出会い

 身体に強い衝撃を受けた。ガタガタとKKKSが揺れている。

 外を見ようとしても、ガラスに細かいヒビが入って何も見ることができない。

 こんな状況でも、濡羽は相変わらず平然としている。

「なあ濡羽、何が起きてるか分かるか、これ」

「いや分からないよ。ずっと一緒にいた相手に聞くことじゃないって。でももしかしたら」

「もしかしたら?」

「この間銀朱が言ってた、反乱? みたいなのが起きてるのかもね」

 再度、強い衝撃が走った。振動でガラスが割れる。飛び散るガラスは日の光を浴びて輝いていて、とても美しかった。

 銀朱は咄嗟に自分の身を守った。

 それを見て濡羽はふっと笑った。

「俺を守ってくれはしないんだ?」

「いやだって、俺にはもう、そういう考えがないから……。つうか自分で守れよ」

「それは無理だね。俺にはこの状況がやばいと思うことができない。分かるでしょ?」

「……なあ、せっかくだし、ここを出よう。そして逃げよう。捕まらないところに」

「……銀朱がそうしたいなら、そうするよ」

 箱を出て、まっさきに目に入ったのは、血を流している馬だった。この馬は、先ほどまで2人を乗せたKKKSを引いていた馬のはずだ。

「わあ、血まみれだ。気持ち悪い」

「おい、濡羽、周りを見ろ」

 銀朱に激しく肩を揺すられて、濡羽は視線を馬から引きはがした。

「えっと、これの人たちは?」

「軍人だよ、軍人。と、あとは……感情欠落者?」

「わああ、戦争だ! 戦争だよ銀朱! すごいなあ」

「すごいとか言ってる場合じゃねえよ」

 朱殷色の制服は軍人のあかしだ。朱殷色は時間のたった血の色と言われていて、返り血を隠すためにこの色で作られたらしい。

 颯爽と歩く軍人の足元に、多くの死体が転がっている。その死体の手の甲には「感情欠落者」という文字が刻まれている。

 気が付いたら、銀朱は駆けだしていた。ここにいては殺される、その考えが体を動かした。

 その後を濡羽が追う。銀朱が逃げたということは、自分も逃げるべきなのだから。

 銀朱には自分を守ることしかできない。他人を守ろうという考えがない。自分の行動で他人がどうにかなっても何も思わない。

 濡羽は危機を察知することができない。やばい、怖い、といった考えがない。だから自分の身を守れない。銀朱が逃げるということは、自分も逃げた方がいい。それは、銀朱と出会って一番最初に覚えたことだった。


 古びた路地裏。レンガが崩れているところもあって、基本的には誰も近寄らない、そんな場所。そこに2人は逃げ込んだ。

 誰もいない場所に1人、少女が横たわっていた。朱殷色が破れて、肌色が少し除いている。

「えっと、この子も軍人?」

「そうだな」

 小声のはずの会話が、少女の耳に届いた。

 少女はゆっくりと身を起こすと、2人を頭からつま先までじっくりと見て、のちに手の甲を見た。

「感情、欠落者」

 小さな、鈴の音のような声。

 ぼんやりとした瞳は動かない。

「俺たちを殺すの?」

 長い沈黙。

「ううん、殺さない」

「でも、お前ら軍人は感情欠落者を殺してるんだろ?」

「……そうだけど、でも別にいいの。どうでも、いいの」

「もしかして、君も実は感情欠落だったり?」

「違う。けど、似たようなもの。人より感情が薄い。でも、感情欠落者ではない。だから、本物のそれより、タチが悪い」

 少女は一度、瞬きをした。

 開かれた目は、2人の顔を捉えていた。

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