第14話 モモの正体


 夕翔と花奈だけでなく、花奈の式神たちもモモの発言に驚いていた。


「……花奈、モモは俺たちのこと、パパとママって言ったよな?」

「うん……なんでだろう? ちょっと、私の式神たちに聞いてみるよ——」


 花奈は念話しようとするが——。


『——犬がいっぱいいるー』

 

 花奈が式神に話しかける前に、モモは近くにいた花奈の式神3体を次々に抱きあげ、両脇に抱えた。

 見えていないと思っていた式神たちは慌てふためく。

 その直後、触られた式神たちは夕翔にも見えるようになり、夕翔はギョッとする。


「モモ!? どこから犬を捕まえてきたんだ!?」


 夕翔は見開いた目を花奈に向ける。


「え!? ゆうちゃん、私の式神が見えるようになったの?」

「あ、そうか! 前に見た式神か!?」


 混乱中する夕翔を見て花奈は苦笑し、イチに念話で指示をする。


『イチもモモに触ってもらって』

『姫様、畏まりました』


 唯一モモに捕まっていいなかったイチは、ネックレスから元の犬の姿に戻り、モモへ寄っていった。


「あ、もう1匹いるー!」


 モモは嬉しそうに抱き寄せた。


「あ、もう1体見えるようになった」


 夕翔の報告に花奈は頷いた。


「よくわからないけど、ゆうちゃんはモモのおかげで私の式神が見えるようになったみたいね。式神のミツにモモとゆうちゃんを調べさせたいんだけど、いい?」

「いいよ。俺も気になるから」

「ありがとう。ミツ、お願い」

『畏まりました〜』

「うわっ!?」


 ミツは夕翔の腹から体の中に飛び込んだ。


「大丈夫。なんの害もないから」

「よかった……。まあ、入られても何も感じなかったしな……」


 夕翔は不思議そうに腹をさすった。


 ミツの分析が終わるまでの間、花奈と夕翔は花奈の式神たちを追いかけるモモを笑いながら眺めていた。


『——姫様、分析が終わりました〜』


 ミツはモモの中から出てきて、夕翔と花奈の前にちょこんと座った。

 その可愛らしい姿に、夕翔はなでなでの衝動にかられる。


「ありがとう、説明してくれる?」

『畏まりました。夕翔様の体内にあったイツが消えていました——』


 モモ以外は驚きで言葉を失った。

 一方のモモは、夕翔の膝の上でミツ以外の式神を撫でている。


『——イツの要素がモモの半分を占有しておりました。このことから、『モモの半分はイツでできている』と言えます』

「ゆうちゃんの妖力だけで召喚したのに……。それに、私の式神に干渉できるわけがない……。イツは卵のままで生涯を遂げるはずだったよね?」


 花奈の質問にミツは頷いた。


『左様でございます。夕翔様と花奈様が契りを結んだことが原因かもしれません』

「そんなことあるの?」


 ミツは顔を横に振った。


『奇跡としか言いようがございません』

「——もしかしたら、俺が原因かも……」


 2人の会話を聞いていた夕翔は、自信なさげに口を挟んだ。


「ゆうちゃん、どういうこと?」

「花奈と契りを結んだ時、いつか俺たちの子供ができるのかもしれないな、とふと思ったんだよ。その時、俺の体内にいる式神の卵はこのまま産まれてこないのはかわいそうだな、とも思って……。それで式神を召喚する時、いつか産まれる自分の子供とその卵の式神が合わさったような式神がいいなって考えたんだよ」


 花奈は思いもよらない夕翔の発想に驚いていたが、次第に夕翔の想いがじわじわと心に響き、目に涙を浮かべる。

 夕翔を救うためにイツを犠牲にしたことは後悔していないつもりだったが、全くないとは言い切れない自分がどこかにいたからだ。


「モモは式神ではあるけど、ゆうちゃんの思いが形となって私たちの子供でもあるんだね。すごく嬉しい……」


 ——イツ、これからよろしくね。ゆうちゃんと一緒に大切にするから。


 花奈はモモの頭を優しく撫でた。


「ついでに言うと、娘だったら花奈にそっくりな子がいいな、と思ってたんだ。花奈の小さい頃、可愛かったし」


 ——ゆうちゃんにここまで愛されてるとは思わなかったな。幸せすぎるよ……。


 花奈は今まで溜め込んでいた寂しさが一気に吹き飛び、感動して涙を溢れさせる。

 夕翔は花奈を抱き寄せ、モモと一緒に優しく抱きしめた。





「——さて、気を取り直してモモと一緒に妖術を学んでもらいまーす」

『はーい!』


 モモは夕翔の膝の上で高々と手を挙げた。


「先生、よろしくお願いします」

「2人ともいい返事! 最初は結界の練習です! まずは本の最初のページを開いてくださ〜い」


 夕翔は言われた通り本を開くと、そこには魔法陣が描かれていた。

 一緒にモモも眺める。


『ママ、理解できた〜』

「おお! さすが私の娘ね〜」

「ちょっと待って……。俺はまだ何も読んでないぞ……」

「式神は渡した本の魔法陣を読み取って知識を吸収するんだよ。ゆうちゃんは地道に読まないとダメなんだー」


 夕翔は肩を落とした。


「なんか、俺だけ効率悪すぎだな」

「ふふっ、まあ、ちょっと先生気分味わいたかったからこんな時間設けたけど、ゆうちゃんもモモみたいにすぐに知識を得られるよ」


 顔を曇らせていた夕翔の表情がパッと明るくなる。


「本当?」

「うん! 私と契約しててよかったね。今から、私の持ってる知識全てをゆうちゃんに渡すよ。式神全員の意識を一時的にとめまーす!」


 花奈はモモを含めた式神全員をその場で硬直させた。


「何するんだ……?」


 夕翔は怯えながら息を飲んだ。


「大丈夫、怖くないよ。先生、優しくするから——」


 花奈は夕翔のシャツの下から手を入れる。


「花奈……?」


 夕翔は顔を真っ赤にする。


「大丈夫だって。触るだけだから」


 花奈は色っぽい笑みを浮かべ、夕翔の左胸の花の印に手を当てる。


「目を瞑って」

「わかった……」


 夕翔はドキドキしながら目を瞑った。

 花奈は手に妖力を込め、一気に夕翔の花の印に自分の記憶全てを放出した。


 すると——。


 夕翔の中に花奈が必死に詰め込んだ知識や妖術の扱い方、夕翔との思い出、そして、花奈の辛い生い立ちの記憶が全て流れ込んできた。


「——終わったよ」


 夕翔の目から、涙がこぼれ落ちていた。

 花奈の悲しい過去を聞かされていたが、実際に見た時、あまりの辛さに夕翔は耐えられなかった。

 胸が締め付けられ、息が苦しい。


「花奈……」


 夕翔は花奈に抱きつく。


「花奈を絶対に悲しませないように頑張る。俺、花奈を大切にするから」

「ありがとう、ゆうちゃん」


 2人は唇を交わし、体を合わせた。



***



 その日の夜。


 高層駅ビルの屋根に1人の男が立っていた。

 まるで誰かと会話しているように独り言をブツブツと言っていた。


『——楓、助かった』

『気にするな、葵。僕も必要だったから』


 式神の葵は、同じ国王直属の式神である狛犬楓の力を借りて妖力供給源の人間を獲得していた。

 憑依能力を持たない楓は、その人間のピアスの中に入り込んでいる。


『我らが2人いれば、姫様の捕獲はどうにかなるだろう』

『しかし、気をつけろよ。姫様は契りを結んでいる。一筋縄ではいかないだろう。入念に計画を立てねば……』

『そうだな』

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