第58話 マシュマロを背負って、山道を行く

「なんでおまえらがここにいるんだ!?」


 いぶかしがるカヲルにナモリが答えた。


「朝早くに、首領様から非常呼集が掛かったナモリ。カヲル姫が村の女の子を誘拐して逃げているから確保するようにって命令ナモリ」


 それを聞いたサクラは抗議の声をあげる。


「誘拐なんて誤解だよ! カヲルちゃんはわたしを原宿に連れて行ってくれるだけなんだから!」

「大丈夫。うちらはちゃんとわかってるナモリ。で、くのいち部隊のほとんどは鉄道に回ってるんだけど、ヨシノブ兄がカヲル姫は絶対こっちに来るから三人で助けようって」

「ふーん、今日は味方ってわけ? あたしを助けたってバレたら後で叱られるんじゃない?」


 五行山で騙された事を思い出して、カヲルは嫌みっぽく言う。

 しかし、ナモリは大きく胸を張ってみせた。


「そこはミモリちゃんと相談したナモリ。カヲル姫を倒せない以上、次期首領はカヲル姫で決まりナモリ。恩を売るなら、もうすぐ死んじゃうババア世代より未来世代ナモリ」

「ははは、おまえたちらしいな」

「それに、五行山でのことを謝りたかったナモリ。騙してゴメンナモリ。でもウチらはともかく、ヨシノブ兄は本気で姫のためを思ってたナモリ。信じてあげて欲しいナモリ」


 そう言いながら、ナモリはカヲルに向かってちょこんと頭を下げる。

 彼女たちには騙されっぱなしだけれど、今回は不思議と信じられる気がした。


「ああ、わかったよ」

「じゃあ、さっそく出発ナモリ! まずはこのまま徒歩で山越えナモリ!」


 ここから二つ山を越えたら県境になる。

 県境を過ぎたところに県道があって、ヨシノブがそこで車を手配して待っているのだそうだ。

 隣の県まで行けば、睡蓮寺もさほどムチャはできないだろう。しかし――


「サクラちゃん、少し歩くけど大丈夫?」


 サクラの体力で山を越えられるか、問題はそこだった。

 もちろんほとんどはカヲルがおぶって行くつもりだが、それですらここ数日寝たきりだった彼女には負担だろう。

 しかし、サクラは力強く頷いた。


「うん、全然平気。カヲルちゃんのそばにいると元気になるの。なんだか、カヲルちゃんからエネルギーをもらっているみたい――」


 ピンク色の頬がさらに赤く染まる。


「――だから、もっとくっついててもいい?」


 返事を待たずにサクラはカヲルの胸に顔をうずめてくる。甘い匂いが広がって、カヲルの鼻がいっきに膨らんだ。


「もちろん、どーんとおいで」


 傍らでナモリが呆れたように肩をすくめた。


「あーあ、バカップルうざいナモリ」


  *         *         *


 山花の森は、地面にうねる木の根とぬかるんだ下草で極端に歩きづらくなっている。それは侵入者を阻むために、何百年の時を掛けて睡蓮寺のくのいちたちが育んできた自然のトラップだ。その一方で、睡蓮寺の申し子であるカヲルにとっては慣れ親しんだ庭のようなものだった。

 サクラを背負っているにもかかわらず、カヲルの足取りは軽かった。


「カヲルちゃん、大丈夫? 重くない?」

「どんなに重くても平気だって、あたし鍛えてるから」

「そこはウソでも重くないって言ってよ」

「ははは、ホントに重くないよ。でも不思議だよね。こんなに大きいのに重くないなんて」

「大きい? いやん、カヲルちゃんってば何の話してるの?」


 さっきから、カヲルの背中にはサクラの胸が密着している。

 二人のやりとりにナモリはブチ切れ寸前だった。


「はいはい、そろそろ小芝居やめてピッチ上げるナモリ。カヲル姫、ちょっとマズい。一雨くるナモリ」


 見上げると、西の方から黒雲が一気に覆いかぶさろうとしていた。


「もしかして、これも追っ手の人たちの忍法なの」

「ははは、さすがにそれはないよ」


 不安げなサクラにカヲルは笑ってみせる。いくら睡蓮寺流くのいち忍法でも天気を操るほどの力は持っていない。


 それからまもなく雨が降ってきた。

 運の悪いことに、土砂降り。集中豪雨というヤツだ。


「睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『魔仏鏡』!」


『魔仏鏡』は、弾丸をも跳ね返す陽気の盾だ。

 カヲルはその盾を頭上に展開する。硬質化した陽気が雨粒を弾き飛ばす傘となってサクラを守ってくれた。


「カヲル姫、それはさすがに陽気の無駄遣いナモリ」

「大丈夫大丈夫。サクラちゃんを濡らすわけにはいかないだろ」

「カヲルちゃん、わたしちょっとくらい濡れても平気だよ」

「ダメダメ、サクラちゃんを濡らしていいのはあたしだけ」

「セクハラオヤジみたいなシモネタやめるナモリ!」


 ドン引きしたナモリが、サクラに催促する。


「サクラちゃん、こういう時はちゃんと怒ったほうがいいナモリ!」


 しかしサクラは頬を真っ赤に染めながらつぶやくだけだった。


「……もう、カヲルちゃんのエッチぃ」

「うわぁ、まんざらでもないナモリ! こんな可愛い顔してビッチナモリ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る