第20話 犬神家の闇
「嗣斗様!」
伊月はそう叫びながら嗣斗——三頭狼の中央の頭へ駆け寄った。
「嗣斗様、あなたを妖魔から切り離します。どうかお心を無くさないで——」
伊月は12枚の白い縦長のお札——それぞれに魂、五臓六腑の各部位の文字が書かれた札——を胸元から出した。
それを円状に並ぶように浮かせ、嗣斗の体全体を囲う。
すると、緑色の霧状の光——かろうじて残った嗣斗の要素が体の内外から漏れ出し、それぞれの札が吸い取り始めた。
同時に痛みを軽減するため、伊月の鳥型式神2体は嗣斗の上をくるくると旋回し、癒しの光で包み込む。
「ア、リガ……トウ」
嗣斗が弱々しく言った後、その体は崩れるように黒色の灰と化し、霧散した。
伊月はしばらくの間、その場で泣き崩れた。
*
伊月が嗣斗の処置をしている時——。
嗣斗を攻撃した男は、空から花奈の前に降り立った。
花奈はその男を睨みつけ、歯ぎしりを鳴らす。
——落ち着け……冷静になるのよ……。
「ふー……」
花奈は大きく息を吐き、怒りをどうにか抑え込む。
怒り狂って我を忘れては式神たちの思う壺だ。
「あなたは、前に会った式神でいいのかしら?」
「左様でございます。狛犬葵と申します」
左手を胸に添え、恭しく礼をした。
「嗣斗は囮だったのね。母上も出し抜いたの?」
「さすが未来の主人……正解でございます。凛香はすでに我々の手に落ちていますから。……本人は無自覚ですが」
「御子柴家はすべて、あなたたちのために用意された家系だったのね?」
男は目を細め、口角を上げた。
「そこまでご存知だったとは……感服でございます。ご存知の通り、我々は初代と2代目国王由来の式神。その存在を維持するには、妖力を豊富に持った純真無垢な赤子が必要なのですよ」
「そう……」
定期的に平民の町を訪れていた花奈は、王家や貴族が知り得ないような細かい情報をたくさん得ていた。
その中で最も気になっていたことは、『御子柴家で起こる不思議な現象』だ。
産まれたばかりの赤子が数日の間に消えてしまい、それに関わった人々の記憶が全て消される、という不可解な事件。
公になっていないことから、犬神家が裏で関わっている、と花奈は以前から考えていた。
「私の母上が死んだ原因もあなたたちね?」
「わざわざ傷を深くしたいのですか? くっくっ……これは滑稽です……」
母の死を悲しむ幼少期の花奈を思い出しながら、葵はあざ笑う。
「母上の衰弱の仕方は異常だった。そして、それに伴って父上の性格が徐々に変わっていった……」
「さすが、花奈様。現国王は亡き奥方に心酔しており、我々の侵食がうまく進んでおりませんでした。花奈様が誕生した時点で奥方は用無しだったため、病死と見せかけて我々が妖力を吸い取ったのですよ。御子柴家の妖力は我々と相性がいいですから」
「あなたたち式神は過去の国王の邪念そのものよ。私たちがあなたたち5体をまとめて消滅させるわ」
花奈の後ろには、嗣斗の処置を済ませた伊月が立っていた。
涙で赤くなったその瞳は氷のように冷たい。
神子として厳しい修行を受けている伊月もまた、花奈同様に怒りを抑え込んでいた。
——さすが伊月、国王を目指すだけあるね。精神は私なんかよりはるかに強い……。
想いを寄せる嗣斗が亡くなった直後でも、冷静さを保ち続ける伊月に花奈は感服していた。
一方の葵は——。
花奈の最後の「5人」という言葉に反応し、焦りをにじませていた。
——なぜだ……我々の人数は国王しか知らない上に、知覚できないはず……。
「なぜ、式神が5体いる、と私たちが知っていると思う?」
「…………」
見当もつかない葵は黙ったままだった。
必死に焦りを見せないよう笑みを浮かべている。
「気づいているかしら? あなたたちはもう、式神とは言えない存在なのよ。だから、私と伊月には知覚できる」
——まったく……。姉上は本当にハッタリがお上手ですね……。これまでの策もお見事……。
伊月は冷笑した。
伊月は最初、自分の服に紛れ込んで3体の国王直属式神と一緒にこの世界に来たことを知らなかった。
しかし、それを予測していた花奈は、伊月が使用する魔法陣に異物探知効果を付与し、式神に目印がつくよう設定していたので、その3体がはっきり見えていた。
そして花奈が伊月と嗣斗の周りに結界を張った瞬間、花奈は伊月にも見えるようにしていたので、2人とも視認できるようになっていた。
その後、残りの式神2体にも花奈の目印が伝染し、今の花奈と伊月には、2人を囲む式神5体がはっきりと見えていた。
「そうですか……。隠れていても意味はないですね」
人間に取り付いた葵以外は、ペラペラで真っ白の紙人形だったが……。
その4体は、人間そのものに変化する。
葵しか持っていなかった憑依能力は、嗣斗の体を利用して残り4体も獲得していた。
5体の式神は花奈と伊月の様子を慎重に窺いながら、じりじりと間合いを詰めてくる。
花奈と伊月は背中を合わせた。
「——伊月、後方支援をお願い。私は大丈夫だけど、妖力に限りがあるでしょ?」
「申し訳ございません。ですがこの式神たちよりは、はるかに多く保有しておりますよ?」
「ふふっ、そうだったわね。でも、私には妖力供給源があるから私中心でいかせてもらうわ」
「承知しました。背中は私にお任せください」
「お願い」
花奈は伊月と自分を背中合わせで花の鎖で縛り付けた。
一体となって動くことで伊月の妖力消耗を防ぐためだ。
花奈は不敵の笑みを浮かべた。
「この世界の人にこれ以上迷惑をかけないでくれる? 大人しくその人たちを解放しなさい!」
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