第44話 不死の住人たち

(そんなことより、まずはサクラちゃんを探さなきゃ!)


 急いで二階のサクラの部屋に向かった。


「サクラちゃん!」


 叫ぶように名前を呼びながらドアを開ける。

 乙女チックなサクラの部屋は数日前訪れたときのまま、荒らされた気配は一切無い。しかし室内に肝心の乙女はいなかった。


(ここで戦闘はなかったみたいだ。ってことは……サクラちゃんも地下か)


 地下にはサクラの兄ナオトの研究室があるという話だった。

 カヲルは地下に降りる階段へと急いだ。

 屋敷のあちこちから人と人の争う音が聞こえてくる。

 みると階段の踊り場で、二人のくのいちが忍者刀を抜き放っていた。

『旋風のザジ』と『宵闇のユウカ』。どちらも剣術の達人だ。

 彼女たちが戦っている相手は、どうやら屋敷の使用人たちらしい。しかも彼らが手にしているのは武器ではなく、ゴルフクラブとフライパンだった。

 カヲルはくのいちたちに叫んだ。


「一般人相手に何をやっている!」


 非戦闘員との戦闘は行わない。

 どうしても必要な場合は痛みを感じさせず一撃で陥とす。

 それが睡蓮寺の流儀だったはずだ。ところが――


「姫様、お助けください!」

「こいつら、ただものじゃない!」


 カヲルは自分の耳を疑った。追い詰められているのは歴戦の勇士ザジとユウカの方だったのだ。

 もう一度屋敷の使用人たちに目をやった。


(なんだ?)


 彼らの表情はうつろで、生気というものが感じられなかった。

 それだけじゃない。

 明らかに咽喉笛を切られて致命傷を負っているコックが、顔色一つ変えずにフライパンを振り回している。

 まるで、ホラー映画に出てくるゾンビそのものだ。


「切っても切っても向かってくるんです!」

「こんなのありえない!」


 戦場の興奮で痛みを感じなくなるというの現象には、カヲルも遭遇したことがある。

 しかし目の前の連中は明らかにその範疇を越えていた。


「刀でダメなら、火遁で吹き飛ばせ!」

「それもやってるんですが、見てください!」


 そう言われて指差す方を見ると、そこには「火炎牡丹」で吹き飛ばされたメイドの手足があった。

 驚いたことに、バラバラになった手足がまだウネウネと意志を持ってうごめいている。

 どうやらまたひとつに再生しようとしているらしい。


「……マジかよ」


 背筋がぞっとした。


「カヲル姫、いかがいたしましょう!」

「お願いします。撤退の命令を!」


 ザジとユウカも怯えた声をあげる。

 それもそのはずだ。いくら百戦錬磨のくのいちといえど、化け物相手に戦った経験があるわけじゃない。


(……いや、待て。オレには経験があるぞ)


 スカイツリー人質事件。

 あのとき犯人グループ「松濤HDC」のボス、自称ジョージ・スチュアート三世。ヤツはいったん心臓が止まったのに、再び立ち上がってきた。


「ザジ、ユウカ、しっかりしろ。これはオカルトじゃない。錬金術だ。睡蓮寺の忍法とたいして違いやしない」


 カヲルは「燕舞」による五倍の腕力で大理石の彫像を持ち上げると、うごめく手足の上に放り投げた。

 下敷きになった手足はそれでも再生しようと激しくのた打ち回る。

 だが、彫像が重石になって動くことができなかった。


「殺さず動けないようにすればいい。鎖分銅を使え。いいか、どんな化け物だろうと所詮は素人。あたしたちはなんだ? 戦闘のプロだろう」


 カヲルの檄に、くのいちたちは我に返ってうなずいた。


「姫様!」

「承知しました!」


 鎖分銅を投げ、使用人たちをグルグル巻きにして動きを封じる。ゾンビと化した使用人たちに鎖を解くという知能はないようだ。


「屋敷の中で、あたしと同じ年頃の女の子を見なかったか?」


 カヲルの質問に、ザジとユウカは首を振った。


「みつけたら、何があっても保護するんだ! 傷一つでも付けてみろ、ゾンビの群れに放り込んでやるからな!」


 震え上がる二人のくのいちを残して、カヲルはさらに地下へと向かった。

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