第67話 戦いの終わり、姫たちの帰還

 ピンクとブルーの渦は混じり合って柔らかな紫色の光となり、まるで朝焼けのように五行連山の山々に広がっていった。


 その様子を眺めていた水無川直人は信じられないといった表情でつぶやく。


「不死の細胞が完全に浄化されている! これは……奇跡なのか?」


 傷ついたチアキと、彼女を介抱していたハルトは互いに顔を見合わせた。


「もしかして、あれが伝説にある『天地邂逅』?」

「俺も見るのははじめてだ。カヲルのやつめ、やりやがった」

「もしかしたら、あたしたち間違っていたかもしれないわね。あの子を子ども扱いしすぎたのかも」

「……そうかもしれんな。もっとあいつのことを信じてもよかった」


 やがて光が消えると、小山ほどもあったピンクの肉塊は影も形もなく消滅していた。

 かわりに、森林だった大地がクレーター状に抉れて岩肌が剥き出しになっている。

 その中央にポツンとたたずむカヲルの姿があった。


「兄上……様?」


 身に着けていたブルーのドレスは腐食して、しなやかに引き締まった四肢と薄い肉付きの躯幹が剥き出しになっている。

 しかし、その顔には柔らかな微笑みが浮かんでいた。


 荒れ地に立つのその姿は、男性でありながらまるで神話のビーナス誕生のよう。


(兄上様、素敵です! 女神とは、兄上様のことです!)


 一瞬、兄の姿に見蕩れていたトウコは我に返って叫んだ。


「兄上様!」


 神速で駆け寄る。


「兄上様、いったい何があったのです。サクラさんはどうなったんですか?」

「みつけたよ。サクラちゃんを」


 そう言ってカヲルは握りこぶしを開く。

 そこには、一片の桜の花びらが握られていた。


「これが、サクラさん?」


 戸惑うトウコにカヲルは優しく微笑む。


「そう。サクラちゃんだよ」


 この桜の花びらが、サクラの根源。

 いまは力を使い尽くして小さくなっているだけだ。


(だから、陽気を分け与えればすぐ元に戻るはず)


 カヲルはそっと目を閉じた。

 その身体から青い光があふれはじめる。


「!?」


 そして次の瞬間、カヲルの腕の中に巻き毛の少女が抱えられていた。

 カヲルと同じく一糸まとわぬ全裸姿で、眠るように両方の瞳を閉じている。その表情はまるで赤ん坊のように穏やかだった。


「サクラちゃん、おかえり」


 カヲルの呼びかけにサクラはゆっくりと目を覚ます。


「んん、あ、カヲルちゃん? わたしね、怖い夢を見てたの。途中までは良かったんだよ。カヲルちゃんと一緒に原宿に行こうって家を脱け出したの。でも途中で具合が悪くなって、わたしモンスターになっちゃった。で、みんなから攻撃されて退治されそうになって」

「大丈夫、それはみんな夢だから」

「けどね、夢の中でもカヲルちゃんがわたしを助けてくれたんだよ。やっぱりカヲルちゃんはわたしの――」


 そこまで話したところで、自分が全裸だと気がついたらしい。顔を真っ赤に染め、あわてて膝を抱えて身体を隠した。


「やだ、なんでわたしたち裸なの? カヲルちゃんのエッ――」


 さらに、重大な事実に気がつく。


「カヲルちゃん……どうして? なにか変なモノがついてる……もしかして、カヲルちゃんが……男の子?」


 こうなってはごまかしようがない。カヲルは意を決して告白した。


「あの、隠しててゴメン、実はオレ、男だったんだ!」


 だが、その必死の告白はサクラには届かない。


「って、サクラちゃん?」


 彼女は、文字通り口から泡を吹いて気絶してしまっていたのだ。


「サクラちゃーん!」


 カヲルの悲痛な叫びが、再び静寂を取り戻した山々に響き渡った。

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