第65話 最強最悪の不死生命体

「ギャーッ! 何だこれは!」

「ひぃっ、お助け!」

「まずいぞ、全員退避しろ!」


 降り注ぐショッキングピンクの粒子が意志を持って動き始めたのだ。

 飛び散った不死の細胞一つ一つが、小さな化け物となって襲い掛かってきた。攻撃の対象は、ありとあらゆる生物だ。草木や虫や鳥や……とうぜん人間も。

 不死細胞に付着された生物は、全てが腐食し黒紫に変色していく。

 しかも敵が小さすぎるせいでまったく戦いようがなかった。


「兄上様、トウコと一緒にいてください、でないと不死細胞に喰いつかれてしまいます」


 どうやら陰気を纏ったトウコの周囲だけには不死細胞は近づかないらしい。

 だが、辺り一帯はあっという間に紫の腐海へと変わっていった。


「母さんたちは!?」


 カヲルは周囲を見回した。

 合体奥義で陽気を使い尽くしたところを不死細胞に襲われたのだろう。チアキの右半身が紫色に染まっていた。ハルトは傷ついた妻を抱きかかえながら、懸命に不死細胞の攻撃をかわしている。

 絶対的カリスマだったハルトとチアキの敗北がくのいちたちをパニックに陥れ、惨劇に拍車を掛けていた。

 トウコまでもが、魂が抜けたように呆然と立ちすくんでしまう。


「生きとし生けるものすべてを吸収して、不死細胞は無限に増殖する……こうなったらもう、誰が何をしても不死細胞をとめることは……不可能」


 長い睡蓮寺の歴史を支えてきた山花の森が腐っていく。

 山花の森だけじゃない。

 このままでは、やがて日本中がショッキングピンクに飲み込まれてしまうだろう。今でこそトウコの周囲は安全地帯だけど、それも時間の問題だ。


「しっかりしろ、トウコ! あきらめるな!」

「……でも、もうおしまいです」


 銀髪が揺れ、トウコの身体が力なく崩れ落ちる。そのときだった。


《さて問題です。キミは、おしまいだと思うかな?》


 どこからか声がする。その声には聞き覚えがあった。

 睡蓮寺露火。睡蓮寺流くのいち忍法の三代目首領だった人物だ。

 カヲルは答えた。


「誰かと思えば、ロカか。おしまいじゃないさ。オレがおしまいになんかしない。なんのために男がくのいちやってると思ってるんだ。不可能を可能にするためだろ」


《ピンポーン、100点満点、合格だよ。ご褒美に、ボクが力を貸してあげるね》


「なにノンキなこと言ってるんだ。このままじゃ五行山だってあっという間に禿山だぞ。とっとと手を貸してくれ」


 言い終わるや否や、カヲルの身体に何かが流れ込んできた。

 陽気とも、陰気とも違う、清らかな気の流れ。


「これは、地脈エネルギーか」

《キミたちがそう呼んでいるものさ。いまから、五行山の地脈を全部キミに接続するよ。でも、これをどんなふうに使うかはキミ次第だからね》

「わかってるさ」


 カヲルはうなずくと、トウコに向かって言った。


「トウコは離れていろ」

「兄上様、何をするつもりです? トウコから離れたら危険です!」

「いいから、兄貴の活躍を黙って見てるんだ」


 トウコを突き放して、カヲルは大きく呼吸を始めた。

 ロカが送り込んでくれた地脈エネルギーを取り込み、それを陽気に変換して放出する。

 陽気が青い光を放って辺りを照らしだした。

 すると、散らばっていたピンク色の細胞たちが陽気に惹かれて集まってくる。


「兄上様、何やってるんです。そんなことしたらやつらどんどん集まってきてしまいます」

「そりゃそうさ。こいつらはもとはサクラちゃんなんだからな。オレの陽気は大好きなはずだ」

「飛散した不死細胞を集めるつもりですか、そんなことをしたら兄上様が」

「大丈夫、陽気を出し続けていれば身体を喰われたりはしない」

「そんな、無茶です」


 たしかに陽気を放出し続けて不死細胞を満腹にしておけば、身体そのものを侵されることはないだろう。

 しかし、それでは不死細胞はむしろ増殖し続けてしまう。

 いつまでも続けられる行為ではなかった。

 やがてピンク色がカヲルの身体を覆いつくした。青いドレスを融かし、素肌を覆った不死細胞は、互いに合体して元のぶよぶよした肉塊に戻っていった。

 ただし、その大きさは先ほどまでよりはるかに大きい。

 まるで一つの山のようだ。


「兄上様!」


 トウコの悲鳴がこだまする。

 だがその声は、もうカヲルの耳には届いていなかった。

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