第8話 式神の卵
体内の式神のことを聞いた夕翔は背筋を凍らせていた。
「——その式神の卵は私の一部でできているの。その影響でゆうちゃんは間接的に見えるようになったんだと思う」
「なんで俺の体内に?」
「ゆうちゃんの命を救うためだよ」
「どういうこと?」
「ゆうちゃんは小さい頃、生死をさまよったことがあるって言ってたでしょ?」
「うん。生まれた時から心臓に欠陥があったから、そうなるのは時間の問題だったらしい」
花奈は頷いた。
「ゆうちゃんがそうなる前、私たちは出会ったの。あの公園で。仲良くしてたのは半年くらいだったと思う。ある日、ゆうちゃんと遊ぶことになってたんだけど、ゆうちゃんは約束の時間になっても来なくて……」
その頃の記憶がはっきりしない夕翔は黙って耳を傾ける。
「ゆうちゃんの家をこっそり見に行ったら、ちょうどゆうちゃんが白い乗り物に運ばれていくところだった。私は姿を隠した状態で追いかけて……大きな建物に到着したの。ゆうちゃんは機械がいっぱいある部屋に寝かされてて、医者らしき人が「もう手遅れだ」って……」
花奈の表情に苦痛がにじみ出ていた。
今でも当時の苦しむ夕翔が鮮明に思い出され、胸が締め付けられる。
「その時、私が持ってた式神の卵をゆうちゃんの心臓に埋め込んだの。それが唯一救える方法だったから」
夕翔は息を飲んだ。
「……俺、本当は死んでたってこと?」
「おそらくね……」
「嘘みたいな話だな……。でも、なんとなく納得もできた。大きくなってから当時のことを親に聞かされたんだけど、心臓にあったはずの欠陥が奇跡的に消えてたらしいんだ。そんなわけあるかって思ってた。でも、花奈が原因だったんだな」
「うん」
「それで? なんでその卵が原因で俺がこんなふうになった、と思うんだ?」
「ゆうちゃんは私の一部をもってるから、ゆうちゃんは私と同一人物だと錯覚してしまうみたいなの」
「ん……?」
夕翔はいまいち理解できない。
「それだと……、性欲がなくなった理由にならないよな?」
「私は女の人の裸とか見ても興奮しないからだよ。あとは、ゆうちゃんにしか興味ないから、ということも理由になると思う」
「……つまり、俺は花奈でもあるから、誰も性欲対象にならないってこと?」
花奈は頷いた。
夕翔は強張っていた表情を緩め、吹き出した。
「ふっ、なんだよそれ……。たしかに呪いだな、ははっ」
「なんと謝っていいか……。私のせいでゆうちゃんを長い間悩ませてたみたいだから……」
夕翔は花奈の頭に優しく手を置いた。
「謝らなくていいよ。むしろ、俺の命を助けてくれてありがとう。こうやって元気な体を維持できてるのも花奈のおかげなんだろ?」
責められて嫌われるかもしれない、と思っていた花奈は目に涙を浮かべていた。
「なんで泣いてるんだよ……」
「だって……。嫌われると思ったから……」
「でも、命の恩人には変わりないから。感謝の気持ちの方が大きいよ」
「ねえ……抱きついていい?」
「仕方ないな……」
夕翔は花奈の手をひっぱり、優しく抱きしめた。
「ふぇ……」
花奈は今までの緊張が切れ、夕翔の胸に顔を埋めて泣いた。
「よしよし……」
夕翔は犬をあやすように花奈の頭を撫で続けた。
***
同棲を始めて1週間。
夕翔の寝室。
2人は向かい合って立っていた。
花奈は人型の状態だ。
「じゃあ、ゆうちゃんの体内にある卵に魔法陣を組み込むよ」
花奈は数日をかけて卵の同一人物化を防ぐ魔法陣を完成させていた。
「頼む」
「怖い?」
「全然。だって花奈は俺のこと好きなんだろ? 好きなやつを危険な目に遭わせるわけないよ」
花奈は顔を赤くする。
「ゆうちゃんに信用してもらえて嬉しい。大丈夫、私は最強の妖術使いだから」
「よろしく」
夕翔はためらいもせずに向かい合う花奈を抱き寄せ、優しく抱きしめる。
——きゃー! 嬉しくて声出そう!
この行為は夕翔から妖力を吸収するために必要なことだった。
そうとわかっていても、大好きな人に抱きしめられた花奈の喜びはこれ以上なく大きい。
花奈は余計なことを考えないように頭をすぐに切り替え、真剣な表情になる。
「じゃあ、いくよ——」
花奈は夕翔の背中に腕を回した。
両手を向かい合わせ、少しずつ手を離す。
手の間に銀色の細い糸が無数に現れ、それは複雑な魔法陣を形作っていく。
それが野球ボールほどの大きさの球体になると、金色へ変化した。
魔法陣の完成だ。
花奈はそれを夕翔の背中から体内へ挿入し、心臓にある卵を覆う。
『ミツ、定着したか確認して』
花奈は念話でミツに指示した。
『姫様、問題ございません。成功です』
『ありがとう』
「ゆうちゃん、終わったよ」
花奈はゆっくり体を離し、夕翔に笑いかけた。
「——ちょっと待って!」
夕翔は慌てて花奈から離れて背中を向け、顔を両手で覆う。
「えっ……、どうしたの?」
花奈は夕翔の反応に戸惑う。
「ゆうちゃん?」
花奈は心配になって夕翔の顔を覗き込むと……。
夕翔の顔は真っ赤だった。
——どうなってるんだ……?
夕翔は身体中が熱くなり、味わったことのない興奮を感じていた。
「ゆうちゃん、体に異常?」
「わからない……。こんな感覚は初めてだから……」
今の夕翔には抱き合っていた時の花奈の香りや柔らかい胸の感触がはっきりと体に残っており、興奮を抑えるので精一杯だった。
「ゆうちゃん?」
花奈は夕翔の手を軽く触る。
「ちょっ、待って! 触らないでくれ! それに、あんまり近づかないで!」
夕翔の顔はさらに赤くなっていた。
——はは〜ん。もしかして……。
花奈は悪戯な笑みを浮かべた。
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