第9話 夕翔の変化


「ゆうちゃん、目を瞑って」

「ん? わかった……」


 夕翔は花奈に背中を向け、膝を抱えたまま目を瞑った。

 花奈はゆっくり近づき、首に息を吹きかけた。


「やめっ! 何やってるんだよ! それダメ!」


 夕翔は真っ赤な顔で首を両手で押さえる。


 ——やっぱり……。


 花奈は夕翔から少し離れ、ミツに念話する。


『ミツ、ゆうちゃんの状態は?』

『あの……姫様に……よ、欲情を抱いたようです』


 ミツは動揺しながら答えた。

 それを一緒に聞いていたフウは、赤くした顔を前足で覆う。


『ありがとう。もうしばらくゆうちゃんの観察お願いね〜』

『はい、畏まりました』


 花奈は夕翔を満面な笑みで見つめる。


「どうやら抑制されてたものが解放みたいだね。どんな気分?」

「そ、そんなこと聞くなよ!? それに俺はよくわかってない!」

「ふ〜ん。じゃあ、私と一緒に勉強する? この世界ってどういう感じなのかもしりたいし〜」

「1人でやってくれー!」


 真っ赤な顔の夕翔はそう言い捨て、2階へ駆け上がった。


 放置された花奈は呆れ顔を浮かべる。


『はあ……まさかあんなお子様だったなんて。フウ、そう思わない?』

『仕方ありませんよ。それを知らずに成長しているのですから。あの感じだと、骨抜きにするのは時間の問題かと。姫様はお美しいですから』

『外見だけ気に入られても不満だけど? ゆうちゃんには私の内面も好きになってほしいの』

『それは難しいですね。姫様は向こう見ずでおてんばですから……』


 フウは難癖をつけてきたので、花奈は口を尖らせた。





 夕翔の寝室。


 夕翔は布団に潜り込み、膝を抱えて丸まっていた。


 ——はあ、あんな恥ずかしい状態さらけ出して……情けない。花奈が美人すぎて見てられなかった。あ゛ー! どうしよう、これから同棲続けられるのか? そうだ! しばらくは犬の状態を保ってもらえば……。





 1時間後。


「——ゆうちゃーん! お腹すいたー!」


 扉の向こうから花奈の声が聞こえ、夕翔はため息をつく。


 ——おちつけ、俺。大丈夫だ。花奈は犬、犬……。


 そう念じながら夕翔は扉を開けた。


「調子はどう?」


 花奈は夕翔の顔を覗き込んだ。

 夕翔はすぐに顔を赤くする。


「今から作るよ……」


 夕翔は花奈から目をそらした。


「おねがいしまーす」


 花奈は嬉しそうに先に階段を降りていった。





 キッチン。


「——手伝うよ〜」

「おう……悪いな。じゃあ、玉ねぎみじん切りして」


 夕翔は少し照れながらお願いした。


「うん」


 ——ゆうちゃんの反応、可愛すぎ! 抱きつきたいけど、刺激強いみたいだからな……。しばらくはソフトにしてあげないとね〜。


 花奈はまだ慣れない手つきで玉ねぎを切り始めた。


「——あ〜! 目が痛い!」


 泣きながら刻む花奈を見て、夕翔は吹き出す。


「まだあるから頼むぞ」

「はーい……」


 ——こういうとこ、可愛いんだよな……。


 その後、花奈は夕翔の作り方を見ながらオムライスを完成させた。


「は〜! 美味し〜い! この卵の固さで綺麗に焼くの難しいんだよねー」


 花奈は大盛りのオムライスを満面の笑みでパクパク食べていた。

 夕翔が調理した卵はトロトロ半熟で、見た目も完璧だ。


「それはよかった。花奈はもう少し練習しないとな……」


 夕翔は自分のオムライスを見て眉尻を下げる。

 ケチャップライスの上に乗ったぐちゃぐちゃの卵は、花奈が調理したものだ。


「毎日練習するね!」

「毎回オムライスは嫌だから、ほどほどに頼むな……。そうだ、しばらく俺の前では犬になってくれないか? 都合が悪い時は人型になってくれて構わないから」

「え? なんで? 人型でどんどんアピールしていい、って言ってくれたよね?」

「うーん……その時はな」

「もしかして、発情期に困惑してる?」


 夕翔は顔を真っ赤にした。


「なんで、そう言葉ではっきり言うんだよ!」

「そうしないと伝わらないこともあるでしょ? 異世界人だから齟齬があったら困るし」

「はあ……」


 夕翔はうなだれる。


 ——俺がこうしてひた隠しにしてるのに……。苦労が台無しだよ。


「ゆうちゃんが困惑するのも理解できるよ。だって今までそんな期間なかったんだから。せっかく一緒に住んでるんだから、私が慣れさせてあげるよ〜」


 花奈はそう言うと、夕翔の耳に息を吹きかけた。


「あ゛あっ! ダメ! ストップ!」


 夕翔はスプーンを落とし、急いで花奈と距離を取る。


「えー! これくらいでダメなの? やっぱり強制的に女の人に慣れないとね〜」


 ——可愛すぎでしょ。


 花奈はにやけながら夕翔を見つめる。


「頼むから、そっとしておいてくれ……」


 その後、花奈は不意打ちで夕翔を軽く触り続けたが……。

 夕翔はその度に過剰に反応してしまい、最終的には怒らせてしまった。





 その日の深夜。

 雨が降っていたこともあり、夕翔は花奈と一緒に寝ていた。

 

「——はあ〜、やっぱり犬の花奈っていいな〜」


 夕翔は布団の中で花奈を撫で回していた。


「違う意味で拒否されてる感じ。結構傷つくけど?」

「ごめんな〜」


 夕翔はお詫びに撫でまくる。

 花奈は不満を抱いていたが、結局なでなでが気持ちよくて目をとローンとさせる。


 ——やっぱり犬の花奈ならなんともない。むしろ、こうやって触りたくなるんだよな〜。あー、でもどうしよう! 花奈が人型の時は自分の体が思うように制御できない! 触られるだけでやばい!


 夕翔は顔を左右に振って忘れようとするが……。

 人型の花奈の綺麗な足や膨らんだ胸元などを想像してしまい……。


 ——あ゛〜! 俺はどうなってしまうんだー!


 夕翔は心の中で叫んだ。



***



 夕翔たちがベッドに入った頃——。

 

 人気のない公園に1人の男が立っていた。

 ひどい雨の中、傘をさしていない。

 片手に白い物体を握りしめ、それに向かってブツブツと何か言っている。


『——貴様、犬壱嗣斗の式神だな?』

『えー……勘違い違いではありませんか?』


 その白い物体は、花奈を探していた嗣斗の式神だった。


『国王様に報告してもいいんだぞ? そうすれば、お前の主人は——』

『わ、わかりました。認めますから、それだけは……』

『なら、この世界で得た情報を全て渡せ』

『はい……』


 嗣斗の式神は、その男に食われてしまった。


『なるほど、この近くに姫様が……』

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