第5話

 ヘリで直進している為、アイの塔まで然程時間は掛からなかった。


「さーて、仁」

「おう」


 蛍の呼びかけに、仁は用意をし始めた。取り出したのは、何とロケットランチャーだ。


「まあこれでぶっ壊れてくれたら、楽なんだけど」


 仁はそう言いながら、躊躇いなくそのロケットランチャーを発射した。ブシュウと白い煙を上げて、聳え立つアイの塔に向かうロケット弾。やがてそれはアイの塔に直撃した。


「うっわ。やっぱり傷一つ付かないのね」


 蛍の言う通りだった。アイの塔はロケット弾が直撃したにも関わらず、瓦礫一つ落ちなかった。


「じゃあ計画通り、内側から破壊しましょう。こいつを連れてきて正解だったわ」


 蛍が言う。しかし、やはり順調という訳にはいかないようだ。


「ヘリが近づいてきてる」


 葵が言った。私は窓から様子を確認する。確かに私たちの後方に、敵のヘリが追従していた。


「ふふ。きっと望ね」


 瑛里華様が言う。私も同感だ。


『警告だ。今すぐ投降しろ。さもないと、死ぬことになる』


 やはり望の声だ。


「おいおい。こっちには大事な人質がいるんだぜ」


 仁が言った。


『瑛里華様。ご安心を。ヘリが落下し始めましたら、すぐに飛び降りてください。私たちが救出致します』


 難しいことを平然と言う望。しかし彼女なら難なく成し遂げることだろう。


「まずいな。完全に後ろを取られている。このまま撃たれたら避けようがない」


 仁が言った。さすがにこの高さで墜落してしまったら、いくら私と言えど救いようがない。瑛里華様も然り。


「雫。カバーできるか?」


 仁が言った。恐らく高速で茜と対峙した時と同じことをやれと言っているに違いない。


「無理よ」


 私は答えた。機体の上にはヘリの羽がブンブン回っているのだ。


テールローター機体尾部にある小さな回転翼付近に掴まれば良い。何とか相手の機体に接近するから、飛び移って始末しろ。雫なら、やれるだろ」


 仁の言葉に、私は絶句した。


「覚えてなさいよ、仁」


 私は憎しみを込めて言った。


『早くしろ。これ以上待たせるなら、すぐに墜落させる』


 望の声が響く。選択肢は無いようだ。


 私はアサルトライフルを受け取ると、ドアを開けて上手い具合にテールローター付近に移動した。細長い部位に、私は跨がる形で重心を固定する。


 ヒュンヒュンと頭部のすぐ上付近を、メインの羽が通り過ぎていく。すぐ目の前にはテールローターの羽が高速で回転している。衝撃で座る場所がずれたり、振り落とされたりしたら顔が吹き飛ぶだろう。スリル満点どころの話じゃ無い。


『死ぬ覚悟が出来たようだな』


 私の姿を確認したのだろう。殺意が込められた望みの声が響く。


 もう、やるしかない。


 私は片手に持ったアサルトライフルで乱射した。バランスが悪く、空中ということもあって銃弾は相手の機体に当たることはなかった。しかし威嚇にはなったようで、相手は直線上からずれるように移動した。


 これで良い。真後ろからの攻撃は私でも防ぎようが無い。


 しかしまだ後ろを取られている。敵は備え付けのミニガンにて発砲してきた。オレンジ色に太く発光しながら、弾丸は私たちが乗るヘリ付近を通り過ぎていく。その内の一つが、丁度私がいるテールローター付近に直撃しそうだった。


 防ぎ切れるか。


――ガキィインッ!


 私は刀を振って迫り来る弾丸を弾く。柄を握る手から凄まじい衝撃が伝わってきた。


「このぉっ!」


 私は力を振り絞る。すると弾丸はようやく軌道を逸らし、機体ギリギリを掠めていった。


「これを捌くのは、一発が限度ね」


 幸い、ヘリの運転によって上手い具合に弾道を逸らしている。私が連続して捌くことは今のところなさそうだ。


 しかし、敵との位置関係はそうそうに覆すことが出来ない。こちらのヘリにもミニガンは搭載しているが、後方に撃つことが出来ないのだ。よってこのままでは防戦一方である。


「雫! 聞こえるか!」


 仁が窓から顔を出していた。


「このままじゃキリがない。減速するから、敵の真正面から飛び移れ!」

「はぁ!?」


 あまりに無謀な提案に、私は発狂気味に声を挙げた。


「嘘でしょ!? そんな無理に……」

「いくぞ!」


 有無を言わせず、ヘリは減速し始めた。敵はここぞとばかりに後ろに付く。それを確認すると、今度は私が飛び移ることを考慮して高度を上げた。


 こうなったら、ミニガンで撃ち始める前に行動に移った方が良い。敵との高度に差が出ているのを確認すると、私は即座にヘリから離れた。


「くぅううっ!」


 あまりの風圧に私は呻く。思わず足下を見てしまった。今、私を支えるものは何もない。これが失敗したら、私は死ぬ。


 ただ、高度差によってミニガンから撃たれることはなさそうだ。


「血迷ったか、雫!」


 そんなことを考えていると、望がヘリから身を乗り出していた。彼女はアサルトライフルを構えている。


「死ね! 雫!」


 なんて無情な女だと、私は思った。


 そんなことより、この状態で捌き切れるか。


 すぐに望による乱射が開始された。無数の弾丸が、私に目がけて高速で飛んでいく。


「あぁぁあああああああっ!」


 私は言葉にならない声を挙げた。もう、やるしかないのだ。


 私は抜刀した。その勢いで迫り来る弾丸の一つを弾く。そして手早く、もう一つを弾く。


 しかし、やはり捌けなかった。弾丸の一つが私の刀をすり抜け、頬を掠めていく。さらにもう一つ、今度はふくらはぎを掠めていった。


「く、くぅ!」


 捌ききれない弾丸が増えてくる。当然だ。今は飛び移っている最中。時間が経てば経つほど、相手との距離は近くなる。距離が近くなれば、命中精度も上がってくる。


「がはっ!」


 ついに弾丸が脇腹を貫いた。致命傷には至らないものの、あまりの激痛に私の剣捌きはさらに鈍くなる。


「ぐ、はっ!」


 そうなるとさらに裁けない弾丸が増える。腕を掠め、太ももを掠めていく。


「でも、ここまで来た」


 軌道は問題なし。敵との距離も充分。やるなら今だ。


 私は仁から受け取ったものを取り出した。その隙が弾丸をさらに弾き漏らして、四肢の肉をえぐっていったが、もうこの際関係ない。


 片手で剣を振りながら、私はそれのピンを口で抜き、そしてレバーを押しながら投げつけた。


「なっ!?」


 望の驚いたような声が聞こえた。彼女のそんな声を聞いたのは、いつ以来だろう。


 銃撃が止んだ。私も目を瞑り、耳を塞ぐ。


「発光セヨ、発光セヨ!」


 ついでだ。無事を祈ろう。



「これぞ真愛の閃きナリ!」



――バァアアアンッ!


 強烈な炸裂音と、閃光が周囲に迸った。スタングレネードだ。


 そして私はランディングスキッドヘリの足部分の片側を何とか掴んだ。


「やった!」


 思わず私はそんな言葉を漏らした。まさに命掛けのジャンプを成功させたのだ。仕方が無いだろう。


 そのまま懸垂の要領で、よじ登った。そして入り口のドアの窓ガラスを覗く。


「雫……!」


 望と目が合ってしまった。いち早くスタングレネードの存在を確認した彼女は、被害を免れたようだ。


「やばっ!?」


 望がすかさず銃を向けたので、私は思いきり仰け反る。すぐに発砲音が響いて、窓ガラスが割れ、銃弾が通り過ぎていった。


 私は最後のスタングレネードを取り出し、ピンを抜いて、レバーを握る。


「これで止め……!」


 それを割れた窓から投げ入れた。そしてすぐに目と耳を塞ぐ。程なくして先ほどと同じ炸裂音と閃光が機内を駆け巡った。


 私は機内に侵入した。中には蹲っている操縦者と、望の二名がいた。どうやら、決着が付いたようだ。


「――!?」


 私は訳も分からないまま、床に倒れた。失明して動転しているはずの望が、私を取り押さえてきたのだ。


「油断したな。雫」


 望の冷淡な声が響く。


「どうして。狭い密室じゃ、いくら手で塞いだところで……」

「ああ。今も耳鳴りが酷い。頭もぐらつく。だが、目は見える」


 なんて奴だ、と私は内心で愚痴った。


「さて。こうなったら最早、殺す必要も無い。こちら側に戻るというなら、拘束を解こう」


 望の提案に、私は心が揺れる。身体は完全に拘束されている。相手が望なら、尚のこと解くのは難しい。身体に負った傷も深い。


――雫。


 好きだったあの人の言葉が、脳内に響いた気がした。彼の幻影が見える。それが遠ざかっていく。そんな気がした。


「嫌……」


 私はただ、否定した。


「雫。冷静になれ。お前もアイのお告げによって、時期に婚約者が決定される。そうなれば、きっとお前も幸せになれる」


 そんなの、無理だ。


「望、ごめん。私は、あの人じゃないと幸せになれない」


 私は、そして涙を流した。


「無理なんだ。望と戦っていた時も、あの人の声がチラつくの」


 しくしくと、情けなく泣いてしまう。


「雫……」


 望の表情が歪む。苦しむ仲間の姿に、ようやく心を動かしてくれたらしい。


「わかった。だが、仲間になれないというのなら、気絶させるしかない」


 望は手を振り上げた。ああ、その判断は実に望らしい。


 私は覚悟を決めて、目を閉じた。


「な……!?」


 瞬間。ぐらりと機体が傾いて、望が驚いた声を挙げた。スタングレネードで平衡感覚を失っていた望は、その傾きで呆気なく私の拘束を解いてしまう。


 それを感覚で感じ取った私は、すぐさま目を開いて、彼女を押し退けた。


 無様に尻餅をつく望。私は彼女に銃口を突きつけた。


「はは。私も運が無いな」


 望は情けなく笑う。私はそして、彼女を気絶させた。


 傾き続ける機体を案じて、私は操縦席を見る。操縦者は先ほどのスタングレネードで気絶していたらしい。


 操縦者をどかして、私が操縦席に座った。ヘリの運転は訓練で習っていた。


 機体を持ち直すと、外の状況を確認した。仁たちはどうやら、私を置いて先へ行ったみたいだ。薄情だが、まあ、それが正しい判断だろう。


「ふう。私の役目も終わりかな」


 私は一息ついたのだった。

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