第45話 予期せぬ再会

 屋敷の地下には、想像以上に広大な空間が広がっていた。

 床や壁、天井までもが頑丈な石造りで、細い廊下が複雑に入り組んだ迷路のような構造になっている。


(でもなぜ、サクラちゃんの家にゾンビがいるんだ?)


 そして、思い出した。

 前回ここに来たとき、屋敷の地下で死体袋のようなものをみつけたことを。

 それにサクラの兄、水無川直人は何かの研究者だという話だった。もしナオトの研究が錬金術ならば、話の辻褄が合う。

 ナオトは、この地下で錬金術の実験を行っていた。

 屋敷の使用人たちも、ジョージ・スチュアート三世同様、錬金術の一種でゾンビ化しているんだろう。

 じゃあ、ハルトがこの屋敷を襲撃したのはそれが理由か。

 カヲルはほっと胸を撫で下ろした。

 朱組の狙いがサクラ自身でないのなら、彼女はまだ無事である可能性が高い。

 それに、もし本当にハルトがスーパー忍者を作るなんて目的でサクラを襲ったのなら、心底見損なうところだった。

 そのとき、上の方から何かが崩れるような大きな音がした。

 炎と爆発で屋根が落ちたようだ。

 いくら朱組の狙いがサクラでなくても、いつまでも安全だとは言い切れない。


「とりあえず、急ごう」


 カヲルは狭い通路をさらに奥へと急いだ。


*        *        *


 ほどなくして、地下深くから金属同士が打ち合う音が聞こえてきた。


「……トウコだな」


 一度手合わせをしてわかったことだが、彼女の戦いには独特のリズムがある。

 それだけじゃなかった。

 戦闘中の彼女は、身体の捌き方一つ一つがまるで踊っているかのように美しい。戦いながら思わず見蕩れてしまうほどだ。

 これまでにトウコほど天地と因果双方を使いこなすくのいちは見たことがなかった。体術と忍法の融合、その速さと確かさではカヲルですら及ばない。かつてのハルトなら彼女の上を行ったのかもしれないが、現在の幼女の姿ではまともに戦えないだろう。

 つまりトウコは、現役最強のくのいちというわけだ。

 十文字のキミエは「助太刀を」と言ったけれど、それが必要だとは思えなかった。


 狭い通路が急に広くなり、さらに地下へと続く階段がある。

 戦いの音はその奥から聞こえてきた。

 カヲルは、階段を駆け下りた。

 数十メートルも下っただろうか。周囲の壁が人工の石壁ではなく、岩肌が剥き出しになった自然の洞窟に変わったところで階段は終わっていた。


「!?」


 そこで目にしたのは、予想外の光景だった。

 薄暗い洞窟の中に、ぼんやりとランタンの灯りが灯っている。

 湿った地面の上に、何者かが倒れていた。相当の手傷を負っているらしく、まだ新しい血の匂いが漂ってくる。


「トウコ!?」


 倒れているのは、銀髪碧眼の美少女くのいち、冬湖・ベアトリーチェ・睡蓮寺だった。

 睡蓮寺流くのいち忍法一番の使い手が、まさかこんな姿になっていようとは、


「兄上様……なぜ、ここに?」


 トウコは忍者刀を杖にゆっくりと立ち上がった。


「ダメです。兄上様は来てはいけません。お帰りください」


 そう言いながら、震える腕で刀を構えなおす。彼女の視線の先には、大きなガラス製の容器が並んでいた。おそらく錬金術の実験装置だろう。

 どうやら、ここが水無川直人の実験室というわけだ。


「新手か。だが、何人来ようと同じことだ」


 カヲルとトウコの前に立ちはだかるように、人影が現れた。

 正確には「かつて人間だったものの影」だ。

 身長はゆうに2メートルを超え、むき出しの上半身は鎧のような筋肉で覆われている。そして何よりも異常なのは、その額に人間ではありえない大きな角が生えていること。

 まさに、昔話に出てくる「鬼」そのものだった。


「なんなんだ、こいつは!?」


 驚くカヲルに向かって、鬼が口を開いた。


「よお、また会ったな。会いたかったぜ、マイスィートハニー」

「おまえ、生きてたのか!」


 その顔には見覚えがあった。スカイツリー人質事件の犯人グループ「松濤HDC」のボス、自称ジョージ・スチュアート三世だ。

 そう思ってみると、額の角がリーゼントに見えてくるから不思議だった。


「生きてるわけないだろ、おまえが殺したんだっつうの!」

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