7.「合成花は植物じゃないんだろ?」

「嘘」

「嘘じゃないです。あれは、合成花なんです。マスターが作った花です。この地で、わたしたちが作った、合成花なんです」

「そんな馬鹿な。俺、どう見ても本物の花にしか見えなかった」

「俺も一応見たけど、本物に見えたぞ……」


 ええ、とシファはうなづいた。


「そう見えるはずです。それこそ、専門の方がそれなりの見方をしない限りは判らないはずです」


 藍地は三人のやりとりを聞きながら、こめかみにシワを寄せて、合成花と生花の違いについての記憶をひっくり返していた。

 合成花は、元々は地球上の、寒冷地で植物の少ない地域、または乾燥地で花や観葉植物の育ちにくい地域、また海上都市といった所等に、生花の代わりとして開発されたものとされている。

 正確に言うと、それは「つくりもの」ではない。一応生物には違いないのだ。ただ、その元々の花とは、祖が違うのだ。合成花は、植物ではなかった。合成花は、動物の一種なのだ。

 「フォロウ」と呼ばれる生物がある。藍地があるルートから聞いたところによると、それは元々生物兵器の一種だった「デザイア」という生物が、実験中に突然変異を起こしたものらしい。

 偶然生まれたそれは、繁殖率がそもそもの植物よりも恐ろしく速く、そして「花開いてからは」、その見かけの形を生花より長く保つことから、地球外に持ち出され、あっという間に、生花よりもずっと価格も下がって、一般市民の間にも広まって行った。

 ただ、それには難点もあった。本物の生花に比べ、どうしても見た目には劣るのだ。その色の鮮やかさや大きさ、花びらの形や巻き方といったものが、やはりやや違う。

 そしてもう一つ。動いている人にはまず判りはしない程微かにだが…… それは、自分で動くのだ。

 それが気持ち悪い、と思う程敏感な、そして裕福な人々なら、まず手は出さない。

 だから、確かに合成花は広がりはしたし、地球外惑星に流れた裕福ではない人々に愛された。

 その反面、生花の価値がどんどん上がって行って、庶民の手にはなかなか届きにくいものとなってしまった。


「マスターは、地球で、合成花の当初の開発メンバーでもありました。中心でした」


 つまり藍地の記憶の中では、彼女のマスター…… クム・ダールヨン博士は、合成花の開発よりは、それ以前の生物兵器の開発者としての方が大きかったのである。新聞記事にしても、氏については、合成花よりはそちらの面をクローズアップさせていた。

 だがシファにとってはそうではなかったらしい。


「マスターの夢だったんです。地球の、何もかも枯れ果てた大地を花や草木で埋めることが」

「だけどシファ、合成花は植物じゃないんだろ? 確かに形はそうだし…… そりゃ確かに、自発的に動くことは少ないし、地中に根みたいなものを張って生きられるけど…… でも、動物だ」

「植物だって動きます。ただ人間はそれをじっと待っていられないだけで」

「いやそうではなくて」


 視点が違う、と藍地は言葉に詰まった。


「それに、似ているけど違う、というのなら、わたしたちだってそうです…… 確かに人間のような形は持ってるし、同じようなことはできますけど…… でも人間ではありません。他の動物より、ずっと人間からは遠いものです」

「そう思うの?」


 不意にハルは訊ねた。いつものあの、重力の無い声で。

 ええ、とシファはきっぱりと答えた。



 また夢の中だ、と彼は思った。

 

 闇の中、桜の花だけが、浮かび上がっている。花びらを散らしている。ゆっくりと。

 やはり音も無い。風もない。

 だが。

 彼はゆっくりとその場から足を踏み出す。素足の底には、冷たい花びらの感触がある。

 この間とは、違う。

 降り積もる、花びら。大きな桜の木。見上げると、空一面をその腕で抱き留めるような、その木の根本で、誰かが静かに泣いている。

 降る花びらの、うずたかく積もったその上で、それを抱きしめるようにして、声も立てずに、誰かが泣いている。

 誰だろう、と彼は思った。誰が、泣いているのだろう。

 彼はゆっくりと近づいていく。冷たい感触の花びらが、ざわりと足下で動いた。

 見覚えがある。

 見覚えのある背中、肩の線、髪の揺れ。


「……おい」


 それは、振り向いたような、気もした。

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