百合姫逃亡戦
第56話 朝陽と共に迎えに来る
屋敷にたどりついたカヲルは、軽快にジャンプして二階にあるサクラの部屋のベランダへと降り立った。
カーテンの隙間から中を覗くと、サクラはすでにベッドに入っている。
「サクラちゃん!」
窓越しに声をかけた。
カヲルの声に気がついたサクラは慌てて身体を起こそうとする。だが、力が入らないのか、思うように起き上がれないようだ。
「無理しないで」
カヲルはできるだけ優しい口調で、しかしきっぱりと告げた。
「返事はいらないから、そのかわりよく聞いて。あたしね、決めたんだ。今から約八時間後、この窓から見える五行山の向こうから朝陽が昇ってくる。その朝陽と一緒に、あたしはサクラちゃんをさらいにくる」
息を呑む音が室内に響いた。
「二人で一緒に原宿に行こう」
「……でも、お兄ちゃんやカヲルちゃんのおうちの人に怒られるんじゃ」
「誰が反対しても、誰に邪魔されても、あたしがかならずサクラちゃんを原宿まで連れて行く。原宿で思いっきり好きなことして遊ぼう」
そうだ。
サクラを原宿に連れて行く。
それがカヲルの一番したいことだ。
すると、部屋の中から鼻水をすするような音が聞こえてきた。
(泣いている?)
「サクラちゃん、泣かないで。大丈夫だから、ちゃんと計画はあるから安心して――」
山花村は周囲を黄長瀬山脈に囲まれた盆地で、東京へ向かうルートは山間を抜ける鉄道と併走する国道に限られていた。
電車は東京までの各駅停車が日に三往復している。
けれど顔見知りばかりのこの村で電車を使うのは目立ちすぎる。ただでさえ、カヲルは村の有名人だ。
そこで考えたのが、国道を通って東京へ出荷される山花蘭のトラックだった。
セリに間に合うように、朝一番に数台のトラックが村を出る。
そのトラックに紛れ込めば、大田区にある青果市場までノンストップでいけるはずだ。
「違うの……心配で泣いてるんじゃない」
サクラは答えた。
「嬉しいの。カヲルちゃん、わたし嬉しいんだよ」
「うん、あたしも楽しみ」
「カヲルちゃん、いっぱい、いっぱい遊ぼうね」
鼻水をすすりながら、サクラはカヲルに向かってピースサインをしてみせた。白くて細い指がプルプルと震えている。
それを見たカヲルの目からも涙があふれそうになった。
あわてて目を擦って、茶化すように言った。
「サクラちゃんは覚えてる? 原宿に行ったらって、二人だけの約束」
二人だけの約束――その言葉にサクラの頬が染まった。
「もちろんだよ。たくさんたくさんキスしてね」
* * *
そして、約束の八時間後。
夜明けとともにカヲルは水無川邸を訪れた。
そこで待っていたのは、クラッシックなワンピースに探偵風ベストというお出かけファッションのサクラと、海外旅行に行くかのような大型スーツケースだ。
「この荷物は?」
呆れ顔のカヲルに、サクラは微笑む。
「着替えだよ」
「別に泊まりじゃないのに?」
「だって二人分だもん」
「えっ? あたしの分も?」
「やっぱりカヲルちゃんてば、今日もデニムでしょ。原宿に着いたら着替えてもらいますからね。二人でおそろいのドレス着て、カフェでお茶を飲むの」
「オ、オーケイ、お姫様の仰せのままに。体調はどう?」
「うん、なんだかすっごい元気になっちゃった」
それが空元気だってことくらいカヲルにもわかる。
でも、あえて気づかないフリをした。
「でも、どうやって部屋を出ようかな。玄関からじゃ、お兄ちゃんに見つかっちゃう」
「大丈夫、それはあたしに任せて」
屋敷に来る前からカヲルは奥義『燕舞』を発動している。
右手で軽々とサクラを抱えると、左手にトランクを握って窓からジャンプした。腕の中の姫君に気を使って空中で一回転し、ふんわりと着地する。
「すごい。お兄ちゃんからカヲルちゃんのおうちは忍者さんだって聞いてたけど、ホントなんだね」
「あ、うん、まあね。でも、ちょっと引くでしょ。今時くのいちなんて」
「そんなことない。かっこいいよぉ。惚れちゃいそう。てゆうか、もうとっくに惚れてるんですけど」
感激しきりのサクラの表情を見ながら、カヲルは心の底から思った。
(
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます