第47話 友情パンチ

「健康法って、そんな言い訳あるかっ!」


 みると、ガラスの容器からは怪しげな煙が立ち上っている。煙は配管を伝わって屋敷中に送られているようだ。


「敵の言葉に惑わされないで!」


 トウコの声が飛ぶ。

 彼女は素早く跳躍すると、マッドサイエンティストに切りかかった。

 振りかざした忍者刀の刃には陰気が練りこまれ、鋼鉄をも切り裂く切れ味だ。

 しかしナオトをかばうようにジョージ・スチュアート三世が割り込んできた。猛獣の爪が、忍者刀を軽々と受け止める。


「てめぇの相手は、俺様だっつうの!」


 そのまま力任せに地面へ叩きつける。


「なんのっ!」


 身体を回転させながら着地するトウコ。しかし、劣勢の感は否めなかった。


「兄上様、何をボサっとしてるんです! トウコが化け物をひきつけている間に、親玉の錬金術師を倒してください!」

「そんなこと言ったって……この人はサクラちゃんのお兄さんなんだぞ!」


 兄の言葉に、妹はやれやれと首を振った。


「そういえば、兄上様は知らされていなかったんですよね。この男は国際刑事警察機構から指名手配を受けている犯罪者なんです」

「サクラちゃんのお兄さんが、犯罪者?」

「罪状は、禁忌である賢者の石の合成と、その複製品の違法販売です」

「賢者の石?」

「黄金の練成や死者蘇生を可能にするアイテムです。彼の作った粗悪な模造品が流通したせいで、いまやヨーロッパ各地にゾンビが大量発生しています。この化け物もきっとその産物でしょう」

「そんな……」


 そんな馬鹿なと言いかけて、カヲルは言葉を飲み込んだ。

 ゾンビさながらの使用人たち、キメラになったジョージ・スチュアート三世、この屋敷で目にしたものは真っ黒な証拠のオンパレードだ。


「事態を受けて、欧州錬金術師協会は父上様に依頼をしてきました。依頼品は、日本に逃亡した水無川直人の首。兄上様がやらなくても、この男の首を落とすまで睡蓮寺の任務は終わりません」


 たしかに一度依頼を引き受けたなら、睡蓮寺がそれを途中で放棄することはありえない。くのいちの掟は身に染みてわかっている。

 トウコはさらに続けた。


「それに見てください。実の妹にこんな妖しげな儀式を施すなんて、どう考えても普通じゃありません」


 その言葉通り、この状況が異常なのも間違いなかった。

 このまま放っておいたら、サクラも屋敷の使用人やジョージ・スチュアート三世と同じく化け物に変えられてしまうかもしれない。


(……けど)


 それでも、サクラの気持ちを思うとそう簡単には割り切れなかった。どんな犯罪者でもサクラにとってはたった一人の家族にちがいない。

 返事に詰まるカヲルを見て、トウコは呆れたように首を振った。


「もういいです。もともとこいつらはトウコの獲物ですから。兄上様は、サクラさんを助けてあげてください」

「いいのか?」

「サクラさんは兄上様の嫁ですからね。まあ、トウコだって兄上様との子作りをあきらめたわけではありませんが」

「すまない、恩に着るよ」


 カヲルは、跳躍してサクラの眠るガラス容器に近づいた。


「妹に、サクラに指一本触れさせるな!」


 ナオトの命令で、ジョージ・スチュアート三世がカヲルを襲う。

 化け物の爪がカヲルの華奢な身体を引き裂いた。吹き出した血が、洞窟の天井を赤く染める。


「どうだ、松涛HDC最強だっつうの!」


 ジョージは誇らしげに雄たけびを上げた。


「悪いな、それは残像だ」


 いつのまにか、カヲルは化け物の背後に回りこんでいた。

 ロカの陽気を吸収したせいか、一段と身体が軽い。奥義「燕舞」の効果も通常よりアップしているようだ。


「今日見たばかりの奥義なんだけどさ、ちょっと練習台になってくれ。奥義『熾り火』!」


 カヲルの右腕が、真っ赤に燃え上がる。

 温泉宿でヨシノブが使った渕上家の奥義だ。


「この技なら、あんたにも効くんじゃないか?」

「なんだとぉ?」


 たじろぐジョージ・スチュアート三世に右ストレートをお見舞いすると、化け物は悲鳴を上げながら地面に転がった。


「熱い、熱い、熱いぃぃぃ!」

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