第10話

 拘束から解放された私は、ボートから孤島を眺めていた。


 すると小さく、こちらに向かってくる影をいくつか確認した。


「仁兄」


 私は仁兄を呼ぶ。やってきた彼は双眼鏡でそれを確認した。


「一峰だ」


 仁兄は呟いた。影は徐々に大きくなっていく。やがて肉眼でも視認できるようになり、私は龍とアイズの隊員達がジェットスキーに乗り、追って来ていることを確認した。


 距離はさらに縮まって、敵は私たちのボートの後ろについた。


「葵を差し出してください。さもないとボートを沈めますよ」


 龍が仁たちに言った。


「あらあら。それは困りますねえ」


 瑛里華が言う。


「そうなれば、私たちは抵抗しなくてはなりません」


 そして彼女は剣を抜いた。限りなく細い刀身。レイピアだ。


「そうですか。残念です」


 龍は片手を挙げた。


「撃てぇー!」


 瞬間。喧しい程に銃声が鳴り響く。そして高速で銃弾がこちらに向かってくる。


「うふふ」


 ほぼ同時に、瑛里華はレイピアを振る。それはまるで、オーケストラの指揮者の如く優雅だった。彼女はそれで銃弾を弾いているらしい。敵からの乱射は止まらないが、ボートは一向に被弾していない。


「凄いな。芸術的だ」


 龍はそう言って、刀に手を添える。


「これをどう防ぐのか、楽しみで仕方がないっ!」


 瞬間。龍の乗るジェットスキーから爆発音が響く。見ると大量の水が上空に打ち上がっていた。そしてその大量の水に紛れて、ジェットスキーに乗った龍が宙に浮いていた。


 これは見覚えがある。2年前、私たちが高速でバスを飛び越えた時と同じ原理。爆発を起こし、爆風で宙に浮いたのだろう。


 ジェットスキーとそれに乗る龍は、その勢いのまま私たちに飛んでくる。


「あらあら。凄い無茶をするのね」


 瑛里華はそれでも、楽しそうに言う。そして唐突に、何の予備動作もなく彼女はジャンプした。もの凄い勢いでジャンプした瑛里華は、飛んでくる龍に真っ直ぐ向かう。


 瑛里華とジェットスキーが衝突するその瞬間。瑛里華は身を捩ってジェットスキーの側面ギリギリを通り過ぎていく。その途中で彼女の両足は側面をしっかりと捉え、そして押すように踏み込んだ。


 するとジェットスキーは私たちが乗るボートから軌道を逸らす。龍はそれを察知して、他の隊員が乗るジェットスキーに飛んだ。一方で瑛里華はジェットスキーを蹴った勢いで、敵が乗るジェットスキーに飛んでいく。


「申し訳ありませんが、私にその席を譲ってください」


 瑛里華はその勢いのまま操縦者を蹴飛ばして海に落とし、ジェットスキーを奪った。同時に、瑛里華に蹴飛ばされ、龍に捨てられたジェットスキーは、私たちが乗るボートの近くに着水。再び盛大に水しぶきを上げて、沈んでいった。


「凄い。今の攻撃を一人で防いじゃった」


 私は驚きを隠せないでいた。


「当たり前でしょ、葵。私たちの、隊長だったんだから」


 雫姉ちゃんが自慢げに言った。


「鬼道院を狙え!」


 龍が号令を掛けた。残りの敵が一斉に瑛里華に照準を合わせ、発砲した。しかし瑛里華の運転で攪乱され、さらに不安定な足場ということもあり、瑛里華が乗るジェットスキーには中々当たらない。


 やがて瑛里華は敵の一人に近づいた。すると彼女は乗っていたジェットスキーを乗り捨て、敵に向かってジャンプした。


「ふふ、すいません♪」


 笑顔で謝罪しながら、操縦者を海に落とす瑛里華。中々サイコパスだ。


 瑛里華は次にジェットスキーを急旋回させた。私たちが乗るボートの進路から逸れた為、敵と瑛里華の距離は遠ざかっていく。


「よいしょっと」


 かと思えば、瑛里華は体重移動でジェットスキーを前のめりにさせた。ジェットスキーの先端付近が水面に浸かる形となっていて、あのままでは沈んでしまう。何をする気だろう。


「はい、ポチッとな♪」


 遠くにいる瑛里華が、にこやかにそう言った気がした。


 その瞬間、彼女の方から爆音が響き、大量の水しぶきが上がった。先ほど龍が使用した機能を、今度は瑛里華が使用したのだろう。瑛里華が乗るジェットスキーは、猛スピードでこちらに向かってきた。海面を抉る形で直進するそれは、水しぶきどころか小さな波を発生させており、彼女が通り過ぎた軌道付近にいた敵達は、皆バランスを崩して転覆していった。


 そして瑛里華は龍の最後の部下を海に落とし、ジェットスキーを再度奪う。これで残る敵は、龍一人となった。


「残りはあなた一人ですね」

「ええ。そのようです」

「一旦、退いたらどうです? 戦略的撤退という判断も、時には必要でしょう?」

「何を今更。僕一人撤退して、戦略も何もありませんよ」

「ふふ。そうですか。では、旧アイズ隊長VS新生アイズ隊長という訳ですね」

「ええ。さて、どちらが強いのでしょう……」


 龍は全身に力を入れたようだった。


「ねっ!」


 そして、思い切りジャンプをした。衝撃で龍が乗っていたジェットスキーが沈んでいく。龍は瑛里華が乗るジェットスキーに一直線に進む。


「本当に無鉄砲な方。葵さんの好みは変わっているわね」


 アイの所為で飛んだ風評被害だ。


 瑛里華は、レイピアを水面に付ける。


「思いつきなのだけれど、上手くいくかしら」


 そう言った瞬間。瑛里華はレイピアを振り上げた。するとレイピアが浸かっていた場所から、海面が割れていく。まるで衝撃波が突き進んでいるようだった。


 何ということだろう。水を利用した、飛ぶ斬撃だ。アニメの世界のようだ。


「なるほど。ではこちらは、もっと豪快にっ!」


 龍は刀をしまう。彼は空いた両手を組み、そして勢いよく海面を叩いた。


「なっ!?」


 隣にいる雫が、そんな声を挙げた。化け物染みた彼女の感覚でも、それは馬鹿げた芸当だったらしい。


 龍が思い切り海面を叩き付けると、その衝撃で巨大な波が発生したのだ。そしてその波は自然発生したものよりも小規模だったが、猛スピードで瑛里華に向かっていった。先ほど瑛里華が放った衝撃波なんて、その波に飲み込まれて消滅してしまっていた。


「あらあら。これは流石に困ったわね」


 波は急速に大きくなっていった。私たちの頭上よりも遙かに高くなった波は、瑛里華どころか私たちのボートさえ飲み込める程となってしまった。


「こんなの、爆発でも起きなきゃ……」


 私は呟いた。


「あら、それは名案ね」


 瑛里華はそう言った途端、彼女は何と波に向かって行った。


「瑛里華っ! 何をっ!」


 仁兄が叫んだ。しかしその時にはもう、瑛里華は波に飲み込まれる寸前だった。瑛里華が乗るジェットスキーは、波に覆い被さるような形となる。機体は90度傾いて、あと少しで転覆してしまう。


「発光セヨ」


 私は確かに、瑛里華がそう言ったのを聴き取った。


「発光セヨ!」


 瞬間。瑛里華のジェットスキーが爆発を起こした。炎が上がったのも確認した。恐らく先ほどまで利用していた、爆風による移動の機能だろう。もしかしたら、その燃料を直接起爆したのかも知れない。ともかく巨大な爆発によって、波は消滅した。



「これぞ真愛の閃きナリ!」



 そして上空から、瑛里華の声が響く。自らを爆風に乗せて、飛んだのだろう。


「仁っ!」


 落下しながら、瑛里華は仁兄の名を叫んだ。すると仁兄は、私から離れてボードの端まで走った。



「瑛里華ぁあああああああっ!」



 まるで雄叫びのようだった。仁兄はそして、天高く手を掲げる。


 やがて彼は、まるで抱きしめるかのように瑛里華を受け取ったのだった。

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