は鎖に繋がれてもがき苦しむ2枚の人型の紙——桜と蓮を右手の長剣で素早く切り刻んだ。


「はあ……不意をつけられてよかった」


 花奈はほっと息をつく。


「憑依を解く方法を会得されていたのですね?」

「うん。憑依した葵と一度会ってたから対抗策を考えておいたの」

「つまり、向こうも何か策を練っているとお考えですね?」

「そういうこと」

「その人たちはどうされますか?」


 伊月は地面に倒れた男女に視線を移す。


「安全な場所へ送るよ」


 花奈は2人をそれぞれ防御結界に包み、夕翔が眠る小屋近くに転移させた。


「後は3体……ここからが本番ね。こんなに簡単にいかないと思う」

「そうですね。3人はあの場所から動かずに私たちを待っていますから、なにか罠があるかもしれません」

「だよね……保険をかけておこうかな」


 花奈は地面に手をつき、ある仕掛けを施す。


「よし! 伊月、行くよ!」

「はい!」


 その後、椿たちがいる場所へ2人は転移した。



***



 その頃——。


 夕翔が寝ている小屋。


 ——花奈!


 深い眠りについていたはずの夕翔は、夢の中で花奈の名前を叫んだ直後に目を開けた。

 夢の内容は覚えていないが、花奈が危険な目にあっていたという感覚だけは残っていた。


 ——嫌な気分だな……。


 夕翔は寝返りを打ち、花奈の方へ体を向ける。


 ——え……?


 そこには、花奈が使っていた寝袋だけが残っていた。


「花奈?」


 夕翔は慌てて起きあがり、花奈の持ち物を目で確認する。


 ——コートも靴もない……。


「モモ、花奈は1人でどこに行ったんだ?」


 夕翔が急に起きたので、モモは慌てて夕翔の体を押し倒す。


『パパはまだ眠ってて!』

「モモ、なんでそんなこと言うんだよ?」

『ママがそう言ってた。結界の中から絶対に出ちゃダメだって』


 ——花奈のやつ、1人で危険なことしてるんじゃないだろうな……。


 夕翔は胸騒ぎを覚える。


「モモ、花奈が何してるか知ってるのか?」

『教えない』

「モモ……」


 頑なに答えないモモに夕翔は眉根を下げる。


「結界から出ないから、少し外を散歩していい? ちょっと外の空気が吸いたいんだ」

『うーん……ちょっとだけだよ?』

「ありがと」


 夕翔はモモの頭を優しく撫でた。


『パパ、ちょっとだけだよ?』

「わかってるよ」


 その後、夕翔はダウンのパンツとコート、冬用ブーツを履いて十分に厚着をし、外へ出た。


「寒っ……」


 夕翔は腕を抱え、体を震わせながら歩く。


 ——外にいる花奈も震えてるんじゃないか……?


 夕翔の頭に、初めて会った時の花奈——ガリガリで震える犬型の花奈がよぎる。


「モモ、花奈に会いたいなー。さみしいなー」

『ダメ! 危険なの!』


 モモは夕翔の誘導作戦に引っかかり、つい漏らしてしまう。

 本人は自覚していないが……。


 ——やっぱり、危ないことをしてるんだ……。


 モモの頭を夕翔は撫でる。


「花奈は危険なんだな? 花奈を守れるのは俺たちだけだろ?」

『うーん……でも、ダメなの!』

「どうしてだよ……」


 そんなやりとりをしながら夕翔は前を進んでいると——。


「ん? あそこに人が倒れてる!?」


 夕翔は慌ててそこへ駆け寄る。


「モモ、2人の周りに花奈の結界が張られてるよな?」

『うん』


 ——もしかして、俺を襲ってきたやつがここにきてるのか?

 

「モモ、この人たちは危険?」

『大丈夫』

「じゃあ、小屋に運ぼう」

『わかったー』


 モモは、夕翔が小屋に戻ることがわかると、嬉しそうに2人を浮遊させて移動を開始した。

 遅れて夕翔も歩き始めるが……。


「——えっ」

『パパ!?』


 モモが慌てて振り返った時には、夕翔の姿が忽然と消えていた。

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