エピローグ
第68話 乙女たちの原宿
数か月後――
原宿のオープンカフェで、カヲルは一人朝食を取っていた。
裏も表も自分の庭、というくらいすっかり原宿通になったカヲル気に入りのカフェだ。
カヲルに見蕩れたギャルソンが、うっかりカフェオレをこぼしそうになる。
それもそのはず、ブルーのドレスに身を包んだカヲルはどこのモデルかと見まがうほど美しかった。
「ヨシノブ、なにボーっとしてんだ! もうすぐターゲットがやってくるんだぞ!」
カヲルの叱咤が飛ぶ。
粗相をしたギャルソンは、実はヨシノブだった。
それだけじゃない。他の店員や、街を行く人々も睡蓮寺のくのいちたちだ。
「あと通行人の数も、本物の原宿はもっと多いよな。足りない分は分身の術で補って、通りを埋め尽くすくらいに頼むよ」
さらに言うと、ここは原宿じゃなかった。
山花村の山中に、急ピッチで造成された原宿そっくりの街「偽原宿」だ。
あの日、カヲルの放った秘奥義「天地邂逅」のおかげでサクラは人間の姿を取り戻した。
散乱していた不死細胞もすべて消滅。
あれだけの大騒動の割に、命を落とすものは一人も出ずに済んだ。負傷したチアキも今ではすっかり完治している。
しかし、サクラの身体が完全に普通に戻ったわけじゃなかった。
細胞の増殖を正常化させたせいで、今度は生命エネルギーが不足しがちになるのだ。それをおぎなうために定期的に地脈エネルギーを注ぎ込まなければならない。
当分のあいだ、山花村から離れることは難しいのだそうだ。
そんなサクラのためにカヲルが考えたのが、この「偽原宿作戦」だった。
不死細胞のせいで木々が枯れてしまった広大な原生林跡に原宿竹下通りそっくりの街並をつくり、原宿デートを楽しんでもらおうというわけだ。
そして今日はその作戦当日。
ミモリナモリがサクラをこのオープンカフェまで連れて来る算段になっていた。
サプライズになるように、行き先が(偽)原宿であることと、カヲルが待っていることは内緒にしてある。
「やっぱり兄上様はくのいちなんですよね」
気がつくと、背後にウェイトエス姿のトウコが立っていた。
「それって結局サクラさんを騙すってことでしょ。彼女が喜ぶなら嘘をついてもいいという考えは、くのいちとしては当然ですが、恋人としてはどうでしょう?」
妹の言葉は正論だ。カヲルは痛いところを突かれて黙り込む。
「性別だってごまかしたままなんですよね。そんなの、いったいいつまで騙し続けられると思ってるんですか」
実のところ、サクラはいまだにカヲルを女の子だと信じ続けていた。
あの時、カヲルの裸を見て気絶したサクラは、目が覚めた時にはそのことをすっかり忘れていた。というより、それまで見ていた悪夢の続きだと思ったらしい。
彼女曰く、「最後の最後で、とんでもないことが起こったの。カヲルちゃんが裸で、しかも男の子だったんだよ。もー最悪。そんなことなら、わたし化け物になったまま世界を滅ぼしちゃえば良かったよぉ」だそうだ。
そこまで言われて、カミングアウトなんてできるはずもない。
「別にいいだろ。誰かに迷惑かけてるわけじゃない。この作戦に使う金は全部オレが払うんだからさ」
元がタダ同然の原野だとはいえ、竹下通りをまるまる再現するという「偽原宿作戦」にかかる費用は軽く億を超える。
それを捻出するため、カヲルは以前から依頼されていた某国指導者の暗殺ミッションを受けることにした。
偽原宿作戦が完了次第、単身で独裁国家に潜入しその指導者を抹殺する手筈だ。
難易度が高すぎるとずっと断り続けていた任務だが、今のカヲルならまったく失敗する気がしない。ハルトやチアキもそう同意してくれた。
「ところで例の暗殺任務ですけど、トウコもご一緒することにしましたから」
「はぁ? あれはオレ一人でやるって決まったはずだろ。それに報酬は全部『偽原宿作戦』に突っ込むから、おまえの取り分なんかないぞ」
「はい、暗殺任務は兄上様お一人で。その間にトウコは別の任務を遂行します」
「別任務?」
「陽気と陰気を使いこなすスーパーくのいちを懐妊するための極秘任務。名付けて『旅の恥はやり捨て、一夜のあやまち大作戦』です!」
「オレに言ったら極秘じゃないだろ! だいたいおまえはオレのい・も・う・と、子作りなんてありえ――」
妹に説教しようとして、カヲルは言葉に詰まった。
目の前に、天使がいた。
目隠しをさせられた美少女が、ミモリとナモリに手を引かれてたどたどしい足取りでこっちにやってくる。
ピンクのミニスカートドレスの裾がそよ風に揺れ、そこから伸びる真白な太腿がまぶしかった。
「さあ、もう目隠しをとってもいいミモリ」
「原宿は竹下通りにご到着ナモリ」
姉妹に促されてアイマスクを取ったサクラは、周囲を見回して「わぁ」と感嘆の声を上げた。
「すごい、原宿だ! 原宿だよぉ!」
その嬉しそうな表情に、思わず胸が熱くなる。
サクラを騙している、というトウコの指摘はもっともだけど、サクラの喜ぶ顔はカヲルにとって素直に一番の御褒美だった。
「あっ! カヲルちゃん!」
やがてカヲルの姿を見つけた美少女は、子犬のように駆け寄ってくる。
「あのぉ、ご一緒してもいいですか?」
「もちろん、――ただし約束を忘れてなければね」
その言葉に、サクラは頬を赤らめた。
「……もう、カヲルちゃんのエッチ」(終)
少年くのいち忍法帖 鶏卵そば @keiran
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