38話 日英交渉 その4
三木とチャールズ、玲美は会議室の席に先に着いていた。
「カチャ!」
王女を伴ったアーノルド補佐官がドアを開けると、全員が立ち上がって王女を出迎え、王女が席に着いた時点で全員が着席した。
「私が会議途中で具合が悪くなってしまい、会議が中断してしまったことをお詫び致します。
そろそろティータイムですね。美味しい紅茶を飲みながら、再び交渉を開始しましょうか」
「メイド長!至急お茶の準備をお願い」
「ハイ、直ちに」
「そうですね、私の見た限りでは殿下の具合は良さそうですね」
「ええ、三木さん。時間にしたら30分位気を失っていたように寝ていたらしいですが、一日中寝ていたみたいな感じで頭の中がスッキリし、今は実に爽快な気分です」
「三木特使、殿下の調子が良いようなので、交渉を再開しますか」
「その前に殿下と閣下に是非見て頂きたい資料があります」
「え?それは何ですか?」
「一体どんな資料なのだ?三木特使」
エトレーヌ王女とチャールズ首相の前に出された資料の表紙には
『カラーコード戦争計画とレインボープラン』
と記載されたモノであった。
「まずは手に取ってご覧下さい」
2人はその資料を開くと同時に顔が紅潮しこわばり始め、特にチャーリー卿は顔から頭の先まで湯気が出る位に興奮していた。
「一体、何を考えているのだ!あのアメリアは!」
「私、今まで日本と和平を結ぼうとするまではアメリアは信頼の置ける国家だと頑なに信じていました。
しかし今、この瞬間心の中でその信頼という建物が崩れて行くように感じています」
「そのプランはオレンジ計画が対日戦争計画で、レッド計画がこの英国を相手にする戦争計画で、アメリア軍部が立案した計画資料を我が国の情報省が手に入れたモノです」
「むぅ、殿下の言うとおりですな。絶対の信頼を置いていたアメリアにこんな裏切りめいた計画を立案していたとは、決して許される問題ではないぞ」
「お茶が運ばれたようです。チャーリー卿は一旦頭を冷やしましょうね」
メイド長がテーブルに紅茶を運んで来た時点で、エトレーヌ王女の音頭でティータイムを取り、冷静になった時点で改めて交渉開始となった。
「チャーリー、交渉は何処まで進みましたか?」
「我が英国がビルマ州独立の承認、マラヤからの撤退、シンガポールを日本と共同統治するということで、日本から最新鋭戦闘機50機を無償提供してもらうというところまでですが、殿下はここまで覚えていますか?」
「ハイ、そこまでは大丈夫です。その後、どうも具合が悪くなったようで全然覚えていないのですよ」
「分かりました。三木さん、日本側の次の要求は何でしょうか?」
「日本側の要求の前に、アメリアは昨年あたりから日本に圧力を掛け始めて、昨年は日米通商友好条約をアメリア側から一方的に破棄通告して来ました。
その結果、中国租界の関係で英国側に迷惑を掛けてしまいました。
その件については謝罪致します。
そこで、我が国は軍事政権を樹立しようと企てていた陸軍上層部を一掃し、その後中華民国政府と和平を結び、租界を除いて現在日本軍は中国内から撤兵中です。
なお、中国政府との和平条件は、中国を赤化しようとしている共産党勢力と手を結ぶことなく、それらの勢力を殲滅することを約束し、その手助けとして日本側は武力援助することが決まったのですが、未だにアメリアは経済制裁を解かずに、さらに強力な経済封鎖を取り始めたのです」
「分かりました。アメリアが日本に圧力を掛けている事情は理解しました」
「前世界では日本陸軍による軍事政権化により中国からの撤兵は困難で、そのため日本は世界から孤立化してアメリカと戦争する状況に追い込まれ、敗戦の道を歩みました」
「三木さん、この世界で貴男が以前いた世界と同様に、日本とアメリアが戦争になると思いますか?」
「絶対に間違いなく戦争になると思います」
「その根拠は何でしょうか?」
「アメリア側は次々と日本に対する経済制裁、経済封鎖、最終的には石油禁輸政策等の相手国が激発するような形で、圧力を強めています」
「なるほど、それは日本が困ってしまうでしょう」
「それに、先程殿下に提供した資料で日本はキッチリ仮想敵国に一つに認定されていますから」
「そうですね、私達英国もアメリアへの付き合い方を考え直さなければならないようですね」
「殿下、一つ質問致しますが、現在のアメリア大統領の名前は『フランクリン・ルーズベルト』でしょうか?」
「えーと、確かフルネームは何でしたか?チャーリー」
「ハイ、殿下。彼の名前は『フレデリック・ルーズベルト』で、両足が不自由な身体障害者です」
「え?閣下。もしかして、ルーズベルト大統領は車椅子に乗っていますか?」
「よく御存知で。彼は『車椅子のプレジデント』として欧米諸国では有名ですから」
「三木さん、前世界のルーズベルト大統領はどんな人物でしたの?」
「ハイ、殿下。一言で表すならば『戦争屋』で、大変危険な人物でした」
「前の世界は、いつ頃戦争が始まったのですか?」
「前世界では、1941年12月初旬に開戦しました」
「まあ、それは大変。アメリアはクリスマスが無事行うことが出来ないのは、気の毒ですね」
「そのあたりの心情は、私には分かりかねますが」
「殿下、日本とアメリアの話はその位で。
次の案件について、話し合いをしないといけません」
「チャーリー、次の案件は何でしたか?」
「Uボート対策であります」
「軍事的な話は少し難しいので、チャーリーに任せます」
「分かりました、殿下。
それでは、三木特使。ドイツのUボート対抗の有効策とは何でしょうか?」
「ハイ、対潜哨戒機は閣下は御存知ですか?」
「三木特使、哨戒機というと飛行機ですよね」
「ハイ、そうです」
「次に対潜となれば、Uボート退治専門の飛行機ですか?」
「ハイ、閣下。ご明察のとおりです」
「おお、それを英国のために武器供与してくれるのですか?」
「但し、提供条件はかなり厳しいです」
「出来れば、お手柔らかに願いますよ」
「日本側の提供条件は、オーストラリア、ニュージーランドのオセアニア諸国を、英国連邦から日本連邦へ元首の鞍替えをして欲しいわけです」
「つまり、自治領を含めた2カ国を日本側に渡すということか。それはどのような体制になるのか?」
「日本に主権を渡すというより、日本側からすれば先住民族の権利を優先し、それらの民族主体による自治政府を樹立し、その自治政府2カ国は日本連邦に属して天皇陛下を盟主とする形ですね」
「むう、原住民の権利を優先するとはな」
「白人と先住民族を含めた有色人種との共存共栄社会の実現です」
「む、無理だ。オセアニア諸国に住む白人達は、土人共を毛嫌いして彼等を大量虐殺しており、その憎しみが一気に白人達に跳ね返るんだぞ。
そんな国に白人達は居住するとは思わないだろう」
「それは、白人至上主義を放任した英国側のツケでしょう」
「そんな地獄みたいなところからは、次々と白人達は出て行くだろうな」
「日本側とすれば、白人主上主義者達が出て行くことは別に咎めません。
我が日本側は有色人種に迫害意識を持たない白人達や日本人、中国人、東南アジア諸国等からの移民を改めて募り、新たな国造りを始めましょう」
「そ、それは確かに可能なことであるが」
「チャーリー、もう止めなさい!
ここまでオセアニアの原住民を迫害する差別社会を推進し、白人至上主義を放任した我が国にも大きな責任はありますよ。
ココは三木さんの提案に乗って、白人国家ではない日本に統治を任せた方が上手く行くのではないですか?」
「分かりました、殿下」
「その代わりに代案策と申しましょうか、我が日本が撤兵した中国を英国統治下に置き、その後英国連邦に加入させることを提案致します。
但し、現在英国が統治下に置いている香港、マカオ、上海を日本領としたいわけです」
「それは素晴らしい代案ですね。チャーリーもそう思いませんか?」
「そうですな、殿下。確かに広大な中国市場を獲得出来ることは素晴らしいと思いますが、代わりに香港を失うのはチト惜しいですかな」
「それより閣下、これを機に日本と英国間で貿易を再開したいのですが」
「ほおう、それは大変結構な事ですが、日本は我が国のどんな商品を求めて、逆にどんな商品を売って下さるのでしょうか?」
「日本が欲しい物は綿製品です。前世界では中国が日本の衣料品の大半を製作していましたから」
「それはコチラから是非お願いしたいところです。
で、日本からは何を売ってくれるのですか?」
「ズバリ言うと、自動車ですね」
「自動車は、我が国が最先端だぞ」
「そうですか、閣下。それでは先程の対潜哨戒機を含め、日本で造られている工業製品をコチラに持ってくるように致しましょう。
今から連絡すれば、明日の朝までに到着するように手配致しましょう」
「そんなに早く来ることが可能なのか?」
「ええ、大丈夫です。
我が国の諺では『百聞は一見にしかず』というものがあり、意味は沢山話を聞くより、現物を見た方が話が早いということです」
「ほほう、その諺に当たるモノは英国では
『A picture is worth a thousand words.』
で、日本語に訳すると『一枚の絵は千の言葉に値する』というものだ」
「分かりました、閣下。直ぐに手配致しますので、この場を少し離れることを王女殿下、どうかご了承下さい」
「三木さん、どうぞ宜しいですよ」
三木と玲美は一旦会議室を出て、別室に入った。
「玲美、沙理江さんにコレを送って欲しいのだけど」
三木が玲美に渡したリストには、次のモノが書かれていた。
・各自動車メーカーの代表車種6台
・各バイクメーカーの代表車種8台
・各電器メーカーの代表商品多数等々
・対潜哨戒機のP-3C 1機
・輸送機仕様のC-130 1機
「(ガブ姉様、見えますか?コレをサリ姉の頭の中に送って欲しいのだけど。)」
「(レミー、お安い御用よ。)」
その頃、日本では沙理江がヘッドギアを装着し、沙理江の脳波を画像化してプリントアウトしていた。
「中破総理、こういうことは以前のアンドロイド体ならば、後頭部にコネクタがあって、そこにプラグとコンピュータを接続出来たのですが、今は少し不便になりました」
「良いんだ、沙理江。FAXよりも鮮明で、キチンと読めて大丈夫だから」
「(今の私には後頭部のコネクタはありません。しかし別の場所に総理専用のコネクタを装備していますが、今晩もお試しになりますか?)」
沙理江は総理の耳元に、小声で誘惑の言葉を囁いていた。
「ゴホン!とりあえずC-2を2機とP-3Cを対潜哨戒機仕様で1機、次にC-130を輸送機仕様で1機、それとこれだけの距離を飛行するには空中給油機が必要になるから、KC-767が最低でも1機は必要になるだろう。
さらに人員輸送に政府専用機のB-777を用意し、護衛機はF-2改を2機を同行すれば、この世界で敵うモノはいないだろう。
それでは、向こうで要求された品物を含め、早急に準備し、用意が出来次第に出発すること。沙理江、今の内容を各部署に大至急指示を頼む」
「了解、直ちに」
沙理江は、各省庁の部署や大企業等に配置されている自分の秘書ロイドに、中破から指示された内容を瞬時に指令していた。
「それより、三木君は大丈夫かな?」
「ハイ、多分心配無いと思います。
ガヴリエル姉様からの連絡では、百戦錬磨のチャールズ首相をぐうの音も出ない位、舌論でヘコましたようですよ」
「それは凄いことだが、王女殿下に失礼が無ければ良いが」
「その点は、レミエルが良く補佐をしています。
それに、王女殿下にはガヴリエル姉様が補佐していますから、心配は無いですよ」
「そうか、沙理江。この交渉はきっと成功するよな」
「ハイ、私達が手助けしていますから、間違いなく成功させますわ」
2人は、三木の成功を日本の空から祈っていた。
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