陰と陽の最終決戦

第63話 かつて美少女だった化け物

「オレが……オレがサクラちゃんを……」


 そんな息子の姿に、チアキが首を振った。


「カヲルのせいじゃない。おまえが彼女を連れ出したのは、きっと運命だったんだ。あたしたちは、ちょっと先延ばしにし過ぎた」

「チアキたんの言う通り。そろそろ決着をつけるべきときなのだろう」


 その言葉に、今度はトウコが噛み付いた。


「父上様、話が違います! 連れて帰って治療の儀式をすれば、まだ間に合うって!」

「ああ、たしかにそう言った。だが、どうやら計算が違ったらしい。カヲルと一緒にいることで、妹君の細胞は陽気を吸収しすぎたのだろう。その結果が……あれだ」


 ハルトが竜神の社を指し示す。

 同時に社の中からドスンという大きな音が響いた。


「サクラちゃん!」


 中にいるのは、氷結地獄コキュートスで仮死状態になったサクラ一人のはずだ。駆け寄ろうとするカヲルの足が止まった。


 ドスンドスン、ドスンドスンドスン


 轟音とともに、社が激しく振動する。


「……一体、何が起こってるんだ?」


  *           *           *


 竜神の社は激しく振動したかと思うと、粉々に砕け散った。

 中から現れたのは、巨大な桃色の肉塊だ。

 直径4、5メートルはあるだろう。

 まるで縁日で売っているスライムのようなけばけばしい濃いピンク色で、表面が濡れてヌメヌメと光っている。

 色味こそ違え、屍鬼の仲間であることは間違いなかった。


「化け物め! サクラちゃん、大丈夫か!」


 助けに入ろうとするカヲルを、チアキが押し止める。


「カヲル、アレは化け物じゃない」

「何言ってるんだ」

「あれは……サクラちゃんだよ」


 カヲルには自分の母親が何を言っているのかわからなかった。

 サクラは、さっきまで自分の腕の中にいた。

 数分前まで可憐な美少女だったんだ。


「兄上様、避けて!」


 トウコに言われて、あわてて飛びのいた。

 細かく蠕動する肉塊から、何本もの触手が伸びてくる。触手が這った跡に生えていた植物は枯れ、土が紫色に変色していた。

 どうやらこの触手は、触れたものの生命エネルギーを吸収してしまうらしい。


「……もう、ダメです」


 ナオトの首がつぶやいた。


「賢者の石で生き返った妹の身体は、定期的にエネルギーを抽出しなければ暴走します。細胞が不死化し、全ての生命を喰らい尽くして無限に増殖する化け物に変わってしまうんです」

「そんな! アンタ、自分の妹をそんな危険な目に合わせたのか!?」

「……あのときは、まさかこんなことになるとは思わなかったんです」

「どうすればいい、どうすればサクラちゃんを助けることができる?」


 カヲルはハルトから首を奪い取って尋ねた。

 だが、ナオトは目を伏せたまま――


「ここまで不死化が進んでは、もう元に戻す術はありません」

「そんな!!」

「全ては自分の責任です。だがこのまま放置すれば、不死化細胞は周りの生き物をすべて飲み込み無限に膨れ上がってしまう。頼みます……あの化け物を、殺してください」

「ふざけるな! あれはサクラちゃんなんだろう!」


 憤るカヲルを何者かが押しのけた。


「それは、正式な依頼か?」


 ハルトだった。

 傍らには傍らにはチアキが寄り添っている。


「親父、何言ってるんだ!」

「睡蓮寺流くのいち忍法への正式な依頼なんだね」


 ナオトの瞳から涙があふれた。


「お願いします。妹を、……いや、あの化け物をこの世から抹殺して下さい。妹もきっとそれを望んでいる」

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