錬金館の消耗戦

第49話 我が愛しき姫の秘密

 次にカヲルが目を覚ましたのは、自分の部屋のベッドの上だった。

 枕元に置かれたスマホの画面には、月曜日AM8:15と表示されてる。


「めっちゃヤバい、遅刻だっ!」


 あわててベッドから跳ね起きたところで、いっきに前日の記憶がフラッシュバックした。


「最後に親父の掌底を食らって……サクラちゃんは!?」


 朱組が水無川邸を襲撃したのが土曜日の夜十二時だから、あれから三十時間が経過したことになる。サクラは無事だろうか?

 とるものもとりあえず部屋を飛び出したカヲルを、母親のチアキが呼び止めた。


「ちょっと待ちな。今度の一件については、もう決着がついてる。アンタの友達も無事だ。だから、もう手出しするんじゃないよ」

「何言ってるんだ、あの兄貴、サクラちゃんに怪しげな錬金術の実験をしてただろ。サクラちゃんを助けなきゃ!」

「それが勘違いだって言ってるのさ」


 抗議するカヲルを制してチアキが語ったのは、まったく予想外の話だった。


「サクラちゃんだっけ、おまえの友達はね、言ってみりゃ病気にかかってるんだ。水無川直人はそれを治すために非合法な錬金術の実験を行ってたんだよ」

「サクラちゃんが……病気?」

「まぁ、水無川直人の首を依頼人の欧州錬金術協会に渡した時点で睡蓮寺の仕事は終了だから、ウチらとは関係のない話だけどね。どうやら首と協会で話し合って、これまでの実験データを全て譲り渡すという条件で妹の治療だけは続けることを許されたらしい。もちろん、これからは合法の範囲内でということになるだろう」


 なんだか信用ならない話だ。

 そもそも、この母親(チアキ)にはカヲルに黙ってサクラの家を制圧しようとした前科がある。今だって真実を話している保証はどこにもない。だが――


「アンタがウロウロしてたら、治療の邪魔になる。サクラちゃんが自分で学校に出てくるまでおとなしく待ってるんだ。いいかい、これは首領命令だ」


 首領命令、とまで言われるとカヲルに返す言葉はなかった。


「急がないと遅刻するよ。任務のせいで学校をさぼるなんて、あたしは許さないからね」


 しかたなく、支度をして中学へと向かった。

 サクラが学校に来ているかもしれないという期待を胸に抱いて。


 *     *     *


 しかし、その日サクラは学校に来なかった。


 翌日も、翌々日も。


 三日目の放課後、しびれをきらしたカヲルは水無川邸を訪ねることにした。

 夕焼けが白亜の豪邸を赤く染めている。

 屋敷は朱組の襲撃で全壊したはずだが、その外観はほぼ完璧に修復されていた。きっと何かの錬金術を使ったんだろう。

 とにかく一目サクラに会いたかった。会って本当に無事なのかを確認したい。

 屋敷の門を飛び越えようとした瞬間、背後に激しい殺気を感じた。

 あわてて飛びのくと、カヲルのいた場所に六角手裏剣が突き刺さる。


「さすが兄上様。トウコが心おきなく全力で手裏剣を放てるのは兄上様だけです」


 庭の一角にあるバラ園から声がする。

 そこには大輪のバラに囲まれた銀髪美少女の姿があった。

 自分の妹ながら、イバラに埋もれた眠り姫かと見まがうほどに美しい。おとぎ話と違うのは、彼女の忍び装束もカヲルのと同じくらい露出度が高いため、ちょっとみ裸に見えることか。

 伝統の衣装だか何だか知らないが、やはりくのいち装束には改革が必要だろう。

 妹にこんな格好をさせるなんて、兄としては我慢ならない。


「あのなぁ、兄貴目掛けて全力で手裏剣を投げる妹がどこにいる」

「トウコは、父上様からこの家に侵入する者を排除するよう命令されています。だから、たとえ兄上様が『先っぽだけでいいから』と言っても入れさせません」

「先っぽって……なんの話をしてるんだ?」

「父上様からもらった日本語の教科書に書いてありました。男の人が中に入りたいときは必ずそう言うって」

「それ教科書じゃないよね! 捨てなさい、そんな本は!」

「というわけで、たとえ兄上様といえどもここを通すわけには参りません。それに、今行ったところでサクラさんには会えませんよ。あちらを見てください」


 トウコの指し示す方向にはレンガ造りの煙突があり、紫の煙が上がっていた。


「あの煙が出ている間、サクラさんは治療の儀式の最中です。山花村を流れる地脈エネルギーを使って病を浄化する、とかなんとか。まあ兄上様のことですから、治療中のサクラさんのあられもない姿を覗きたいとやってきたんでしょうけれど」

「覗きたいわけじゃない!」

「覗きたくないんですか?」

「……そりゃ覗きたくないわけでもないけど」

「うわぁ、ドン引きですねぇ……兄上様の鬼畜」

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