第4話

 車内に移動すると、リアガラスが粉々に砕けていた。絵里香様の拘束は完全に解けている状態だ。


「瑛里華様。その、何と申し上げたら……」


 私は言葉に詰まる。私を助けてくれたのは恐らく瑛里華様だ。彼女は隊の隊長も務めている。実力は私たちと同程度にある。


 しかし私は瑛里華様を攫っている身。彼女に助けられる義理はない。


「ふふ。良いのよ雫。助けていなかったら、あなたは死んでいたんですもの。あなたは部下である前に、大切な友人。友人を無くす訳にはいかないわ」


 瑛里華様はそう言って微笑んだ。屈託のない笑顔。私の良く知る瑛里華様で、とても彼女らしい。


「助けたついでに、この車から脱出すれば良かっただろう。何故、そうしなかった?」


 仁は瑛里華様に銃口を向けながら、そう尋ねた。彼の言うとおりで、瑛里華様には実力がある。拘束が解ければ、この場を切り抜けることが可能だったはずだ。


「ふふ。だって、あなたと離れてしまうのは、悲しいわ」


 予備の手錠を掛けられ、銃口を向けられても尚、仁を誘惑する瑛里華様。そのマイペースさも、彼女らしかった。


「仁兄から離れてよ」


 冷淡な声が響く。葵だ。


「あら、ごめんなさい。でもね、アイによると、私と仁の相性は抜群なのよ」


 瑛里華様はのうのうと言った。半分は面白がって言っているに違いない。こういう正確には、中隊長の私たちも散々困らせられた。


「ねえ仁? 妹さんではなくて、私の処女膜をぶち抜いてくれませんか?」


 瑛里華様が言い寄る。


「あまり調子に乗るなよ」


 銃口を力任せに絵里香様の喉元に突き立てた。しかしそうは言うものの、仁の頬は赤い。ただでさえ瑛里華様は並外れた美貌を持っているうえ、アイによって相性抜群と出ている。仁も確固たる意思を持っているはずだが、それでも揺らいでしまうのだろう。


 葵はきっと、気が気でないはずだ。





 やがて高速から、やたら小綺麗な工業地帯が見えてきた。そしてその中心にそびえ立つ、大きなタワー。高さは777メートル。東京スカイツリーよりも高いあのタワーが、アイのメインシステムそのものだ。


『関西地域のアイの塔が破壊されたようです。ご覧下さい。周囲は轟々と炎が上がっており、塔の残骸によって……』


 車に内蔵されているテレビに、そんな報道が映し出される。


「あらあら。予備の塔が破壊されちゃったのね」


 瑛里華様が驚いた様子で言った。アイのシステムを担っているアイの塔は、東北、関西、そしてメインの関東で分散されていた。しかしエメラルドファイアの人たちが、関東を除くアイの塔の破壊に成功したようだ。


「その通りよ。あとは関東のアイの塔だけ。でもここはメインだけあって、あなたしかセキュリティを突破できない。だからあなたを攫ってきたの」


 蛍が勝ち誇ったように言う。


「ふふ。なるほど、周到に計画しているみたいですね」


 しかし瑛里華様は、やはり余裕そうに言う。


「しかし、関東には恐らく望が待ち構えています。一応、中隊長の中でトップクラスの実力を持つ、彼女が」


 瑛里華様の言う通りだ。果たして今の私に、望を退けるだけの力があるかどうか。


 それに望は茜にあった甘さが一切無い。茜が私を追い詰めたとき、茜は私の命は助けると言った。もしあれが望だったら、あの時に私は死んでいただろう。望と仲が悪い訳ではなくて、彼女はそういう人なのだ。


「確かに、彼女に遭遇したら苦戦するでしょうね」


 蛍は言った。


「遭遇したらの話だけど」


 その時、上空からバタバタと特殊な音が響いた。車窓から空の様子を確認すると、一台のヘリが私たちの乗る車付近を飛んでいた。


「どうせ検問があるだろうし、ここからは車を捨ててヘリで行くわよ」


 蛍の指示通り、私たちはヘリに乗った。

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