第7話 呪いの原因

 

 花奈が夕翔と同棲を始めて2日目。


 リビング。


 夕翔は少し落ち着かない様子で背中越しに花奈と会話していた。

 昨日のうちに注文しておいた花奈の下着や服が届き、着替えているところだ。


「花奈、俺がここにいる意味ある? 1人でできないのか?」

『夕翔様の言う通りでございます!』


 フウも同調して花奈を注意していた。


「だって、着方がわからないもん。このブラジャーってどうやったら……難しいよー」

「俺も詳しい知り方はわからないよ。仕方ないな……えーっと……、銀色の小さなつまみみたいなものをひっかけるといいらしいぞ——」


 夕翔はタブレットで調べた着用方法を見ながら説明する。


「え? うーんと……わからないよー」


 花奈は夕翔のタブレットを肩から覗き込んだ。

 その時、花奈はわざと半裸の上半身を夕翔の背中に当て、右手に持ったブラジャーを夕翔の視界に入れ込む。


 ——これが、この世界で言うところのラッキースケベよ! 興奮して襲ってくるがいいわ!


『姫様!? なんと破廉恥な!?』


 フウは刺激が強すぎて口をパクパクさせていた。


「自分で見たら? 検索方法もわかるだろ?」


 夕翔は特に反応せず、平気そうにしていた。


 ——なんなの!? なんで興奮しないのよ! それなら……。


 花奈は前に体重をかけ、わざとこけて夕翔の前に倒れ込んだ。


 ——見なさい! この豊満な乳房を!


「あれ? 前が見えない……?」


 花奈の行動を見かねたフウは、視界を隠すように夕翔の目の前に移動していた。


『なっ!? フウ! なに邪魔してるのよ〜!』

『こっちのセリフです! 狂乱してるとしか思えない行動ですよ!』

『ゆうちゃんの呪いを暴くためにやってるの!』

『別の方法があります!』

『もう、邪魔しないでよね』


 花奈は仕方なく起き上がり、夕翔の後ろに移動した。


「はぁ……」

「花奈、何かあった? さっきこけたような……?」

「気にしないで。私の美しい裸が見れなかっただけだから」

「は? なんのことだ?」

「もういいの!」

「なに怒ってるんだよ……。とにかく、早く服も着てくれ。したいんだろ?」


 花奈はその言葉に反応し、慌てて服を段ボールから出す。

 明言を避けていたが、夕翔にとってのデートとは犬の散歩のことだ……。


「急いで着替えま〜す!」

『まったく……夕翔様は姫様に甘すぎますね』


 フウは呆れていた。


「——ゆうちゃん、もうこっち見ても大丈夫だよ」

「本当か? 騙して全裸ってことはないよな?」

「そんなことしないよー」


『さっきは上半身が裸でしたけどね……』

『フウ、黙って!』

『はいはい……』


 フウはわざと夕翔のように返事をした。


「じゃあ、振り向くぞー」

「どうぞ!」

「お……ちゃんと着れてるな」


 花奈はとろみ素材のワンピースとその上からトレンチコートを着ていた。


「うん。似合ってる?」

「似合ってるよ。年相応の服だと思う」

「その言い方……微妙に褒めてないから」

「そうか?」

「もう! 可愛いとか、綺麗とか……もっと他に言葉があるでしょ?」

「あー、なるほどね。花奈、綺麗だよ」


 夕翔はにこりと笑いかけた。

 花奈は夕翔のギャップに悶絶する。


 ——はあう!? そっけないかと思えば、急にそんな甘いこと言う!? 心臓がもたない!


 花奈は顔を真っ赤にして鼓動を早めていた。


「ぷっ、照れてる……。求めておきながら対処できてないよな」

「ゆうちゃんのいじわる! 私はこれでも純粋無垢なの!」

「悪い悪い。ちゃんとできたらご褒美あげないと。犬のしつけで大事なことだからな」

「えー! 私って犬扱いなの!?」

「当たり前だろ? 犬でもあるって花奈が言ったんだぞ?」

「むぅ」


 花奈は唇を突き出した。


「ほら、デート行くぞ」

「うん!」


 花奈は満面の笑みで返事をした。



***



 2人は手を繋いで駅前のショピングモールへ向かっていた。

 花奈は甘いスタートにウキウキしているが……。

 夕翔にとって手繋ぎはリードの代わりで、勝手にどこかへ行かないようにするための方法だ。


「あんまりくっつくなよ……」


 夕翔の意見に花奈の首に巻きついていたフウは激しく頷く。


「だって、デートでしょ? こうやって寄り添わないと……」

「少しは恥じらいを見せた方がいいんじゃないか?」

『私も同意見でございます……』


 夕翔とフウは呆れていた。


 ——これだけ刺激してもゆうちゃんは興奮しないよね……?


 花奈はミツに念話を送る。


『ミツ、呪い探索はどうなった?』

『姫様、ちょうど夕翔様の体内異常の解析を終えました。姫様が夕翔様に色仕掛けした時にのみ、それは反応を示していました』

『刺激したかいがあったわね』

『はい。それで、その原因ですが……『イツ』です』

『まさか!』


 花奈は目を見開く。

 一緒にミツの報告を聞いていたフウも驚いて目を見開いていた。


『姫様、イツが原因なら夕翔様の体の異常について説明がつきます』

『……確かに。フウの言うとおりね』


 花奈は少し俯いて考え込んでいた。


「——花奈、先に昼ごはん食べようと思うけどいい?」

「うん。あ、でもその前にあそこの公園に行かない?」

「え? さっきお腹すいたってあれだけ言ってたのに?」

「先に話しておきたいことがあるから。公園好きだし」

「まあ、いいけど」



 *



 公園。


 ちょうど昼ごはん時だったこともあり、家族連れは少なかった。

 横長のベンチが1つ空いていたので、2人はそこに座る。


「それで? 話ってなに?」

「あのね、私の小さかった頃の話を聞いてくれる?」

「わかった」


 花奈の表情があまりにも真剣だったので、夕翔は少し戸惑いながら頷いた。


「その前に、式神について説明しないといけないんだけど……。式神っていうのは、私の体の一部を媒体にして使役する精霊なの。私にしか知覚できない存在なんだけど、ゆうちゃんは私の式神の存在を少しだけ感じ取れるの」


 夕翔は身に覚えのないことを言われ、首を傾げる。

 花奈は夕翔の首にネックレスとしてかけられたイチを元の姿へ戻した。

 急に首元のネックレスが消えたので、夕翔は驚く。


『イチ、ゆうちゃんの頬を軽く突いて』

『はい、姫様』


 イチは花奈の念話の指示に従い、夕翔の左頬を右足で突いた。

 夕翔は違和感を感じてその部分を触るが、イチはするりと夕翔の手から逃げる。


「ん?」

「ゆうちゃん、何かに触れられたのわかる?」

「うん……」


 夕翔は左手をじっと見つめる。


「見えるようにしてあげる」


 花奈は夕翔の右手を両手で握り、妖力を送る。


 すると——。


「あ……」


 夕翔の目の前にイチがふわふわと浮かんでいた。


「この小さい犬が、式神?」


 イチは頭を下げて挨拶した。


「そうだよ。ゆうちゃんの首にかかってたネックレスに変身してたの」

「あ、花奈の首にも巻き付いてる」


 フウも軽く頭を下げた。


「なんだ。やっぱり普通のお守りじゃなかったんだな」


 花奈が手を離すと、夕翔の目の前から式神が消える。


「あ、見えなくなった」

「私には4体の式神いるの。本来なら、私が妖力を送ったくらいで式神は見えないんだよ」

「どういうこと?」

「ゆうちゃんの体内には、私の式神の卵があるから——」

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