34話 日英交渉前夜


1940年2月1日午前9時ころ


英国 バッキンガム宮殿 国王執務室にて



「陛下はまたベッドで寝たきりか」


「ハイ、朝から吐き気を催し、朝食も満足に取れない様子です」


「しかし、何故私のような若輩者が父上の代行として、こんなに沢山の書類を見なきゃならないんだ」


「ハイ、エトレーヌ殿下が次期女王陛下で、皇位継承順第1位だからです。」


「確かにそれは分かっていることなのだがな」


 この2人はエトレーヌ王女とメイド長のセシリアであり、これらのやり取りは毎朝の恒例行事といえた。


 王女殿下の父に当たる英国国王は、正史地球ではジョージ6世であったが、PW地球ではヘンリー9世であり、年齢も15歳程年上であった。

 さらに正史地球ではエリザベス2世王女(後の女王)であったが、PW地球ではエトレーヌ王女であり、年齢は22歳で8歳上であった。


 このヘンリー9世は、正史地球のジョージ6世と同様に病弱で常に病気がちであり、エトレーヌ王女が王位継承者になってからは、殆ど病床に付いたままで、王女が21歳の成人を迎えてからは国王代行の摂政を務めていた。



 エトレーヌとメイド長の会話中に、部屋中央の空間が歪みが生じ、その歪みの中心から眩い白い光が漏れ始め、その光が部屋中に広がって全体を真っ白に輝かせた後、次第に光が薄れ始めた頃に中央に2人の人影が見え始め、その人影は2人の女性の姿に変わった。


 2人の姿の内の1人は、オフホワイトのスーツで、スーツ下は白色ブラウスで、下衣はミニタイトスカート、ベージュ色のピンヒールパンプスを履いて、頭髪は黒髪のロングヘアーを団子状にまとめてアップし、金色の髪留めをしていた。

 顔立ちは、どちらかというとスラブ系美女風で目鼻立ちがクッキリし、目の色は黒色であった。


 もう一人の女性は金髪ロングヘアーで、ポニーテールにまとめて後ろに流して、服装は上下水色スーツ、コチラもミニタイトスカートで、黒色ピンヒールのパンプスを履いていた。

 顔立ちは北欧系美女の顔立ちで、目の色がブルーであった。



 エトレーヌは2人の姿を認めて、直ちに2人に正対して片足を跪き、両手を胸の前で組んで頭を下げた。

 メイド長もエトレーヌと同様に、若干下がった位置でエトレーヌと同じ姿勢を取った。


 エトレーヌは、跪くと同時に中心から現れた女性2人に声を掛けた。



「女神ガイア様と天使ガヴリエル様ですね」


「よく分かったの、エトレーヌ王女。

 妾らが名乗らぬ前から分かるとは流石じゃの」



 メイド長はエトレーヌに合わせて跪いていたが、この2人の女性が本当に女神と天使なのかと心の中では疑問符が付いていた。

 ガイアは、メイド長の心を読んで変身機能を使用した。



「メイド長殿は妾らを疑っている様子じゃ。この姿の方が良いかの?」



 ガイアはギリシア風の長い布を纏った服で、ガヴリエルは天使の白い貫頭衣を着用し、背中に白い羽を付けた状態に姿を変えた。



「あわわ、済みません。疑いを持ってしまい申し訳ございませんでした。

 二度と神様や天使様を疑う心を持ちませんので、どうかお許し下さい」



 メイド長はガイア達の変身した姿を見た途端、その場に土下座し直して身体を震わせながら許しを請っていた。



「やはりこの姿では動きにくいの。ほれ、現代風に変えるぞ」



 ガイアはそう言うと、秒速で元のスーツ姿に戻った。



「素晴らしい!神の御業ですね」



 ガヴリエルは跪いていたエトレーヌの手を取り、立ち上がるよう促した。

 エトレーヌはガヴリエルの指示に従って立ち上がり、ガイアとガヴリエルを応接室に案内しようとしたが、エトレーヌの視界に土下座したままのメイド長の姿が目に入った。



「ガイア様、あの者を許して下さいませんか?」


「妾は初めから怒っておらぬし、罰を与えたわけでもないがの」


「エトレーヌ殿、ガイア様はあのようにおっしゃっています。

 メイド長の心に疾しいことがあって、あのように謝罪しているのでしょう。

 エトレーヌ殿の判断にお任せしますよ」


「分かりました。セシリー、セシリアメイド長!ガイア様は許してくれたみたいですから、2人にお茶の用意を!」


「ハイ!直ちに」



 ガイア、ガヴリエルとエトレーヌの3人は、応接室に入りそれぞれソファに座った。


 しかし、何故エトレーヌ王女が女神ガイアと天使ガヴリエルが空間を歪ませて登場したにも関わらず、メイド長と違い平然と対応出来たかというと、事前に半年程からエトレーヌの夢枕にガヴリエルがテレパシーで啓示を与えていたからであった。



「エトレーヌ!」


「ハイ、何でしょうか?」


「妾らの姿を現実に見て、キリスト教とか国教会などの教義に反する存在だと感じぬのか?」


「ハイ、私個人の考えとしては、神は1つではなく、神々達は多数であるものと思っています」


「ほほう、その根拠は何じゃ?」


「古代から伝承されているケルト神話や北欧神話に登場する神々は、一体何者なのでしょうか?

 人間側から見れば、超人を超えた存在は神であり、神が複数存在しても何ら疑問には思いません」


「やはり、次期女王になる器だな。実に理解が早くて助かるわい。

 エトレーヌ個人としては神は唯一では無く、複数以上いても何ら問題が無いわけだな」


「ハイ、複数の神々が存在したとしても、我が国が繁栄出来る天恵を与えてくれる存在ならば、大勢いた方がその天恵も増えると思っていますので」


「フフフ、抜け目のない奴め。流石は海賊末裔の頭目だけはあるの」


「女神様からのお褒めの言葉と受け取っておきます」



「さて、挨拶と前置きはこの位にして、本題に入るぞ。

 実は妾らがここに現れた理由は、、、、、」



 ガイアはエトレーヌに地上に降臨した理由を説明し始めた。


 現在、ヨーロッパはドイツが覇権を拡大し、全域に戦火が広がりつつあり、ヨーロッパ全土はドイツの支配下になりつつある。


 ここ英国も例外ではなく、ドイツの上陸作戦の前段として英国全土に爆撃が始まるわけである。


 正史地球では、バトル・オブ・ブリテンと呼ばれている航空戦で、ドイツの爆撃機を戦闘機で撃退したわけだが、PW地球ではドイツの爆撃編隊は爆撃機のみではなく、優秀な戦闘機を護衛として各国を爆撃している姿が目撃されている。


 また、正史地球とPW地球との違いは、ドイツの指導者とその政治組織等が大きく違っていた。

 正史地球では『アドルフ・ヒトラー』による『ナチスドイツ』であり、自国の民族優越意識が大変強く、他民族を弾圧抹殺していた。


 しかし、PW地球では指導者は『アルムス・ヒルラー』総統であり、国名は『ドイツ帝国』であった。

 この国の政治体制は帝政を敷いているが、他民族をドイツ支配下に置くも、ドイツに従うことでドイツ国民に次ぐ庇護を受けられるため、周辺国家は戦わずしてドイツの支配下になる国々が増加していた。

 そのため、余計な戦力を消耗せずに半年間でヨーロッパの半分がドイツの支配下になった。


 現在、ドイツと国境を接しているフランク共和国がドイツに抵抗しているが、半年以内にフランクは敗北することは確実で、それが終了次第に英国へ攻撃の手が伸びることは充分予想されていた。



「エトレーヌ殿下は、あまり軍事作戦には詳しくないですよね?」


「ハイ、外交的な部分は得意なのですが、こと軍事の専門分野はチャールズ卿が頼りになります」



 エトレーヌは、ガイアとの話し合いをする前に既にメイド長にチャールズ首相が宮殿に来るように指示していた。



「それでは、間もなくチャールズ卿がここに到着しますので、その到着を待つ間、ティータイムと致しましょう」



 エトレーヌがティータイムを取ると言ってから、約1時間後にチャールズは宮殿に到着した。


 チャールズは応接室に案内されて、入室した時にソファに座っていた2人の女性の姿を見るなり、雰囲気とオーラを感じ取ったのかコイツは只者では無いと感じた瞬間、自分の身体が宙に浮き始めた。


 さらに背広の左内ポケットに入れてあった自動式拳銃も、勝手に取り出されて宙に浮き、一緒に浮いていたチャールズに銃口が向けられながら、拳銃の弾倉が抜かれ、拳銃内に残っている弾丸も弾倉と一緒に抜かれて、順番良くテーブルに並ぶように立てられて、拳銃もその横にそっと置かれた。



「ずいぶん危ないモノを持っているのう」


「信頼出来るチャールズ卿だからまだ良いのでしょうが、もう少し良からぬ事を考えている者だったら、エトレーヌ王女はズドンだったでしょうね」


「チャーリー、この方々は女神ガイア様と天使ガヴリエル様ですよ」


「どおりで。人間を宙に浮かせて懐の拳銃を取り出して、全て弾丸を抜き取る芸当は、とても人間業ではないと思っていました。

 だけど話は良いから、早く高いところから降ろしてくれないか」



 ガヴリエルは、宙に浮いていたチャールズを足から着地するようにゆっくりと床に降ろした。


 次にガヴリエルはチャールズの思考に入り込んで、精神操作を実施し始めていた。



「(正史地球のロンドン空襲を、映像としてチャールズ卿の頭に送り込みしましょうね。)」


「チャーリー、御免なさいね。私も軍事関係の事が疎いモノですから、貴男に判断してもらおうと思って、ココに来てもらった訳なの」



 チャールズは意外と聡明な人間であった。

 ガヴリエルから一瞬で送られた映像が、チャールズの頭の中を駆け巡って、ロンドン空襲被害を映し出している未来の映像に気付いた時、まさかと思ったが、ガイア達がこれらの被害を防止する手立てを持つ者達であることを、理解出来たことに数秒も掛からなかった。



「分かりました。女神様達は軍の極秘作戦である『バトル・オブ・ブリテン』を御存知なのですよね」


「ああ、無論じゃ」


「チャールズ閣下、作戦期間はかなり長期になると思いますよ」


「その間は、英国全土はかなり爆撃の悲劇に遭うわけですか」


「そのとおりじゃな」


「女神様達は、その打開策があるわけなのですよね?」


「そのことじゃが、、、、、」



 まず、ガイアは王女とチャールズ卿に1カ月の間、他人に一切話すことなく秘密を守ることを誓わせた。



「妾達が今行っていることは、地球の歴史改変なのじゃ」


「え?女神様。それは一体どういうことなのでしょうか?」


「それはな、、、、、」



 ガイアは、このまま歴史が進行したら人類が滅亡の道を歩まざるを得ない。

 そこで歴史改変を行うために、別世界の地球から科学技術が進んだ或る国家を転移させて、現在進行している世界大戦の勝者を変更することで、歴史改変を達成出来ることを説明した。



「科学技術が進んだ或る国家とは、何処の国なのでしょうか?」


「それは別世界の『日本国』じゃ」


「え?別世界?何故日本なのですか?」



 次にガイアは、別世界の日本は今大戦で敗戦した国家で、一番被害を受けた国家であるが、世界中の殆どの国々から尊敬されている理由を説明した。


・敗戦した原因は、アメリカと戦わざるを得なかった。

・そのアメリカから、新型爆弾で何十万人という民間人が被害を受けたこと。

・しかし、そのアメリカを恨まずにアメリカの科学技術を吸収していった。

・東南アジア諸国は、日本の犠牲で国家独立が出来、感謝と尊敬をしている。

・戦後飛躍的な復興で、一時は世界第2位の経済大国になったこと。



 そして日本は、今大戦が始まる前、国際連盟に人種的差別撤廃提案を二度も提案して、賛成票が反対票の倍以上あったにも関わらず、全会一致でなければ提案を受けられないと、多数決の論理を無視する欧米諸国の反対を受け同提案は否決された。

 この時の欧米諸国の連中の心情は『東洋の黄色い猿の言うことを聞けるか』と馬鹿にし、日本は欧米諸国に失望して国際連盟を脱退したわけである。



「其方の国も数限り無く虐殺を行っているし、人種差別も相当酷いな」


「確かにごもっともですが、国家の統治上致し方のないことであります」


「妾も細かいことで神罰は下すことは無い。

 ただな、人として人道上守るべき事があると言いたいのじゃ。

 例えば英国は騎士道の国で、ノブレス・オブリージュがあるだろう」


「女神様、つまり武士道を持つ国である日本と結べと言うのですか」


「お!察しが良いな、チャールズ。そのとおりじゃ」


「ですが、日本は軍国主義に走ったと聞きましたけど」


「エトレーヌの懸念していることは、妾が直接日本に行って解決済じゃ」


「そうでしたか」


「それでは妾は忙しい身にて、ガヴリエルを補佐役兼連絡係として置いていく。

 何か分からないことがあれば、彼女に聞くように。

 それでは、さらばじゃ」



 ガイアは再び部屋中央の空間を歪ませてゲート状の穴を作り、その穴に入り込む形で目の前から消えた。



「き、消えた?」


「チャーリー、そんなに子供みたく不思議がらないの。

 それより、流石に女神様はオーラが凄くて圧倒されてしまい、その圧倒的なオーラに対抗するため、身体に力が入り過ぎ少々肩が凝ってしまいました」


「フフフ、私もそうですよ。王女様。

 真正面で話す時はオーラが強いため、少々バリアを張り巡らせています」


「そうでしたか、ガヴリエル様」


「いえ、エトレーヌ王女。私には敬称は要りません。

 あくまで『ガヴリエル』と呼んで欲しいところですが、誤解を招く名前なので、ここは『カトリーナ』、そうですね『カトリーナ・アーノルド』と」


「分かりました。名前が『カトリーナ』で、家名が『アーノルド』ですね」


「ええ、仕事は王女を補佐する『補佐官』という身分でお願い致します」


「それより、アーノルド補佐官。女神様の言った1カ月の間は、何をすれば良いのですか?」


「王女殿下、チャールズ閣下。日本と本気で同盟を結ぶ気はありますか?」


「私はよく分からないので、その点はチャーリーにお任せするわ」


「ワシはそのつもりだし、以前も同盟を結んでいたから全く問題ないな」


「分かりました。それでは英国側が用意するのは、ロンドンのヒースロー空港にケロシンを大量に用意して欲しいのです」


「え?航空用燃料のガソリンではなく、あの灯油で使用しているケロシン燃料ですか?」


「チャーリー、私にはよく分からないことなのですが」


「殿下、普通は航空機エンジンを動かす燃料は、オクタン価の高いガソリンを使用するのです」


「それが灯油になると、どうなるのですか?チャーリー」


「ケロシンを使う航空機エンジンは、ジェットエンジンしかありません。

 ま、まさか日本は既にジェットエンジンを完成させているのですか?」


「元軍人で、航空大臣を経験しているだけのことはありますね。

 燃料の種類だけで、ジェットエンジンが分かるとは流石です」


「補佐官のお褒めの言葉、痛み入ります」


「どちらにせよ、1カ月後になれば分かることだと思います。

 その時は日本からの使節団がコチラに来る予定になっています」


「そうか、日本側からの技術提供も期待出来るかもな」


「それは日本との同盟締結次第でしょう。

 多分、日本は人権保護と人種差別には相当厳しい国で、英国側にかなり無理難題を振って来ることを理解して下さい」


「うむ、その点は気を付けよう」



 その後、ガヴリエルはエトレーヌ王女とチャールズ首相の身辺警護に、戦闘型メイドロイドを導入した他、サリエル達の協力により隠密型ロイドを借用して、英国内及び政府等の動きを探り、今後の活動がスムーズになるようにロイド達を暗躍させていた。

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