第57話 想定外の援軍

 そして二人は、計画通り花卉を運ぶトラックの幌の中に忍び込んだ。

 午前六時、トラックが山花村の農協を出発する。

 これに乗っていれば、三時間ほどで東京都大田区にある青果市場までたどり着けるはずだ。そこからは山手線で原宿まで行けばいい。


 しかし、トラックの荷台は思ったより揺れた。さらに花の匂いが結構キツい。

 サクラは苦笑いを浮かべた。


「お花って一本一本だとすごくいい匂いなのに、集まるとすごいんだね」

「大丈夫?」

「うん、だって念願のカヲルちゃんとの原宿デートだもん」


 そう言うとサクラはカヲルの手を握ってきた。

 小さくて華奢な手。でも、とても温かい。


「なんだか、眠くなっちゃった……昨日全然寝てないの。興奮して眠れなかったから」

「実はあたしも。少し寝ておこう。こっちに寄りかかって大丈夫だから」

「ありがとう。やっぱりカヲルちゃんは優しいね」


 カヲルの肩にサクラの小さな頭がコツンと当たる。

 やがて小さな寝息が聞こえる頃には、カヲルもウトウトと眠り込んでしまっていた。


 *         *         *

 

 どのくらい経っただろうか?

 トラックが急停車する衝撃で目が覚めた。


「なんで止まったんだ?」


 時計を見ると、まだ十分ほどしか経っていない。

 山花村から東京方面へ抜ける国道は一本道で、しばらくは信号一つ無いはずだ。

 トラックの幌のつなぎ目から外を覗くと、見慣れた田舎の景色が広がっていた。山花村からまださほど離れていないようだ。


「睡蓮寺流くのいち忍法地の巻『立て耳』」


 忍法で聴覚を覚醒させた。

 車の外で、運転手が誰かと話す声が聞こえる。


「何の検問なんだ?」

「あー睡蓮寺にスパイが入り込んだらしくてね。村から出る車を一つ一つ点検しているのさ。この車の荷物は山花蘭、東京行きだね」


 女の声には覚えがあった。近所に住むおばさんで「浮き雲のヤエ」と呼ばれる上忍だ。


「ああ、大田市場行きだ」


 運転手が答えた。彼には催眠忍法がかけてある。カヲルたちの存在は認識できていないはずだった。


「不審者が入り込んだりしてないかい」

「当たり前だ。変なヤツがいりゃすぐわかんだろ」

「念のため、荷台を調べさせてもらうよ」


 ヤエおばさんの気配が近づいてくる。

 どうするか?

 戦って勝てない相手じゃない。けれど、彼女は老練なくのいちだ。カヲルたちをみつけたらまず援軍を呼ぶだろう。

 その前に、陽気を叩き込んで気絶させるしかない。


(できるか?)


 おばさんの陽気な笑顔が浮かんだ。

 しかし、ここを突破するためにはやるしかない。


「あのぉ、ヤエさん! ちょっと良いですか!」


 遠くの方から声がした。


「なんだい、ミモリちゃん」

(ミモリが来てるのか?)

「ちょっと、こっちのほうに怪しい人影がみえたんです」

「ホントかい? また狸じゃないだろうね」


 ヤエおばさんの気配が遠のく。直後に幌が開いて、何者かが顔を出した。


「いたいた、カヲルちゃん。やっぱりここだったナモリ」


 現れたのはナモリだった。


「おまえ、どうしてここに?」

「しっ、とりあえず逃げるナモリ」


 ナモリに連れられてカヲルとサクラはトラックの荷台を降り、近くの茂みに身を隠した。ヤエおばさんの声が聞こえてくる。


「もう、ミモリちゃんたらまた見間違いじゃない。アンタそんなんじゃ、いつまでたっても実戦には出させてもらえないよ。一日で死亡しちゃうわ」

「すいません。あ、ヤエさん、このトラックの中はやっぱり誰もいませんね」

「ちゃんと見たのかい? 相手はあのカヲル姫なんだからね。アレ? ナモリちゃんは?」

「ええと、お花摘みに行ったみたいです」

「またかい?」

「あの子、頻尿の気があるんですよ」

「そうかい、若いのに大変だね」


 茂みの中で身を潜めるナモリの肩がプルプル震える。


「ミモリちゃんってば勝手なこと言っちゃって! 誰が頻尿ナモリ!」

「ナモリ、落ち着け! てゆうか、ミモリって大人と話すときは語尾のミモリつけないんだな。いやいやそんなことより、なんでおまえらがここにいるんだ!?」

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