#2 名前

 同日 午後1時前 photostudio Cendorill☺︎n


「戻りましたー」


 近くのコンビニで昼食を購入した金剛は、2階の事務所の扉を開き部屋の奥にある電子レンジへと直行する。早速、買ってきたシーフードドリアを電子レンジへ入れ記載通りの時間温める。

 温まるまで午前中に撮影した写真を編集しようと、自身のデスクトップパソコンを起動する。続いて、部屋の隅にあるスピーカーから最近聞いているFMを再生する。


「八重ちゃん、ネームホルダーが後ろにいっとるよ」

「え?ほんとだ…気づかなかった」

「もしかして、その状態で外に出たん?スタジオの宣伝し放題じゃん」


 金剛の隣のデスクで動画の編集作業を行なっている霧島織きりしまいおりがブルーライトカットの眼鏡を外しながら金剛のネームホルダーを指差す。霧島に指摘された通り、胸のあたりにあるはずの自身の名前が見当たらない。首に巻きついているストラップに手をかけ、背中側に移動していたネームホルダーを元の位置に戻す。


「めっちゃ恥ずかしいじゃないですか。服もつなぎのままだし…」

「宣伝宣伝」


 金剛は会社のユニホームである黒いつなぎ服のチャックを下ろし、袖を腰に巻きつけ中に着ていたロングシャツの裾を引っ張り出す。シャツの丈は膝上まであり、身長の低い金剛には何とも不釣り合いで実際の身長よりも一層低く見えてしまう。

 電子レンジから温め終了の合図を受け、中で温めていたドリアを取り出し、自身のデスクに置く。簡易的な狭いキッチンでマグカップにコーヒーを注ぎようやく手を合わせる。


「いただきます」

「僕もご飯食べよ」

「何食べるんですか?」

「新発売のキノコのあんかけ炒飯」


 作業がひと段落したのか、霧島は椅子から立ち上がりぐっと上へ腕を伸ばし体を左右に捻る。体を動かす度にバキバキと音が鳴るがいつもの事なので特に気にも止めない。

 電子レンジの乗せられた冷蔵庫から昼食を取り出し、記載通りの時間温める。


「そういえばきーやんさん。SNSで募集したアルバイトの件ってどうなってます?応募きました?」

「まだ何もきてないね。一応、今日もう一回投稿はしようと思っとるけん、それで応募がきたら万々歳」

「観橙あるから、興味ある人いそうですけどね」


 観橙とは、サンドリヨンの近くにあるデザイン学校のことで外出した際には一眼レフカメラを持った学生を見かけることがある。そのため、学生がSNSを見そうな時間に合わせアルバイトの募集を書き込んだ投稿をしているのだが、未だに応募はきていない。

 金剛はスマートフォンを取り出し、アルバイト募集の投稿をしたSNSを開く。何が原因なのか理由がわからないため、過去の投稿を遡りながら原因を探る。


「写真か?載せてる写真が悪いのか?」

「頑張ってくださいよーカメラマン」


 温まった昼食を電子レンジから取り出しながら霧島は金剛のスマートフォンを覗き込み投稿された写真を確認する。

 純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁や仲睦まじく見つめ合うカップル、モデルのようにポーズを決める青年など金剛が撮影し、お客様に許可を得て掲載した写真が多く投稿されている。

 どれも目を惹く写真ではあるが、学生が目を止め見るかと言われれば自信はない。


「こうなったら、きーやんさんもう一回モデルやります?こんなスタッフもいる楽しい職場ですよーって」

「あれは八重ちゃんがどうしてもって土下座しだすけん仕方なくやったんじゃん。もうやらんけんね」

「せっかく、きーやんさん身長も高くて顔も良くてそのパーマも決まってるのに…もったいない!」


 食べ終えた容器を袋に入れ近くのゴミ箱に投げ入れながら、金剛は座っている椅子をくるりと回転させ霧島にスマートフォンを向ける。横向きに構え、カメラ機能を使用しパシャリと一枚撮影する。

 大口を開けキノコのあんかけ炒飯を頬張る霧島の横顔の写真は、ベランダへと繋がる窓から差し込む太陽光により逆光となっていた。だが、逆光により霧島の黒いパーマの髪の毛一本一本がキラキラと輝いて見え、顔の輪郭もくっきりとしている。

 早速、スマートフォンで撮影した写真をデスクトップパソコンに転送し編集ソフトを使い光の加減や明るさなどの調節をする。1分も経たないうちに編集が終わり、金剛は自信満々な顔をして霧島へとパソコン画面を向ける。


「もし投稿するとして、コピーはなんてつけるん?」

「えー…『今日の昼食はキノコのあんかけ炒飯です。隣では、スタッフの金剛がシーフードドリアを頬張っております。』とかですかね?」

「それなら、八重ちゃんの写真もいるじゃん?もう食べ終わっとるけん無理じゃけど」

「学生ってどんな投稿が好きなんですかね…」


 編集が終了した霧島の画像を保存し、霧島と共有しているSNS専用のフォルダに移動させる。そのまま、午前中に撮影した写真を開き編集を開始する。

 スタジオでの撮影を行った際は、撮影終了後、すぐに撮影したデータをお客様と確認し、自身の気に入った写真を数枚選ぶという流れになっている。その後、選ばれた写真の編集を金剛や霧島が行い編集の完了したデータを印刷会社に送りアルバムが完成する。出来上がったアルバムやデータを後日お客様に取りに来てもらうこととなっている。


「午前中に撮影した山田さん夫婦…どう思います?」

「うーん…まだ休憩時間じゃけん、せっかくなら…考える?」

「さすがきーやんさん。分かってますね」


 食後のコーヒーを注ぎながら、霧島は冷蔵庫からチョコレートを取り出した。


 ▽


 同日 午後4時30分 観橙デザイン専門学校 9階


「近くの…フォトスタジオ…」


 1日の授業が終わり、バイトがあると早々に教室を後にする高雄に手を振り起動したままのデスクトップパソコンの検索エンジンにそう入力する。

 昼間に見かけた女性が首にかけていたネームホルダーに書かれていたフォトスタジオのことが気になり調べているが、スタジオの名前が分からない。分からないと言うか、俺は英語が読めない。

 そのため、近くにあるであろうフォトスタジオを手当たり次第検索することにした。

 近くにフォトスタジオは10件程あり、その中から昼間のコンビニに最も近い店舗を絞り込む。頭文字はC。俺が唯一覚えている文字と一致した店舗を見つけた。

 名前はCendorill☺︎nサンドリヨン

 学校からは徒歩で10分もない距離にあり、昼間のコンビニは丁度学校とフォトスタジオの間にあるようだ。


「お、SNSやってる…綺麗な写真だな」


 SNSの投稿にはスタジオや外で撮影された写真が投稿されていた。ウェディングフォトならではの真っ白な写真に黒髪パーマの男性モデルがかっこ良くポーズを決めたモノクロの写真。街の一角で撮影された女性のスナップ写真など、そのどれもが俺の目を惹いた。


「うそ、バイトの募集してる…」


 昼間コンビニで見た女性と黒髪パーマの男性が写った写真とともに「アルバイト募集」と書かれた投稿を発見した。その投稿は、現在アルバイトを探している俺にとっては願ってもみないことだった。


「金剛じゃん」

「え…?」


 背後から声を掛けられ、振り返ると写真の授業を担当している講師のあずま先生がいた。金髪の混じる髪は短くマッシュにされている為、パッと見ただけでは男性に間違えてしまいそうな東先生はさっきまで高雄の座っていた椅子を引き寄せ俺の隣に座った。


「先生、この人知ってるんですか?」

「うん、ここの卒業生じゃけんね。写真と映像の授業担当したよ。金剛八重って

 言ってね、比叡と同じグラフィックデザイン学科の映像・フォトグラフ専攻」


 まさか俺と同じ学科で卒業生とは知らなかった。

 詳しく話を聞くと、どうやら年齢は俺の4つ年上の23歳。3年前に卒業した先輩で、入学当初から写真一筋だったらしく、卒業後は大手の写真スタジオに就職したらしい。


「1年くらい前に自分でフォトスタジオ開いたって連絡もらったよ」

「この人、今日お昼に見かけたんですよ」

「そうなんじゃ」

「で、ちょっと気になって調べたらバイトの募集してて…どうしようかと…」


 アルバイト募集の投稿に目を向けると、東先生もつられてデスクトップパソコンの画面に目を向けた。


「連絡先知っとるけん、金剛に連絡しようか?」

「え!良いんですか?」

「興味あるんなら、やらん訳にはいかんじゃん?せっかくなんじゃけん」


 そう言いながら、東先生はスマートフォンを取り出し早速電話をかけ始めた。

 久しぶりの挨拶から始まり、近況報告を終え本題であるアルバイト募集についてへと話しは変わる。話をしているのは東先生であるが、俺は緊張のため背筋を伸ばし生唾を飲んだ。


「分かった。じゃぁ、明日の16時半ぐらいに。ありがとう」


 通話終了ボタンを押し俺の方に向き直った東先生は、親指を立てた。


「明日の授業が終わり次第、私と一緒に行くことになったけんよろしく」

「明日ですか…分かりました。ありがとうございます」

「じゃぁ、居残りもほどほどにね」


 東先生は座っていた椅子を元の位置に戻し、俺の肩をポンと叩き教室を後にした。

 明日の授業に集中できるか分からないが、決まってしまったものは受け入れるしかない。

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