第50話 湧き出す屍の鬼たち

「……そりゃ覗きたくないわけでもないけど」

「うわぁ、ドン引きですねぇ……兄上様の鬼畜」

「うるさい! オレが言いたいのはそうじゃなくて、あの兄貴にまかせて大丈夫なのかってことだよ!」

「それは……トウコもくわしくは知りませんが、サクラさんの病気は錬金術に頼るしかないそうです。それにマッドサイエンティストとはいえ実の兄なのですから、妹のサクラさんに変なことはしないでしょう」

「……だったらいいんだけど」


 カヲルの表情が曇る。

 トウコは落ち込む兄を元気付けるかのように明るい声を出した。


「おっと、べつにこれは兄上様がトウコに変なことをしちゃいけないという意味ではありませんよ。お兄様ならいつでもウェルカム。その証拠に、今日も朝からノーパンです」

「ノーパンって、どうせパン食べてないとかだろ」

「違うんですか? 日本男児はおマンマが好きだから、女の子がノーパンだとすごく元気になるって教科書に」

「だから捨てなさい! いや、むしろ捨てる前に一回オレに見せてくれ!」


 ひとしきりボケとツッコミを繰り返した後、カヲルは真剣な表情になった。


「とにかくオレはサクラちゃんが心配なんだ。なあ、頼むよ。一度でいいから会わせてくれ」


 そう言いながら妹に向かって手を合わせる。


「そんな風にお願いされても困ります。侵入者を排除するように命令を……」


 トウコが断っても、カヲルは頭を上げようとしなかった。

 しばしの沈黙。

 やがて、根負けしたのは妹はフゥとため息をついた。


「……まあいいです。そもそも兄上様が本気になったら、トウコを蹂躙して突破することは可能ですからね。約束します。これからの任務を手伝っていただければ、五分だけトウコは持ち場を離れます」

「任務って、この屋敷の警備か?」

「屋敷の警備はおまけの仕事、本命はアレです」


 そう言うと、トウコはイギリス式庭園の中央にある大きな植え込みを指差した。

 夕陽を受けてできた樹木の影が陽炎のようにゆらゆらと揺れている。

 ふと気がついた。


(待てよ。こんな日暮れに陽炎なんか立つか?)


 もう一度目を凝らす。木の影と思ったのは黒い瘴気の塊だった。

 瘴気は徐々に実体化して人間の形になる。だが、もちろん人間のはずがない。形こそ人間だが、中身はぶよぶよとした肉の塊だ。同じ化け物でも、先日戦ったゾンビやキメラと違い生物としての体裁すら整っていなかった。

 おそらくヤツらをミキサーにかけて人間の型枠に嵌め込んだらこうなるだろう。


「屍鬼、というのだそうです。治療の儀式の際に出てくる不浄の気が集まって受肉した化け物。放っておけば屍鬼は村に出て人々を襲い、大変なことになるでしょう。こいつらを退治するのがトウコの新しい任務なのです」


 それを聞いたカヲルは、ふうんと相づちを打った。


「ふうんって、兄上様、驚かないのですか? あんな化け物がでてくるなんて」

「別に、もう慣れた。それより屍鬼を退治すればサクラちゃんに会わせてくれるんだな」


 トウコの返事を待たずにに、カヲルは屍鬼目掛けて突進した。

 あっというまに忍者刀で化け物の身体を両断する。


「兄上様、屍鬼に刀は効きません!」


 真っ二つに分かれた肉の塊は、それぞれがまた小型の屍鬼になる。


「そうらしいな。でも、わかるぜ。こいつらを退治する方法は二つだろ」


 水無川直人の錬金術がどういう原理でこの化け物を産み出しているのかはわからない。けれど、要するに屍鬼というのはゾンビの成れの果てだ。その体内では絶えず細胞分裂が繰り返され、無理やり再生と増殖を行っているに違いない。


 一つ目の退治法は、屍鬼の身体に大量の陽気を流し込むことだ。

 そうすればただでさえ一杯一杯の細胞分裂サイクルがオーバーロードして、細胞自体が破裂してしまうはず。カヲルはそれを直感で察していた。


「ほら、喰らえ!」


 化け物の半身に手を触れると、いっきに陽気を注ぎ込んだ。

 するとぶよぶよとした屍鬼の身体がみるみるうちに膨れ上がり、パチンと音を立てて木っ端微塵に破裂した。一見簡単なように見えるが、無尽蔵に陽気を放出できるカヲルならではの退治法だった。


「さすが、兄上様。では残りはトウコが、裏睡蓮寺流くのいち忍法『蜘蛛女(アルケニー)』!」


 続いてトウコの銀髪がもう半分の屍鬼に絡みつく。


 もう一つの退治法は、ジョージ・スチュアート三世を倒したときと同じやり方だ。

 裏睡蓮寺流忍法で、屍鬼から陽気を吸収する。

 陽気を吸い取られた屍鬼の細胞は再生ができなくなり、一瞬のうちに百年の時が過ぎたかのように風化して朽ち果てていった。


「よし、これで約束どおりサクラちゃんに会わせてもらうぞ」

「まだまだ、そんなに簡単にはいきませんよ」


 振り返ると、庭中に何十体もの屍鬼がうごめいていた。


「屍鬼はこれから一時間、治療の儀式の間中ずっと出現し続けるのです」

「こいつらを全部倒さなきゃいけないのか?」

「いやなら良いのですよ。まあ、たった五分の面会のためにそこまでの労力を払う価値はないですよね」

「バカ言え! サクラちゃんを一目見れるなら、この百倍でも少ないくらいさ!」


 そう言うと、カヲルは再び屍鬼の群れ目掛けて突っ込んでいった。


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