第52話 月夜の二人

「ねえ、何かお話して? わたしが休んでいる間、何か変わったことあった?」

「変わったこと? 学校では何もなかったなぁ」

「カヲルちゃんのおうちでは?」

「うち? ああ、そういえば十四年ぶりに父親に会ったよ」

「お父様に?」

「ずっと海外で仕事をしてたんだ。てっきり母親とは離婚したと思ってたんだけど、違ったみたい。で突然帰ってきたと思ったら、いきなり妹と結婚しろとか無茶なこと言うしさ」

「よかったね。トウコちゃん美人だもんね」

「そりゃ美人だけど、ぜんぜんあたしの好みじゃないし」

「へぇ、じゃあ、カヲルちゃんの好みはどんな子なんですか?」

「どんなって……それは……」

「目は吊り上ってるのと垂れてるのと、どっちが好き?」

「うーん、どっちかっていうと、ちょっと垂れてるくらいかな」

「じゃあ、背は高いのと低いのと、どっちがいい?」

「あたしよりちょっと低いくらいがいいよ」

「おっぱいは大きい子が好きなんだもんね」

「なんでそこは決まってるの?」

「髪はどう? 長い子と短い子」

「髪は長くて、ちょっと茶色くて、くるくる巻き毛の子が好き」


 カヲルが答えると、サクラは甘えた声を出した。


「ふぅん、じゃあ、カヲルちゃんの好みにバッチリな女の子が目の前にいますけどぉ?」


 たしかにその通りだった。

 月明かりに浮かぶサクラは、リスのように大きなちょっと垂れた目をして、カヲルより少しだけ背が小さく、その割りにパジャマの上からでもわかる大きな胸をしている。

 そして、栗色の髪の毛がキラキラと光っていた。


「なのに、カヲルちゃんは何もしないんですかぁ?」


 サクラは不満げに口を尖らせた。


「するよ、ぎゅってしちゃう」


 思わず抱き寄せた。


「あっ」

「それから、チュッってする」


 ほっぺに口づけた。


「ああっ」

「あと、可愛い耳を噛んじゃう」


 耳たぶを優しく噛んだ。


「あああっ、ダメっ」


 サクラはあわててカヲルの身体を突き放して、くるりと背を向けた。


「今日のカヲルちゃん、積極的過ぎ」

「ゴメンゴメン、サクラちゃんが可愛かったからつい。今日はもう帰るね。これ以上いると、もっとすごいことしちゃいそう」

「もう、カヲルちゃんのエッチ、……でも、イヤじゃなかったよ」

「うん、ありがとう。元気そうで良かった」


 カヲルはベッドから出ると、ベランダのカーテンを開けた。

 月の明かりでサクラの頬がピンクに染まっているのがわかる。きっと自分の頬も同じだろう。

 窓から飛び降りるカヲルに、サクラは手を振って叫んだ。


「なんか元気になった。カヲルちゃんが来てくれたおかげだよ。明日は学校に行くね」

「うん、待ってる」

「あと、絶対原宿にも行こうね!」


 しかし、サクラは次の日も学校に来なかった。

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