第10話 花奈と父親の関係


 夕翔の腕に抱かれて眠っていた花奈は、夢でうなされていた。

 それは、花奈が4歳の頃——。


 当時の花奈は、母を亡くしたばかりで悲しみに打ちひしがれていた。

 寂しさを埋めるため、ある日、国王である父の執務室へ。


『——父上、お話が……』

『忙しいのがわからないのか? この部屋には二度と来るな!』


 父親は花奈を見向きもせずにそう言い捨てた。

 花奈は目に涙を浮かべて出て行った。

 父親とほとんど言葉を交わしたことのない花奈は、こう言われることはわかっていた。

 それでも、花奈はショックを受けずにはいられなかった。


 花奈は父親の興味を引こうと、それから妖術の練習に励んだ。

 しかし、どんなに素晴らしい術が使えても、父親は褒めてくれなかった。

 どんなに困っていても父親は手を差し伸べてくれなかった。

 周りの使用人達は花奈のすばらしい才能を褒め称え、次期国王として最もふさわしい、ともてはやしてくれるのに……。

 父親は一度も褒めてくれなかった。


 ——なんのために、私は国王にならなければならないの?


 そう自問自答を続けた結果、花奈は次第にこの世界に興味を持たなくなった。


 6歳になった頃、父親の書庫で1冊の本を見つけた。

 おとぎ話の本だ。

 難しい内容の本ばかりが置かれた書庫の中で、それは異質だった。

 花奈はそれをこっそりと持ち出して読んでみることに。

 その本には異世界のことが書かれていた。


 花奈はその話にのめり込み、毎晩のように読み漁った。

 そのうち、この本の内容は真実ではないか、と考え始める。

 花奈は時々屋敷を抜け出し、秘密の場所で特殊な妖術の練習を始めた。

 その妖術とは、異次元空間の解放と時空間の移動。

 誰もなし得たことのない方法でありながら、花奈は1年で成功させてしまう。


 そして、花奈は時空を超えて夕翔の世界へ渡った。


 たどり着いた先は、狛犬が祀られた神社だった。

 境内の鳥居を超えると、見たこともない場所が視界に広がる。

 周りは建造物だらけで自然はあまりない。

 空気が淀んでいたので花奈は顔をしかめた。


 ——ここが異世界……本に書いてあった通り、建物が変わってる。


 花奈はうろうろしていると、少しだけ草木が生える場所を発見した。

 そこは公園だった。

 平日の午前中だったこともあり、活気はなかった。

 そんな場所になぜか少年が1人。

 背もたれのない長椅子に背中を丸めて座っていた。

 寂しそうなその姿に花奈は自分を重ね、声をかけるた。


「1人でなにしてるの?」


 少年は突然声をかけられ、怯えていた。


「……なにもしてない。コホッ……」


 少年は咳をしながら答えた。

 違う世界にもかかわらず、言葉が一緒だったことに花奈は驚く。


「これあげる」


 花奈は妖術を使い、手のひらの上に一輪の花を出現させた。


「すごい! どうやったの?」


 少年は目をキラキラさせていた。


「内緒。それより一緒に遊ばない?」

「コホッ。ぼく、遊べない。体が弱いから」

「そう……。なら、お話をしましょう?」

「うん!」


 少年は嬉しそうに微笑んだ。


 これが、夕翔と花奈の最初の出会いだった。



***



 犬神国、犬神家屋敷。


 花奈の父、犬神将聖は大きな机を背にして座っていた。

 眉間にしわを寄せ、厳しい視線を窓の外へ向けている。


 窓と反対側——机の手前には、片膝をついて頭を屈める人物が1人。

 黒い法衣のような服を身にまとい、顔は目以外を黒い布で覆っていた。


「——椿、進捗は?」


 国王直属諜報員のリーダー、狛犬椿こまいつばきは顔を上げた。

 彼女を含めた諜報員は体内に初代国王の式神を宿しているため、式神同等の存在だ。


「陛下、葵によって居場所はある程度絞り込めました。やはり、花奈様はあちらの世界へ渡ったようです」


 葵とは、狛犬葵こまいあおいを指しており、椿と同じく諜報員の1人だ。

 人に憑依する特殊能力を持っている。

 国王の諜報員は合わせて5人で、他には狛犬楓、狛犬桜、狛犬蓮の3人が存在する。


「やはり……。では、葵の補佐として楓もその世界へ送り込む。できるだけ早く花奈を連れ戻せ」

「畏まりました」

「もう1つ、例の者が足かせになるようであれば……最悪、始末しても構わん」

「花奈様のを回収せずともよいのですか?」

「可能ならば回収して欲しいが、無理する必要はない。それがなくとも花奈は神子として最上級なのは変わらない」

「畏まりました」



***



 まだ早朝だったが、夕翔は目を覚ました。

 布団から鼻だけを出す花奈を見て微笑む。


 ——犬だと平気なのにな……。あー、このまま人型の花奈とどうやって生活すれば……。


 花奈にはまだ伝えていなかったが、式神の卵に結界を張った直後、夕翔は幼少期の記憶を完全に取り戻していた。

 その後、部屋にこもって約1週間の同棲生活を振り返った時、夕翔はある想いに気づいてしまう。


 ——あー! 好きにはならない、とか宣言しておきながら……。でも、あんなに必死で好きって言われた上に抱きついてきたり、胸を押し付けられたりしたら……好きになるだろ……。可愛すぎなんだよ〜!


 花奈の猛烈アピールで恋心をふつふつと沸かせてしまう自分に動揺しっぱなしだ。


 ——あー、俺、子供だよな。ウブなんだから、仕方ないんだよ……。


 外の空気を吸いたくなった夕翔は、そっと布団から抜け出した。





 公園付近。


 散歩の途中でコンビニに立ち寄り、夕翔は炭酸飲料を飲みながら帰宅していた。

 うっすら空が明るくなる時間帯の道には、誰1人いない……はずだった。


「——貴様、なぜ姫様の式神を所有している?」


 男は夕翔の背後から右腕で首を絞めていた。

 左手にはナイフが握られており、夕翔を切りつけそうな勢いだ。

 夕翔は恐怖で震え上がり、手に持っていた飲料ボトルを落としてしまっていた。

 

 イチはすぐさま溜め込んでいた妖力を解放し、夕翔を結界に包んだ。


「——なに!?」


 その男はあまりの眩しさで目を瞑り、体ごと結界に弾かれた。

 結界の光が見えなかった夕翔は、首の締まりが急になくなったことを察知し、振り返りもせずにその場から走って逃げた。


 その場には、夕翔が落とした炭酸飲料がシュワシュワと音を立てながら転がっていた。

 男はそれを拾い上げ、口角をあげた。

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