第48話 謎と後悔は深まるばかり

「熱い、熱い、熱いぃぃぃ!」


 さすがのゾンビキメラも、生物としての感覚は持っているらしい。

 それを見たトウコがすかさず呪文を唱える。


「それなら、冷やしてさしあげましょう。裏睡蓮寺流くのいち忍法『氷結地獄コキュートス』」


 地下の洞窟内に、吹雪が巻き起こった。

 みるみるうちに、ジョージ・スチュアート三世の手足が凍りついていく。


「今度は冷たいぃぃ、冷たすぎるぅぅう!」

「もう、お眠りなさい。裏睡蓮寺流くのいち忍法『蜘蛛女(アルケニー)』」


 氷で四肢の動きを封じられたジョージ・スチュアート三世の巨躯に、トウコの銀髪が絡みついた。

 陽気を吸い取る裏睡蓮寺独自の忍法だ。


「うぉのれぇ、松濤HDCは最強だっつうの!」


 ジョージ・スチュアート三世は、三度目になる断末魔の叫びを上げた。

 銀髪に陽気を吸い取られ、筋骨隆々とした身体がみるみるうちにひからびていく。残ったのは、一塊の灰だけだった。

 いくらゾンビでも、これでは二度と再生できないだろう。


「HDCって何かとうとう聞けずじまいだったな。いや、そんなことはどうでもいい」


 カヲルはガラス容器へ駆け寄ると、中で眠るサクラに呼びかけた。


「サクラちゃん! サクラちゃん!」


 しかし、その言葉はガラスの中の乙女には届かない。

 カヲルは手にした忍者刀を容器に叩きつけた。耳を劈くような甲高い音が洞窟内に響きわたる。だが、分厚いガラスはびくともしなかった。


「よし、睡蓮寺流くのいち忍法天の巻『鬼神剣・光』!」


 カヲルは体内の陽気を両腕から忍者刀へと伝導させた。

 睡蓮寺の忍者刀は陽気を伝導するように作られており、陽気を受けた刃は超振動を起こす。改めて忍者刀をガラスに当てると、刃がまるで豆腐に包丁を入れるかのように飲み込まれて行った。


「待て、待ってくれ!」


 ナオトが叫んだ。


「わかった、自分の負けだ。だから、妹には手を出すな」


 カヲルの手が一瞬止まった。


「耳を貸しちゃダメ、騙されないで」


 そう叫ぶトウコを、ナオトは鬼の形相でにらみつける。


「ならばこの首、持って行くがよい!」


 次の瞬間、カヲルもトウコも自らの目を疑った。

 ナオトは実験用の大きな切り出しナイフを自らのうなじに当てると、両端を握ってそのまま前方に押し出したのだ。


 ゴロン――と音がして、ナオトの首が洞窟の床に転がり落ちる。


 それだけではなかった。

 ナオトの胴体が、転がり落ちた首を拾い上げてトウコに差し出した。


「自分の首を落とせば任務終了なのだろう。今日のところは、これで勘弁してくれ」


 降参の言葉を口にしたのは、切り離されたナオトの首だった。

 生首は、さらにカヲルに向かって続けた。


「これは錬金術の実験などではない。本当に、妹の健康法なのだ。信じて欲しい。自分が妹に危害を加えることなど、天地が逆さになってもありえない」

「そんなこと、信じられるもんか!」


 ガラス容器の中のサクラはあいかわらず眠ったままだ。

 その寝顔は安らかで、自分の周りで何が起こっているのか、おそらく何一つ理解していないだろう。


「カヲル、もういい。任務終了だよ」


 背後から鋭い声が飛んだ。

 振り返ると、紫のくのいち装束に身を包んだ大柄な女性、睡蓮寺流くのいち忍法首領睡蓮寺血秋、つまりカヲルの母親の姿があった。

 同時に、朱組のくのいちたちが雪崩を打って地下室に駆け込んでくる。


「母さん、なんでオレを外して朱組を動かしたりしたんだ」

「それはアンタのためを思ってのことさ。友達の兄さんを殺すような仕事はイヤだろう」

「そりゃイヤさ。イヤだけど、下手すりゃサクラちゃんの身だって危なかったんだぞ」


 さらに食い下がるカヲルの目の前に、突然銀髪美幼女が現れる。

 幼女はカヲルの前に立つと、問答無用で上腹部に掌底を食らわせた。


「ぐっ」


 カヲルの身体が膝から崩れ落ちる。薄れゆく意識の中でハルトの声が響いた。


「気のバランスを崩した。しばらくは動けまい。カヲルよ、いいかよく聞け。おまえに全てを告げなかったのは、おまえが未熟者だからだ」

(な、なにぃ……)


 反論しようとしたが、もう声も出ない。


「トウコ、カヲルを連れて外に出ていなさい。ここからは、私と首領殿で話をつける」


 ハルトに命じられて、トウコはカヲルを抱きかかえる。

 妹の腕の中で、カヲルはただなすがままになるしかなかった。


(まったく、オレは一体何やってるんだ。試練に失敗して、親父たちにはだまされ、挙句の果てにサクラちゃんを助けることもできないなんて……もう最悪だ……)


 後悔の念に苛まれながら、カヲルの意識はしだいに深い闇の底へと落ちていった。


 かくして、睡蓮寺夏折の長い一日は終わりを告げたのだった。

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