第53話 哀しい美少女
しかし、サクラは次の日も学校に来なかった。
放課後、カヲルはトウコの任務を手伝い、かわりにまた五分だけサクラに会わせてもらうことになった。
ただし、その日は窓越しに会うだけでサクラの部屋に入ることは禁止された。
「サクラさんの具合がよくないらしいのです。兄上様との面会が負担になっているのかもしれません」
そう言われると、それ以上わがままは言えない。
カヲルをみつけたサクラは駆け寄って窓を開けようとしたが、トウコに制止された。
今日の彼女は綿パイル生地の真っ白いパジャマ姿だ。でもそのパジャマよりも顔の方が真っ白で、おおよそ血の気というものが感じられなかった。
「サクラちゃん、大丈夫? 治療の儀式ってつらいんだよね。無理してるんじゃないの?」
「うん、ちょっと気持ち悪いんだけどね、大丈夫だよ。お兄ちゃんがサクラのためにやってくれてることだし。それにね、約束してくれたの。この治療を頑張ったら、カヲルちゃんと原宿に行ってもいいって」
サクラは弱々しく微笑むと、疲れたらしくペタンとカーペットに座り込んだ。
そんな身体で原宿なんて行けるはずがない、とは言えなかった。
きっとサクラは、カヲルと一緒に原宿に行くことだけを心の支えにしているのだろう。
何も言えずにいると、背後からトウコの声がした。
「五分経ちました。本日の面会時間はここまでです」
* * *
数日後の夕方。
カヲルは、水無川邸の前に立ち止まって屋敷を眺めていた。
屋敷のいたるところから屍鬼が現れ、その数は日に日に増しているようだ。だが一方のトウコも手慣れてきたようで、現れた化け物たちを手際よく処理していた。
兄の姿に気がついたトウコが不満げに訴える。
「見てるなら手伝ってください。それとも今日はサクラさんに会わなくてもいいんですか」
そう言われても、カヲルの足は動かなかった。
「なあ、この儀式って、ホントにサクラちゃんの治療になってるのか!?」
不安げな叫びが風に千切れる。
「オレ思うんだ。この儀式はサクラちゃんを治すためじゃなく、サクラちゃんの体から精気かなにかを吸い取ってるんじゃないかって。オヤジも母さんも、絶対何か隠してやがる。なあトウコ、おまえは何か聞いてないか?」
トウコはそれに答えず、無言のまま戦い続けた。襲い掛かる屍鬼たちの攻撃をかわし、『蜘蛛女(アルケニー)』で絡め取る。醜い肉の塊は陽気を吸収され、干からび粉々になって再び地に溶ける。
最後の一体を倒すと、煙突からの煙が途絶えた。
どうやら今日の儀式は終わりらしい。
辺りを見回し、屍鬼が残っていないことを確認してトウコは刀を納めた。
「トウコにも詳しいことは知らされていません。それに病気や錬金術の話なんてされても、どうせトウコにはわかりませんから。兄上様ならおわかりになるというのですか?」
棘のある言い方だ。カヲルは不満げに口を尖らせた。
「そりゃ、きっとオレにもわからないと思うけどさ……でも、いやだろ、裏でコソコソされるのはさ」
「裏でコソコソするのがくのいちだと思いますけど。仮にもし父上様や首領様に隠し事があったとしても、それは兄上様を思ってのことでしょう。水無川邸襲撃のときに兄上様を朱組から外したのだって、結局は兄上様のために――」
「それが余計なお世話だって言ってるのさ。オレたちは戦闘マシーンじゃないんだぜ。使えるときだけいいように使って、言うこと聞かなさそうなときは話も通さないなんて、母さんも親父もオレのことを駒としか思ってないんだ」
カヲルは憎々しげに舌打ちをする。
すると、トウコはつぶやいた。
「トウコは、きっと戦闘マシーンです」
「えっ?」
「トウコの母上様は、ロシア聖教会に捕らえられていたところを父上様に助けられました。そしてトウコが生まれ、引き換えに母上様は死んでしまった。父上様とトウコは二人きりで欧州各地を転々とし、そのあいだ父上様が男手一つでトウコを育ててくださいました。それだけじゃありません。聖教会に追われる身のトウコを、父上様は何度も命を懸けて守ってくださったんです。だから父上様の言うことはトウコには絶対です。父上様が戦えと言えば、トウコは何が相手でも戦います」
その蒼い瞳は澄み切って、でもどこか寒々としていた。
カヲルだって、幼い頃から父親がいないことでずいぶんと寂しい思いをしてきたつもりだ。しかし周りには常に構ってくれる大人がいたし、ヨシノブのような仲間もいた。
トウコの方が、何十倍もつらい人生を送ってきたのは間違いない。
「小さい頃からずっと言い聞かせられてきました。大きくなったら裏睡蓮寺流のくのいちになって、兄上様と結婚して、スーパーくのいちを産むって……ということはトウコは戦闘マシーンじゃなくて、出産マシーン? あ、そうです。ちょうどいい日本語を知っています。トウコのことはこれからこう呼んでください。『肉便器』と」
「ちがぁう! もうおまえは日本語いったん全部忘れて!」
「はぁ?」
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