第60話 カヲルを大好きだった女の子

「カヲルちゃん、やっぱりすごく似合う。きれい」

「サクラちゃんこそ、めちゃめちゃ可愛いよ」


 ふらつくサクラを支えようとすると、自然に抱き合う格好になった。


「あのね。ホントは原宿に着いたら言うつもりだったんだけどね」


 サクラは熱に浮かされたように言った。


「カヲルちゃんに、内緒にしてたことがあるの」

「えっ?」


 病気のことだろうか? カヲルは思わず身構えた。


「わたしね、前に自分のこと百合じゃないって言ったでしょ。あれ、嘘なんだ。実はわたし、ほんのちょぴりだけど百合属性が入ってるの」

「はぁ?」

「だからね。わたしカヲルちゃんのことが好きなの。ライクじゃなくて、ラブなの」


 その声は雨音に掻き消されることなく、はっきりとカヲルの耳に届いた。


「サクラちゃん?」

「最初はときどき男の子みたいで怖かった。ホントは男の子じゃないかって疑ったこともあるんだよ。もちろん、今は女の子だってわかってるけどね。だって、カヲルちゃんみたいに女の子らしい女の子は滅多にいないもん」

「はは、そうかな?」

「だから、わたし、カヲルちゃんの彼女になりたかった」


 なりたかった。

 サクラは過去形でそう言った。

 カヲルはサクラを抱きしめる腕に力をこめて言った。


「あの、オレ、じゃなくて、あたしもサクラちゃんに隠してたことがあるの。あたしもね、ずっとサクラちゃんが好きだった。もちろん、ラブで。ラブラブで」


 それを聞いたサクラはプっと吹き出した。


「サクラちゃん?」

「カヲルちゃん、隠してるつもりだったの? 全然隠せてなかった。バレバレだったよ」

「サクラちゃんだってバレバレだし。百合オーラ全開だったし」


 カヲルとサクラは互いに顔を見合わせて笑った。


「ねぇ、カヲルちゃん、わたし可愛い?」

「もちろん、世界一可愛いよ」


 するとサクラは急に真顔になった。


「よかった。カヲルちゃんは、今の可愛いわたしを覚えていてね。カヲルちゃんを大好きだった可愛い女の子、それがわたしだから」


 意味深な言葉に、カヲルの表情が曇る。


「サクラちゃん……何言ってるの?」


 しかし、サクラは答えなかった。


「サクラちゃん?」


 いったい、どういうことだろう。

 彼女は目を開けたまま、まるで時が止まったかのように動きを止めていた。

 それだけじゃない。いままであんなに熱かったサクラの身体が急激に冷たくなっていく。


「なんだ、これは?」


 気がつくと、サクラの足元が凍り付いていた。


(これは……『氷結地獄(コキュートス)』? トウコか!?)


 *        *         *


 カヲルは社の外に飛び出した。

 そこに立っていたのは銀髪碧眼の美少女くのいち、冬湖・ベアトリーチェ・睡蓮寺だ。


「やはりヨシノブ氏をマークしていて正解でしたね。かならず兄上様と接触すると思っていました。しかし、なんて恰好……」


 敬愛する兄のアイドルチックなドレス姿に、いつも冷静沈着なトウコの目が泳ぐ。


「大丈夫です! トウコの兄上様をお慕いする気持ちは徹頭徹尾揺らぎません! ……例え兄上様にどんな隠された趣味があろうと」


 自分に言い聞かせるように言った。


「隠された趣味じゃねぇ! これはサクラちゃんに頼まれて仕方なくだ! って、そんなことよりトウコおまえ、何してくれちゃってるんだ! 氷結地獄コキュートスなんて普通の人間にかける忍法じゃないだろ!」

 氷結地獄コキュートスは、陽気を吸収することにより敵の身体を凍結させる裏睡蓮寺くのいち忍法の奥義だ。

 ゾンビや屍鬼ならともかく、生身の人間に使えばあっというまに仮死状態に陥ってしまう。

 カヲルの非難を聞いて、トウコはフンと鼻で笑った。


「普通の人間? まあ、いいですけどね。そんなことより兄上様の馬鹿さ加減にトウコはもうビックリです。面会すら制限されているサクラさんをこんな所まで連れ出すなんて」

「男にはやらなきゃいけないときがあるんだ!」

「男にはって、そんなドレス姿で言われても……しかもトウコより可愛い」

「な、見逃してくれ! 」


 手を合わせるカヲル。

 しかしトウコは首を振って拒絶の意志を示した。


「そうはいきません。儀式の時間に間に合うようサクラさんは村に連れて帰ります」


 そう言いながら忍者刀を抜き放つ。カヲルも応じるように刀を構えた。


「妹なら、兄貴の邪魔をするな!」

「兄上様こそ、可愛い妹の言うことを聞いてください!」

「わがままな妹には、おしおきだぞ!」

「それはちょっと魅力的ですが、今日のところは却下です!」

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