第66話 秘奥義『天地邂逅』

 ヌメヌメとした肉塊の中に、カヲルはいた。

 無数の触手が素肌の上をくまなく這いずり回る。しかし、不思議と嫌悪感はなかった。手当たり次第に陽気を吸収して増殖しようとする様が、苦しんでいるサクラの姿に重なった。


(大量の陽気で燃やそうとしても、また飛散してしまう。燃やすんじゃダメなんだ)


「もう大丈夫だよ」


 ささやくようにそう言いながら、ピンク色の触手の中に青い光を放つ陽気のエネルギーを流し込む。

 陽気を吸った触手の動きが穏やかになった。


「もう大丈夫だからね」


 カヲルは、五行山でロカが言ったことを思い出していた。睡蓮寺の奥義「紅白梅」は細胞の遺伝子を作りなおすことができると。

 それなら、自分にもできるはずだ。

 いまここで、苦しみもがいているサクラの不死細胞。

 その細胞の中で暴れている遺伝子を解きほぐし、新たに組みかえる。破壊するのではなく、細胞を変質させる。


 さらに無数の触手が、カヲルの柔肌に襲い掛かってきた。

 ブヨブヨとした肉の感触を体中で感じる。

 襲ってくるピンクの触手の一本一本がカヲルの陽気を吸収しようともがいていた。その全てに青い陽気を流し込んでいく。

 まるで、カヲル自身が肉塊に溶け込んでいくようだった。


《カヲ……ん……》


 どこからか声がした。


《カヲル……ちゃん……カヲルちゃん……》


 声は、カヲルの名前を呼んでいた。聞き間違えるはずが無い。サクラの声だ。


「サクラちゃん、生きていたのか!」


 声のするほうを探した。

 無数の触手が蠢く暗闇のなかに、かすかに桃色の光が見えた。


《ごめんね、わたし死んじゃった。ううん、もっとずっと前から死んでたみたい》


 桃色の光は、儚げに瞬く。


《それでも、わたしのこと好きでいてくれる?》


「当たり前でしょ!あたしは、サクラちゃんがどんなになっても好きだよ! 大好きだよ!」


 桃色の光に向かって手を伸ばした。

 カヲルの手が桃色の光をつかむ。

 柔らかな、それでいて温かな光。

 間違いない。これは、サクラの光だ。


 すると、桃色の光の中からどす黒い点がにじみだしてきた。点が染みになって、みるみるうちに光を掻き消そうとする。


「こいつが、不死の細胞の素か……」


 カヲルが青い陽気エネルギーを流し込むと、染みは消える。しかし、ひとたび陽気を止めると、黒い染みはあっというまに浸食を再開した。

 流し込む陽気を強める。

 気を抜くと身体中のエネルギーを持って行かれそうだ。


「抑え込むんじゃない。消すんじゃない。この黒い染みもサクラちゃんなんだ」


 この黒い染みは、サクラの魂に絡みついた業だ。

 サクラを襲った悲劇、兄が積み重ねた罪、カヲルが犯した過ち、全てが今に繋がってサクラを不死の化け物に変えてしまった。

 そしてそれを今さらなかったことにはできない。

 でも、それでも、これで終わりじゃないんだ。

 その業を背負ったままでも、一緒に歩いていくことはできるはず。

 

「一緒なら、絶対に大丈夫だから!」

《うん、信じてる。だって、カヲルちゃんは不可能を可能にするくのいちなんだよね》


 サクラの言葉に、カヲルの中で何かがはじけた。


 身体からあふれる青い光が、まるでオーロラのように揺らめき始める。


「絡み合った糸を解いて組み替える! そのためには、ただ陽気を出すだけじゃダメだ!」


 サクラの魂にこびりついた黒い染み。

 それを消すんじゃない。

 本質から変えていくんだ。

 そのためには、今までのような陽気をただ放出するのではダメだ。

 もっと繊細で、それでいて強さが必要だ。

 

「陽気の光をさらに細かい粒子に変えて黒い染みの隙間に浸み込ませる。今度はそれを波のように操って、黒い染みを揺さぶるんだ」


 カヲルの青い光が粒になって、サクラの桃色の光に溶け込んでいく。溶け込んだ粒子が波を打って、桃色の光を増幅させる。

 互いが互いを呼び合うように、二つの光は交じり合って輝きを増していった。

 青とピンクの二色に挟まれて、黒い染みが紫色に変わっていく。


「一緒に行こう! そのために少しだけ強くなるんだ!」


 どこからか、ロカの声がする。 


《さすがはボクの子孫! それが、睡蓮寺流くのいち忍法最終秘奥義『天地邂逅』だよ!》


 膨れ上がった巨大な肉塊から、青い光と桃色の光が混じり合ってあふれ出す。

 二色の光の螺旋に包まれて、肉塊を形作っていた不死細胞たちはまるでシャボン玉が破裂するように空に融けていった。


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