第51話 夜のおうちデート

 それから一時間後――


 カヲルは、儀式の終った水無川邸へと潜入した。

 すっかり陽は落ちて辺りは真っ暗になっている。

 屋敷に人の気配はなく、シンと静まり返っていた。

 ヨシノブから聞いた話だが、あれだけ激しい戦いがあったにも関わらず、先日の朱組の襲撃事件での犠牲者は両陣営ともに一人も出なかったそうだ。


「まあ、生きている人間は一人も死ななかったってことだけどな」


 屋敷の使用人たちは、ナオトが日本各地の病院から盗んできた死体を賢者の石で蘇生させた作ったものだった。だが彼の賢者の石は不完全で、蘇生した死体は時間が経てばゾンビになってしまう。

 ちなみにカヲルが気を失った後、主を失ったゾンビたちは屋敷の庭に集められ、トウコの裏睡蓮寺忍法によって細胞レベルにまで分解され土に還ったそうだ。

 欧州では、ナオトが売り捌いた賢者の石で死者を蘇生しようとしてゾンビになる被害が多発していた。

 おそらく日本でも、表立ったニュースになっていないだけで同様の事件は起こっているのだろう。

 自称ジョージ・スチュアート三世もその被害者の一人というわけだ。

 

(まあ、アイツは自分を犠牲者だなんて思っていなかっただろうけどな)


 もっと言えば、サクラの兄、水無川直人本人も被害者といえるかもしれない。

 彼は、とうの昔に自らを不死の化け物に変えていた。

 だからこそ、平気で自分の首を切り落とすような真似ができたわけだ。


 ナオトが自ら落とした首は、ハルトによって欧州錬金術師協会に送られた。

 そこで審問会に掛けられ、数日後には日本に戻ってくるという。

 ナオトを指名手配していた国際刑事警察機構も、犯人死亡のため捜査を打ち切ったのだそうだ。ちなみに首無し死体となった身体は、その後もまめまめしく働いて事件の後始末をおこなっているらしい。


(サクラちゃんは本当に無事なのかな?)


 あの夜、ガラス容器の中の彼女はみるからに妖しい儀式を受けていた。

 病気の治療と聞かされてはいるけれど、はいそうですかと簡単には信用できない。


 はやる心を抑えつけながら、二階の南側にあるサクラの部屋を目指した。

 ベランダへ飛び上がり、カーテンの閉まった窓をコンコンと叩く。

 やや間があって、カーテンが開いた。


「もしかして、カヲルちゃん?」


 窓を開けて顔を出したのは、いつもの可憐な美少女だった。

 カヲルはホッと安堵のため息をつく。


「サクラちゃん、こんばんは。ゴメンね、こんな夜中に」

「ううん、わたしも会いたかったよ。入って」


 サクラに促されて、カヲルはするりと彼女の部屋に滑り込んだ。

 パジャマ姿のサクラは、まるでお人形のように可愛らしい。多少顔色は良くないが、さほど体調が悪いわけでもなさそうだ。心の中で舌打ちをした。


(やっぱり寝る時は裸じゃないじゃん、あの変態兄貴)


 カマをかけるつもりで尋ねた。


「学校欠席だったから心配になっちゃって、具合悪いの? それとも、何かあった?」


 すると、サクラははにかんだように微笑んで首を振る。


「たいしたことないよ、ちょっと風邪っぽかっただけ。お兄ちゃん、おおげさだから」


 その表情から嘘やごまかしは微塵も感じられなかった。

 どうやら、サクラにはあの夜の記憶は一切ないようだ。


「お兄ちゃんのほうがよっぽど大変なのに。お仕事中に顔を火傷しちゃって昨日から顔中包帯でグルグル巻きなんだよ」


 それはきっと首が無いのをごまかすためだろう。


「へぇ、そうなんだ。でもサクラちゃん、風邪引きさんならベッドに入ってて」


 カヲルが勧めると、サクラは素直にベッドに潜り込んだ。

 それから布団をめくって隣をポンポンと叩く。


「カヲルちゃんも、ここ」

「えっ」


 おもわず戸惑いの声をあげるカヲル。

 するとサクラは、すねたように小首をかしげた。


「ダメ?」

「ううん、ダメじゃないよ。女の子同士だもんね」

「うん、女の子同士だもん」


 二人は並んでベッドに横たわった。

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