第6話

「動くな」


 目の前には、大勢の敵がいた。俺は人質を拘束し、銃口を突きつけて、そいつらを退かせていた。


 敵が全員、扉の外側に移動したのを確認すると、妹の葵を見た。


 葵はパネルを操作して、扉を閉め、ロックを掛けた。


「これで一先ずは安心っと」


 蛍が言った。


「雫姉さん。大丈夫かなあ」


 葵が不安げに言った。


「大丈夫だよ。無事にヘリに乗り移っていたのを確認したんだ。後は勝とうが負けようが、死ぬことなんてないさ」


 俺は慰めるように言った。


「さて、先を急ぎましょう」


 蛍の言葉に従って、俺たちは先へ進む。そして辿り着いたのは、今までとは比べものにならないほどに厳重そうな部屋の扉。


「ああ、なるほど。内側からどうやって破壊するのかと思ったのですが、そういうことですね」


 鬼道院が言った。


「ふふ。お察しの通りよ。アイの膨大な動力は、ここで自家生成しているのは調査済み。そして、エネルギーは大きければ大きいほど、爆発も大規模になっていく」


 蛍が説明した。そしてこの扉の先には、まさにその膨大なエネルギーを大量に生成し、大量に保存している部屋がある。俺たちはそこを利用して、強力な爆発を発生させる計画だ。


「さて。じゃあ、この扉のセキュリティを解除してもらおうか」


 俺は鬼道院をセキュリティの前に立たせた。


「ここまで来たんだ。もう決着はついた。これ以上抵抗するなら、お前を殺さなくちゃならない」


 俺の言葉に、鬼道院はくすりと笑う。


「ええ。良いですよ」


 そして、あっけらかんと答えたのだった。


「随分、あっさりとしているんだな」


 俺はそう口にして、余計な一言だったと後悔した。


「まあ、私にとってアイはただの実験でしたから」

「何ですって」


 鬼道院の言葉に、蛍が食い下がった。


「これを導入したら、世の中はどう変わるのか。人々はどう反応するのか。ただの興味本位だったんです」


 鬼道院を除く、その場にいる誰もが絶句した。そんな動機で、世の中は変わってしまったのか。そんな動機で、俺たちは苦悩してきたのか。


「ですが、あなた方の戦っている姿を見て、大変反省しました。アイによって幸せになる人が増える一方で、不幸にしてしまった人たちもいた。私は決して、そんなつもりはなかったんです」


 鬼道院は、悲しそうに俯いた。


「アイによってあなた方の生き方を邪魔しているということを、茜と戦う雫を見て痛感しています。いえ、本当は見て見ぬフリをしていました。彼女が苦しんでいることを、私は知っていたのですから」


 そして彼女は俯いていた顔を上げる。そこには彼女らしい、笑顔があった。


「ですから協力致しましょう。私も反逆者に破壊されたという体裁があれば、表向きは都合が良い。政治家の方々の説得も面倒ですし」


 彼女はセキュリティパネルを操作した。


「まずは暗証番号を入力します。次にセキュリティカードをかざし、網膜認証を済ませ、そして指紋認証を終えて、完了です」


 するとガシャン、ガシャンと重々しい音が響く。程なくしてプシュウと気体が抜けるような音と共に、扉が開いた。





 動力源に爆弾を設置した俺たちは、次にシステムを操作する部屋へ移動した。万が一、爆発によってシステムがダウンしなかったことを考慮して、システム側から予め機能をシャットダウンするのだ。


 その部屋も、動力源があった部屋と同様のセキュリティがあった。鬼道院は同じ要領でセキュリティを解除し、扉を開ける。


 そこは所謂、コントロール室のような部屋だった。沢山のディスプレイが並び、沢山の入力デバイスが設置されている。


 鬼道院は椅子に座ると、入力デバイスを利用して操作を開始した。


「シャットダウンをする直前に、最後の確認を皆にしてもらえる?」


 蛍が言った。


「ええ。わかりました」


 やがて、画面には小さく ”イエス・ノー” の問いが表示された。


「さて、ここでイエスを押せば、シャットダウンです」


 鬼道院がそう告げた。


「そう。分かったわ」


 蛍はそう言うと、懐から銃を取り出す。そしてあろうことか、鬼道院の頭にそれを突きつけた。


「蛍? 何をしているんだ?」


 俺が蛍に言ったと同時に、俺にも銃が突きつけられた。


「あ、葵。何の真似だ」


 俺に銃を突きつけたのは、何と葵だった。


「仁兄。よく考えて。アイを破壊したところで、私たちは子供が産めないんだよ」

「それは……」


 葵の言う通りだった。近親交配は様々なリスクが伴う。だからこそ法律で禁じられている。

 

「俺は子供が産めなくとも、一緒に住んで、一緒にいるだけで良かった」


 たとえ近親の結婚が法律で禁じられていようと、同居という形で結婚と同等の生活は可能だ。

 

「そんなの絶対に嫌。私は子供が欲しいの。仁兄の、子供が欲しい」


 葵の言葉に、兄である俺は強い意志を感じ取った。

 

「具体的に、どうするつもりだ」


 俺は尋ねた。

 

「国を取るのよ」


 代わりに蛍が答えた。俺はその内容に、思わず戦慄する。

 

「なんだって」

「アイを利用して国を取るの。そうすれば葵ちゃんの願いは叶う。国が総力を上げて、医学に力を入れさせるの。禁止されている人体実験に積極的に取り組めば、きっと急速に医学は発展するわ。医学が発展すれば、近親交配の研究も進むはずよ」


 俺は絶句した。蛍は本気でそれを言っている。

 

「蛍さん。あなたの目的は何かしら。今のは葵さんの目的よね」


 絶句している俺をよそに、瑛里華は尋ねた。

 

「私の目的も同じよ。国を上げて医学に取り組ませる。そうすればきっと……」


 その時の蛍の表情は、あまりに下劣で、見るに耐えないものだった。


 

「死んでいった私の恋人も、生き返る日が来るかも知れないじゃない」



 俺はその言葉を聞いて、ようやく理解した。アイを破壊したところで、葵は子供を産めない。アイを破壊したところで、蛍の好きだった人はもういない。この場にいる誰もが、アイを破壊したところで報われないのだ。

 

 何でこんなことに気が付かなかったのだろう。

 

「仁。今一度お願いするわ。私たちに協力して」


 蛍が俺に言う。

 

「俺は、ただ葵と二人で触れ合えるだけで良かった」

「アイを破壊しなくたって、それは可能だわ。エメラルドファイアの隊員だけを、例外に設定すれば良いんだもの」


 俺は押し黙った。

 

「私は気に入りませんね」


 鬼道院が明言した。


「アイによって、沢山の人々が救われた一方で、少数の人たちが苦しんでいた。蛍さんたちがやろうとしていることは、それと同じです。人体実験によって医学は確かに発展するでしょう。それによって、多くの人たちが救われます。人体実験に利用された人々やその親族を除いて、です」


 鬼道院の言葉は、確かに最もだった。


「そもそも、少数が犠牲になるわけじゃないわ。大多数が、犠牲になるのよ」


 蛍の言葉が、俺には理解出来ない。


「技術力の発展速度は、不要な人物を間引けばさらに上がる。例えば、優秀な人の邪魔をする奴は、この国には要らない」

「そんなことをする必要があるのか?」


 俺は言った。


「あるわよ。近親交配も、人を生き返らせることも、全て私たちが生きている内に実現しなくちゃ、意味がないもの」


 そうか。だからこそ蛍は急いでいるのだ。彼女の言うとおり、生きている内に実現させなければ、意味が無いから。


「ふふ。話にならないわ」


 鬼道院はそう言って笑った。


「あらそう。別に良いわ。あなたはもう用済みだし。むしろ、あなたの所為で私の恋人は死んだの。協力しないというのなら、喜んで殺してあげるわ」


 蛍は突きつけていた銃口を、さらに押しつけた。

 

「どう? あなたには利用価値があるわ。考えが変わったというのなら、生かして上げても良いのよ」


 蛍は言った。

 

「仁。あなたはどうですか?」


 鬼道院は俺に話を振った。

 

「私はあなたが好きです。もし仁が蛍さんと協力するというのなら、仕方がありません。私もついていきましょう」


 彼女はそう言って、俺に微笑んだ。そして蛍と葵が、俺に注目した。俺の返答次第で、状況は変わる。


 俺の答えは決まっていた。

 

「俺は、俺たちの幸せ以外に興味はない。でも大多数の不幸によって、俺たちが快適に生きるというのも、気持ちが悪い。だったらアイのある現在の方が余程マシだ」


 俺は断言した。



「俺の理想は、アイのなかった、かつての日々。それだけだ」



 ふふ、と鬼道院が笑った。


「えっと、何だったかしら。あ、そうそう。アレよ、アレ! えっと、こうやって……」


 鬼道院はブツブツと呟きながら、片手を胸に添えた。


「えー、発光セヨ、発光セヨー!」


 そして唐突に、真愛の祝詞を言い始めた。


「これぞ真愛の閃き、ナリー♪」


 あまりに気の抜けた声。俺は呆れを通り越して、笑ってしまう。


 熟々つくづくマイペースな人だ。この状況で、この空気で、こんな冗談を言うなんて。


「はい、ポチッとな♪」


 本人を除くこの場にいる全ての者が呆気に取られる中、彼女はどさくさに紛れて、冗談めいてそんなことを言った。


 俺は画面を確認した。小さく表示されていた ”イエス・ノー” の、 ”イエス” の部分が点滅していた。鬼道院が押したのはこれだろう。


 つまり、アイをシャットダウンしたのだ。


――ガコン!


 そんな不気味な音が響いた。

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