第61話 くのいち勝負は、好きになった方の負け

 カヲルはトウコ目掛けて突進すると、忍者刀を振り下ろした。強力な斬撃をトウコの刀が受け止める。

 以前の戦いで、剣術はカヲルの方が優勢だった。それを思い出してか、トウコはすぐさま距離をとって忍法戦に切り替えた。


「裏睡蓮寺流くのいち忍法『氷結地獄(コキュートス)』!」


 カヲルの手足が凍り始める。


「それはもう見切った!」


 カヲルはすかさず四肢の陽気を燃焼させた。

 みるみるうちに四肢の氷が融けていく。

 氷結地獄(コキュートス)は陽気を吸い取って敵を凍らせるトウコの得意忍法だが、ようは吸収される以上の陽気を補ってあげればいいのだ。


「今度はこっちの番だ。睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『雪月花吹雪』!」


 忍法『雪月花吹雪』とは、いわゆる分身の術だ。カヲルの姿が十体に分かれ、同時に攻撃を仕掛ける。


「そんな、子供だまし!」


 トウコはすべての分身に手裏剣に放って本体を見極め、忍者刀で切りかかった。

 陽気を無制限に放出するカヲルと、その陽気を吸収するトウコ。互いの忍法が効かない以上、あとは力と力で勝負するしかない。

 空中で二人の忍者刀がぶつかりあう。

 その瞬間、カヲルがつぶやいた。


「おまえ、今日も綺麗だな。なんか、いい匂いするし」

「あ、兄上様? 何をいきなり」


 突然の歯の浮くようなセリフにトウコは戸惑いを隠せなかった。その隙を逃さず、カヲルの鎖分銅がトウコの身体に巻きついた。

 バランスを崩して地面に倒れる妹を、カヲルは素早く縛りつける。


「金属製の鎖なら、裏睡蓮寺流でも壊せないだろ」

「騙しましたね。ひどい」

「騙してないよ。ホントにいい匂いがするぜ。何かの香なのか?」

「嗅がないでください!」


 身をよじって逃れようとする妹の頭をカヲルがポンポンと叩いた。


「迷惑かけて悪い。でもな、やっとわかったんだ。自分のやりたいことがなんなのか」

「それが、サクラさんを原宿に連れて行くことですか?」

「ああ、オレは彼女の願いを叶えたい。ごめんな。親父の命令とはいえ、わざわざこんなところまで来させちゃって」

「父上様の命令じゃありません。ここに来たのはトウコ自身の意志です」

「どういうことだ?」

「トウコは兄上様が傷つくのを見たくないんです」

「なぜ、オレが傷つくんだ? おまえ、何を知ってる?」

「言えません。お願いです。このままサクラさんを連れ帰らせてください」


 そう言った蒼い瞳には涙が浮んでいる。

 普段感情を表に出さない妹の涙を見たのはじめてだった。

 その様子がただごとじゃないのは、さすがのカヲルにも理解できる。しかし――

 わけのわからないイライラが心の中で爆発した。


「だから理由を話してくれって言ってるじゃないか! なんだって、トウコも母さんも親父も何も話してくれないんだ!」


 カヲルの叫びが山中に響く。


 それに答えるかのように、背後から声がした。


「では、自分からお話します」


 振り返るとそこには、銀髪碧眼の美幼女睡蓮寺春兎と睡蓮寺流くのいち忍法首領睡蓮寺血秋の姿があった。

 しかし口を開いたのはハルトでもチアキでもない。


 ハルトの腕に抱えられた水無川直人の首だった。


「自分が全てをお話します」

「待ってください! 兄上様には秘密にすると」

「そうも言っていられまい。もう時間がない」

「時間がない? どういうことだ!?」


 気色ばんで叫ぶカヲルを、ハルトが制する。


「焦らずとも、水無川殿が全てを話してくれるそうだ。そのうえで、おまえがどうするか決めるが良い。さぁ、お話ください」


 ハルトに促され、首が話し始めた。


「これまで起こった事も、これから起こる事も全ての元凶は自分にあります。たとえどんな罰でも甘んじて受けましょう。ただ自分にはそうする以外に道はなかったのです」


 そう言うと、グッと唇を噛み締める。


「すべては今から二十年前にはじまりました――」

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